第6話「私も昔はきれいな子だったんです」
勉強が終わった。
先生からは。
礼儀作法なんてどうでもいいから、とにかく付近の有力者の名前と肩書と経歴だけでもきっちり覚えなさい、と言われたので。
これに準備期間のほぼ全てを費やして。
私は社交界に出席した。
ファルコーン男爵家の主都ドラスレから馬で飛ばして1日。
エーデン平野にある数十の貴族領の一つ。
ブリッジー男爵家に到着した。
本日。
ここで。
近隣の有力者みんなを集めての、大々的な顔見せパーティーが行われるらしい。
名目は。
男爵家三女セレスティーヌちゃんの、14歳の誕生日パーティーということだが。
それは。
もちろん、建前だ。
実際には参加者同士の交流のほうがはるかに重要なわけで。
いちおう主人公であるセレスティーヌちゃんも、婚約者を真面目に探そうというほどのやる気はないらしい。
「セレスティーヌ様。お初にお目にかかります。ファルコーン子爵家の当主カエデでございます。このたびは14歳の誕生日、おめでとう」
「まあ……ありがとうございます。聖女カエデ様。ご活躍を噂に聞いて、とてもあこがれておりました」
お祝いの言葉とともに花束を渡したところ。
頬を赤く染め。
きらきらとした目で私を見るセレスティーヌちゃん。
あれれ。
あんまり嫌われてないな。
とゆーことは。
『妖精さん……この子は?』
『さー?』
『どーせーあいしゃー、じゃないよー。たんにー、おとこにきょうみあるたいぷとちがうだけー』
……なるほど。
私は全方位の女の子から嫌われるわけではないのか。
言われてみれば私と隔意なく付き合っている女の部下もいるわけだし。
この辺は本人の資質に影響されるのかもな。
「そ、その……聖女様。もしよければ、少し抜け出してお話しませんか? 私、ちょっと疲れてしまって」
「ええ。もちろんかまいませんよ」
きらびやかな社交界の会場。
そこをさっそうと歩く。
冬の夜だ。
二階に上がってバルコニー部分の窓から外を見ると、屋敷の庭の木々がざわざわと怪物のように揺れている。
「カエデ様。外に出ませんか?」
「寒いですよ?」
「いいえ。私には、ちょっと……室内は暑すぎて。少し身が引き締まるぐらいがちょうどいいのです」
ふうむ。
私は別に、暑くても寒くてもぜんぜん平気だが。
セレスティーヌ嬢がそうしたいというなら、そうするか。
「お供します」
「ふふふ……二人で抜け出すなんて、悪いことをしているみたいでドキドキしますよね」
ドアを開け、二階のバルコニーに出る。
つめたい。
冬の風が吹き付けてきたので、魔力で体をおおって防寒着代わりにする。
私は背中がむき出しになったドレスを着ているので、寒さに対してはまったくの無防備だ。
セレスティーヌちゃんは。
分厚い毛皮のコートを着込んでいらっしゃる。
これでは、セクシャルアピールがまったくできないだろうに。
男の気を引けないだろうに。
せっかく、くりくりした目とくせのある金髪が愛らしい美少女なのに。
もったいない。
「聖女様……戦場とはどのようなところですか?」
セレスティーヌ嬢はすごいことを聞いた。
いやいや。
この子、場所に沿った話題選びが全然できてない……って、まあ14歳だからな。
そんなものか。
私が戦場無双をやって子爵家の当主になったのはまさにタイムリーな出来事なわけだから、むしろごくごく自然な質問ということなのかも。
私は少しだけ考えてからこう答えた。
「こわいところです」
「こわい?」
「はい。できれば二度と行きたくはないですね」
「まあ……武勇に名高い聖女様でも、おくびょうにひるむことがあるのですか?」
目をぱちくりとさせて聞いてくるセレスティーヌちゃん。
ううん。
孤児院の子であれば「めっ」と言ってこつんと殴りつけてやればいいのだが。
貴族。
は難しい。
彼ら彼女らは将来的にはそれと無関係ではいられない可能性もある上に。
夫によっても話は全然変わる。
これを説明するのは人に任せるべきなのでは……いやしかし、14歳はまだ、ちゃんといろいろ教えてあげなければならない年齢か。
私は言葉を選んだ。
「セレスティーヌ様は……動物を飼ったことはありますか?」
「はい。ラットを2匹ほど」
「可愛かったですか?」
「はい!」
「まだ生きていますか?」
「え……」
「それとも、いまはもう死にましたか?」
セレスティーヌ嬢はほほをぶたれたような驚いた顔になった。
「…………は、はい。でも、聖女様。それは少し、その、デリカシーに欠ける質問なのではないかと」
「そうですね」
私は少しだけかがんで、セレスティーヌ嬢に目線を合わせて言った。
「私の夫も、部下も、友達も、私を勝たせるために頑張ってくれた人たちも、みんな死んでしまいました。つい先日のことです」
「あ……」
「セレスティーヌ。戦場のことを人に聞くのは、その人のつらい思い出を想起させることになります。やらないほうがいいでしょう」
「……そ、その、ごめんなさい」
「うん」
私はポンポンと、許容する意味を込めてセレスティーヌ嬢の頭を叩いてやった。
「いつか、ちゃんと人を思いやれるようになれるといいですね」
「はい……私も、いつかは聖女さまのように」
と、顔を赤くして、セレスティーヌ嬢は答えた。
わけだが。
しかし。
あ。
あああ。
私はいったい何をいっているのだ。
子供相手だからって。
いい加減な。
八つ当たりじゃあるまいし。
人を思いやれる人間が、戦場で人を刺したり部下を殺したり民衆から略奪したりするもんか。
私は。
全部やった。
もう一度同じ状況に置かれたら、たぶん同じことをするだろう。
そもそも。
私は別に、戦場の話題を振られること自体が嫌なわけではない。
セレスティーヌ嬢の口から聞かれるのが嫌なのだ。
きれいで。
真っ白で。
自分の手を汚したことがない無敵の処女から汚れている自分を自覚させられるのは。
どうにもこうにも耐えがたい。
こころもち鬱になりながら、私はパーティー会場へと戻った。




