第9話「婚約破棄をやらかしましたその2」
リーフ子爵領の跡継ぎに、ミカエルという名前の子爵子息がいる。
27歳。
赤眼で赤毛。
燃えるような瞳と野獣のような肉体を持った、いかにも「雄(オス)」という感じの青年だ。
力はもちろん強くて。
頭も。
それほど悪くはないようで。
子爵家の跡継ぎとしての仕事を日々こなし。
荒事ばかりではなく。
難民保護やらをはじめとした慈善活動によって、かなうなら、民の暮らしが少しでも豊かになるようにと。
粉骨砕身して働いているそうだ。
「まあ……少し偽善っぽくもあるな。難民に仕事を与えても、定着するかどうかはその人次第だから」
「そうですね」
「しかし、盗みをせずに生きていけるのであれば……仮に働きすぎて死ぬとしてもそのほうが上だろう。私は貧しい人がきちんと働けて、雇用者にもきちんと利益が出るような場所をたくさん作りたいのだ」
「素晴らしい考えだと思います」
なるほどー。
難民保護。
難民保護かあ。
リーフ子爵領における難民保護。
あれはありがたかった。
今でも覚えている。
そう。
つまり。
私をこの世界に来た当時、助けてくれたのは。
この人。
だったのか。
それはそれは。
私は感動した。
心を打たれた。
勇者エリーとかがやっていれば白けるような慈善活動であっても、貴族がやっているのなら話は別である。
私は。
おおいにミカエル子爵子息に対して興味を持ち。
社交界では積極的に話しかけて、その好意を得られるようにがんばった。
で。
二人はいずれ、ひかれあい。
肌を重ねて。
らぶらぶと。
「カエデ、愛している」
「はい……ミカエル様。私もあなたをお慕いしております」
などと。
てきとーなことを言って。
しかし。
嘘じゃない。
私は確かにミカエルを愛している。
それは……恋というよりは。
純粋な、愛というか。
なんというか。
私はかつて私を救ってくれたミカエル子爵子息に対して、何かしらの恩返しをしたかった。
むくいたかった。
この身のいくらかをささげて、彼を肯定してあげたかった。
ゆえに。
私は社交界においても、他の男に比べて優先してミカエルを扱い。
常に一番に声をかけ、話題を選び、持ち上げ、問いかけ、相手の領地のことまで必死で勉強して。
とにかく。
ひたすら。
無償の愛を注ぐことによって、ミカエルに気分よく生きてもらうために努めた。
時間を取って。
積極的に奉仕して。
かつてファビオやアルビンやジローに対してそうしたように、この世でもっとも優先すべき人として身も心もすべてささげた。
が。
それは。
よくないことであった。
彼には婚約者がいたのだ。
冬が過ぎて、春。
ある日のこと。
社交界のど真ん中でどうどうと挙手をして注目を集め、子爵家の跡継ぎミカエルは婚約者の男爵令嬢ロカールに対してこう言った。
「ロカール! 今日限りで! 君との婚約を破棄させてもらう!」
え。
えええええ!?
私は仰天した。
ロカールも。
いきなり顔に馬糞をぶつけられたかのような驚いた顔をしている。
「聞くところによると、たびたびカエデ子爵へのいじめや嫌がらせも行っていたそうだな! 私はそれを許さない!」
あ、あー。
そういえば、もう会わないでくれとは言われたなあ。
ミカエルが。
私のことばかり話すから。
聞いていて苦痛なので近づかないようにと、そう釘をさされたのだ。
あの時は。
平身低頭で謝って。
本妻はロカールなのだから、結婚するまでは許してくれとか言って。
思い切り殴られたんだったか。
うん。
別にいじめられてないよね。
いじめられてないよ?
婚約者のいる男を寝取ってるわけだから、完全に私の自業自得である。
「さらには! カエデへの度重なる誹謗中傷と悪意ある密告! そのようなことをする女はリーフ子爵家の正妻にふさわしくない!」
「そ、その中傷とは?」
顔を真っ青にしたロカール男爵令嬢が問いかける。
すると。
「しらばっくれるな! カエデが人殺しだの! 色狂いだの! 難民出身の賤しい女だなどと! あることないこと、言いふらして!」
「それは……だって、事実として」
「黙れ! そのような言い訳は見苦しいぞ!」
ミカエル子爵子息はかんかんだ。
しかし。
う、うーん。
それ。
事実だからなあ。
いやいや。
そりゃー私も、事実だからこそ広めてほしくないこともあるけれど。
エーデン平野一帯の若い貴族のうち、私を介して穴兄弟になっていない男の方が珍しい。
といえば。
さすがに言い過ぎになるが。
少なくとも1割近くはやっている。
淫売と呼ばれても……うん、しょうがないよねこれ。
「謝れ! ロカール!」
「カエデに謝罪して許しをこえ!」
「そうだ!」
「そうすべきだ!」
「カエデをいじめるなんて許さない!」
社交界に出席している紳士の皆さんのうち、私と肉体関係があった男達が数名。
みんなしてロカールをいじめている。
ひどい。
ロカールはガン泣きだ。
見た感じはかなげな風貌の16歳の美少女なのに、複数の男から罵声を浴びせられるなんて。
なんて哀れなんだろう。
「わ、わたしは、まちがったことなんて」
「もうやめてください!」
私はロカールをかばい、男たちの前に両手を広げて立ちふさがってみた。
「ロカール様は何も悪いことはしていません! 今回の件は、全て私の責任です! ロカール様にはいっさい非はないのです!」
と。
弁護したところ。
男たちは。
「カエデは優しいなあ」
「まさに聖女」
「あの慈愛に満ちたふるまいを見たか」
「気高い」
「あの博愛の心のひとかけらでもロカールの側にあれば……」
などなど。
男爵令嬢ロカールは一方的に悪者にされている。
うう。
気の毒すぎる。
でもこれ、正直もう私にはどうしようもない感じだぞ。
「わ、私はいやしい女なんです! 汚れているのです! だから! ロカール様を悪者にするのはやめてください!」
と、ひとまず自分を下げてみたところ。
「カエデは汚れてない!」
「世界一きれいだ!」
「聖女だ!」
「君ほど心の清い人を僕は知らない!」
「死病と戦い! 率先して賊や魔物と戦い! 世のため人のために尽くしてきた! カエデこそが聖女の中の聖女だ! 私たちはそれを知っている!」
などなど。
すごく擁護された。
カエデハーレム団けっせい、みたいな。
いやいや。
冗談じゃないぞこれ。
こわい。
こわいって。
私はあわててロカール嬢の手を引いて、会場から走って逃げだすことになった。
で。
「す、すみません。まさかこんなことになるとは……」
「どうしてくれるのよ!?」
ロカール男爵令嬢は本気で怒っている。
ううむ。
とーぜんだな。
むしろ今回、たとえナイフで刺されたとしても私は怒れる立場にない。
いや。
さすがに殺されかけたら怒るけど。
女の細腕でナイフを差し込まれたところで、無防備状態でさえなければ私は死なないのだ。
「あなた、いったい何なの!? おかしいわよ! 異常よ! 聖女ってみんなそうなの!?」
「返す言葉もないです」
「いくらファルコーン子爵家の当主だからって……やっていいことと悪いことがあるでしょう!?」
「ご、ごもっともで」
私はたじたじとなった。
「この不始末は必ず。なんでしたら、こちらでもーちょっとまともな婚約者を用意することも」
「いらないわよ!」
ロカールは拒否した。
当たり前か。
彼女は当主の命令に従って婚約者を決めるわけだから。
よそから紹介されてはいそうですかとうなずくわけにもいくまい。
「そ、その……もし万一、当主様に見限られて行き場がなくなった場合には、私をお頼り下さい。一生めんどうを見ますので」
「父上はそんなことしないわよ! 不吉なことを言わないで!」
顔を真っ赤にして怒るロカール嬢。
ううむ。
ごくごく普通の反応だな。
とりあえず彼女の未来にはやり直しが効くようなので、それを慰めとするか。
「なにか、私にできることがあれば……」
「今すぐミカエルと別れなさい!」
「はい。そのようにいたします」
私は土下座した。
ううむ。
彼にはできるだけ、楽しい思い出を作ってほしかったのだが。
恩人だし。
この体で楽しんでもらえるのであれば、結婚なんてしなくても、それでよかったのだが。
ことここに至った以上。
私の側が悪者になって彼をばっさり切ることが、せめてもの贖罪なのだろう。




