第8話「モラトリアム期間が欲しいです」
私はスティング子爵領の主都ウタワレールまで戻り。
そこで。
枕交渉をはじめた。
「ズリエル様。今よろしいでしょうか」
「はい。なんでもいたします」
「おっしゃる通り……今から、私はズリエル様のものでございます。ご随意に。この体をいかようにもお使いくださいませ」
とゆー感じで、裏切りの代償を支払うためにつらい目にあって、さらに、
「ジャン=シャルル様。まいりました」
「まあ、おたわむれを」
「それは……ひどいおっしゃりようですね。いえ、逆らえないことは、わかっておりますけれど」
などと、涙を流しつつ、処女のように震えながら命令には全て従った。
まさに、ザ・ビッチ。
そんな感じ。
若干かよわい女を演じすぎている感じもするけれど、別に苦痛なのはまったくの嘘でもないので涙は自然に流れてくる。
ジローがいなくなったため。
もはや。
貞節さをささげるべき相手もなく…………いやまあ、死者に対してもその義務は、本来はあるのだけれど。
ざっくりとその点は棚に上げ。
私はある意味割り切って、2人の男爵家当主サマを楽しませるために必死でいろいろとがんばった。
口で喜ばせ。
声で喜ばせ。
心と体とを使って奉仕して、恋人のように奴隷のように、言うことをなんでも聞いてあげた。
時にはメリハリをつけて。
逆らったり。
冗談に紛らわしたり。
恨みごとを口にしたり
しかし決して相手の優位は崩さずに、こつこつと支配欲を満たしてもらえるように工夫した。
結果。
2人とも、おおいに満足し。
両家とも、村や街の2、3ほども受け取って、大部分の子爵領については大々的にファルコーン男爵家へと支配権を譲ってくれるそうだ。
かわりに。
定期的に会って、格別のお付き合いをと。
そう言われた。
はあ。
死にたい。
とゆーか、私が生きてる意味とかあるのだろうか。
ジローも。
死んじゃったし。
ファビオも。
アルビンも。
死んじゃったし。
いや。
私は性格的に自殺なんて絶対しないタイプであり。
生きていることのすばらしさ。
ありがたさは。
誰よりもよく知っている。
のだが。
死にたい、というか。
消えたい、というか。
この自己嫌悪と諦めと虚無とが織り交ざった底なしの闇を、人はなんと表現するのだろう。
…………ああ、でも。
あの男爵2人は、本当に私が好きなのだな。
アルビンの父親のメサイヤ男爵家当主ズリエルとか、私のためにダイエットしたとか言ってたし。
実際痩せてかっこよくなっていた。
戦争で裏切ってくれて交渉も譲りまくって、なおかつ今後も私のことを支えてくれるとかほざいてた。
プレイは最高に気持ち悪いけど。
イケメンだ。
息子のアルビンに似ている、ところがまた。
私の好みにぴたりと合っていて、嫌じゃなさすぎて救えない。
サンロット男爵家当主のジャン=シャルルとかも。
社交界で私と会って。
それで一目見て気に入って、敵陣の真っただ中まで私を抱きにくるぐらいの情熱を持っている。
髯を綺麗に手入れした伊達男だけど。
気障り、というほどにはキザでもなかったし。
一緒に戦ってくれて私に貢いでくれて、プレイもそれなりに上手い……とゆーか、私が付き合った中では一番うまかった。
誠実だった。
最後の城攻めでも必死で戦って山ほど部下を死なせて、そこまでの犠牲を払って私を勝たせてくれた。
はあ。
死にたい。
なにが嫌かって、あの2人のことを好意的に考えはじめている自分が心の底から嫌なのだ。
無理やり、やられて。
脅されて。
援助と引き換えに体を求められて。
それで喜んでいる自分のみじめさと哀れさが許せない。
殺したい。
私は自分を殺したい。
まだ処女だったころの私が今の私を見れば、きっと涙を流して怒鳴りつけて殴りつけてくるだろう。
……でも。
無理だ。
いまの私にはあの2人を殴れない。
嫌えない。
拒絶することができない。
私は、仮にも3000の兵を率いて戦った関係上。
あの2人が私のためにどれほどのものを貢いで、何をなくしたのか。
それがわかる。
わかってしまう。
愛する人のためなら世界なんて滅んでしまえばいい。
そう断言できるほどの狂気は、もはやこの身から失われた。
世界、どころか。
100人さえ。
難しい。
釣り合いを考えずにはいられない。
愛する人のために見知らぬ人を殺せる私だとしても。
山賊を相手にさえ全滅はさせられなかった。
聖女ロロット様も憎めなかった。
殺せなかった。
両手を超える数の人と自分の夫とを天秤にかけて、迷わずに夫を取ることが、私にはもうできなくなっていた。
もちろん。
見ず知らずの人であれば、何十万何十億死んでもかまわない。
気にならない。
しかし。
私のために。
尽くして。
戦って。
言葉を交わしてしまった相手のことは捨てがたい。
軽々には捨てられない。
そして。
私は今や、貴族領の当主そのものになった。
なってしまった。
これから。
私は一生かかっても会いきれないほどの大量の領民に向かって。
誰を切り捨てて。
誰を生かすのか。
それを。
決める責任がある、らしい。
……重い。
それは。
どうやるのだ。
誰か教えてほしい。
あるいは前世のクラスメート達であれば、その答えを知っていたのだろうか。
神鳥きららや高宮蓮であれば。
おそらく。
前世の段階であっても知っていただろう。
愛玩動物として育てられてきた私とはまるで異なり。
彼は。
彼女は。
将来にわたって多くの人に指示を出して、引き上げたり切り捨てたりすることが確定している身の上であるがゆえに。
公的な場で語られる耳障りのいい大嘘のほうではなくて。
本音を。
気持ち悪い世の中の闇の方を。
理解していたはずだ。
私はその点について、彼らと話し合える立場ではなかったけれど。
彼らならどうしただろう。
涙をこらえて、自分の指示で人を殺すことの重さに耐えていくのだろうか。
それとも。
もはやすっかり麻痺して、人を人と思うこともなくなっていくのだろうか。
どっちだ。
後者のほうが楽そうではあるので。
たぶん。
そちらだと思うかな。




