第5話「社交界に出かけましょう」
もう男なんて二度と、絶対に好きにならないんだから!
などと。
はないき荒く決意を固めた私だが。
しょうがない。
ことはある。
例えば。
社交界とかである。
これに。
出席するのは、ほぼ義務。
であるらしく。
カルラ様の領地から出向しているソマ大隊長からは、口を酸っぱくして出席を促されてしまった。
「カエデ様。だめです。出席してください」
「で、でも」
「でも、ではありません。カエデ様が貴族と付き合うのは義務です。こればかりは人に任せることもできませんぞ」
「そうなの?」
「当たり前です。いいですか、そもそも貴族の役割というものは……」
貴族当主の仕事。
その一つに、周辺領に対する自己アピールというのがある。
国境を接している……人や物資の往来がひんぱんにある領地の、王である当主や有力者のみなさんに向けて。
私は正気ですよ。
話の通じる人ですよ。
侵略戦争とか鎖国政策とか、そーゆー自分勝手なことはしませんよ。
などと。
よーするに無害で善良でちょっとおバカ、みたいな感じで、周りの人に警戒されないようにふるまう必要があるらしい。
……いや。
それ、もう私とか手遅れじゃない?
悪堕ち聖女カエデとか呼ばれてるし。
殺しまくったし。
ビッチだし。
もと難民の上に権力基盤を固めるために、そーとーな無茶もやらかしたし。
しかし。
「だからこそ、なのです。カエデ様は屋敷に引きこもることが許される立場ではありますまい。知らない者からすれば、ただただ不気味。人間かどうかも疑わしいとさえ思われているほどです」
「ひ、ひどい」
そんな風に思われていたなんて。
ショックだ。
いや、まあ、私の経歴を考えれば…………ちょっと異常な女なんじゃないかとは、自分でもそう思うけど。
「ともかく……顔を出して社交的な会話さえすれば、何を決めずとも人柄は伝わります。カエデ様は人格的には問題がありませんので、とにかく露出してください。それがファルコーン子爵家のためなのです」
「ううう」
わたしはくじけそうになった。
ソマ隊長は知らないのだ。
私が。
どれほどモテるのか。
どれほど女から嫌われる人間なのか。
知らないからそんなことが言える。
天性のトラブルメーカーである私にとって、有力者の多くが集まる社交界なんてのは地雷原もいいところ。
絶対に避けるべき。
だと。
思うのだが。
「どうしても……行かなきゃだめ?」
「病弱ということにして避けることはできます。しかし、凄腕で知られるスペンサー子爵を一騎打ちにて下したカエデ様がそれを理由にするのは……」
「無理がある、と」
「はい。絶対に必要とはいいませんが……まちがいなく今のカエデ様がやるべき最も重要な仕事です。最低でも、せめて一回は」
出なきゃだめ、か。
わかったよ。
ジローからもファルコーン家を頼むと言われたし、いまさら責任放棄なんて無理だよな。
「…………礼儀作法の教師を選んで下さい。今から勉強します」
「ははっ」
と。
そーゆーことになった。
即席でマナーをあれこれと教わって、私は社交界に出るための準備をした。
教師いわく、
「カエデ様には……特に教えることもありません。周囲を見て、動きをトレースして目立たないように行動してください。あなた様は十分気品をお持ちでいらっしゃいますから、格上の貴族に対して反論さえしなければ特に問題はないでしょう」
とのこと。
ふーむ。
席順やら相手との距離感やら礼の角度やら。
そーゆーのを聞きたかったんだけどな。
実のところ。
それは男爵家の次女三女とか商家の娘とかが学ぶべきことであって。
子爵家の当主ぐらいになると、むしろちょっと抜けてるぐらいでいいらしい。
笑われて、なめられて、軽視される。
それがベスト。
私の家臣とかが礼儀を知らなければ教育必須だけれど、当主本人が間違えるぶんには全然問題ないそうだ。
「まちがいは寛容を生みます。人に完璧を求めてはなりません。カエデ様は……特にその傾向が強いようですから、ご注意ください」
むむむ。
見透かされているな。
確かに軍人時代とかでも、風紀にうるさくしすぎて嫌われた覚えがある。
服装がだらしない、とか。
表情がたるんでいる、とか。
略奪、凌辱はよくない、とか。
……最後のやつについては、譲る気もないのだけれど。
私はけっこう、部下にあれこれ言ってしまっていた。
ソマ隊長いわく。
もっとおおらかに構えないと、仕事がやりにくくて仕方がないとのこと。
うーむ。
まあ、社交界で相手にしなければならないのは貴族のほうだからな。
彼らは生まれついての支配者。
礼儀を守らせる側だ。
父とかファビオとかアルビンとかジローとかも、その辺については別にきっちりと学んではいなかったようだし。
そういうもの。
なのだろう。
対人関係で重要なのは彼我の上下関係を見抜くための嗅覚であって、杓子定規な礼儀作法ほど付き合いに有害なものはない。
目上の者の礼儀ができていないことを笑うのは。
真正のアホだけだと。
父もそのように言っていた。
私は。
この世界にきてから。
雇われる側としての奴隷根性を身に着けるためにがんばった。
つもりだが。
しかし。
それももう、忘れて。
今は前世のごとく、無敵少女カエデとしての感覚で生きていく。
そうすべき時なのかもしれなかった。




