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清純派でいることに疲れたので、これからはビッチで通そうと思います  作者: きえう
3-2章 不本意ながら軍人になりました
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第7話「勝ったけどなくしたもの」

 スペンサーを打ち取ったり!


 その知らせは戦場をかけめぐり、いまだ抵抗を続けていた兵士たちの心理を野火のごとく席巻した。


 剣を捨て。

 手を挙げ。

 地に伏せて縛につき。


 次々と無力化されていく兵士たち。


 いちぶ。

 勝者による女性兵への暴行とか。

 寝返ってくれた奴隷部隊による憂さ晴らし殺人とかも起こっているようだが。


「……取り締まらない? なぜ?」

「カエデ様。今はそのような場合ではありませぬ。もっとも優先すべきことは城内の中枢部を抑えて勝利を喧伝し、無用の戦闘を生み出さぬことですぞ」

「なるほど」


 私は。

 略奪凌辱を必要もなくやるような輩は死んだ方がいいと思うけど。


 ともあれ。

 すみやかに指示を出し。

 臨時の指揮所を玉座の間に作って、私たちは城内の探索をはじめた。


 子爵家一族や幹部とその家族。

 財産。

 宝物庫。

 権威の象徴である王剣、王冠、玉璽。

 各種機密書類など。


 これらを抑えたことにより、敵軍の士気はゼロになる。

 勝利だ。

 各地の砦にこもって防御を固めている残軍なども、いずれ降伏してファルコーン男爵家に従うことは確実であるらしい。


「あとは?」

「風紀の取り締まりに移ってもけっこうです。並行して、降伏を促す使者を各地へと出しましょう。それと」

「それと?」

「外交や戦後の領地分割に関しては、どうしても当主であるジロー殿の指示を受けねばなりません。一度本国にお帰りになって……権限の範囲を確認し、交渉の指針だけでもお聞きになってください」

「ああ、それは重要ですね」


 すばらしい名案である。

 ジローに。

 また会えるのか。

 いいかげん戦争で傷つきすぎた私なので、ちょっとぐらいは夫に甘えたとしても決してバチは当たるまい。


 私は代理の者を選んだ。


「後のことは任せます。私は帰りますので」

「お疲れさまでした」


 と、いうことで。


 ようやく。

 一時的にではあるものの、重責から解放されて。


 後任にはロックフィード村でファビオの片腕だったマティアス大隊長を。

 今後のことをジローと話し合うためのご意見番としては、カルラ様の領地から出向しているソマ隊長を引き連れて。


 あと。

 財宝とか。

 重要書類とか。

 子爵家の血縁連中なんかもオマケとして引っ張りつつ。


 私たちは意気揚々と凱旋した。




「勝ちましたよ! ジローは!」

「寝所にてカエデ様をお待ちになっております」

「けっこう!」

「お急ぎください。実は腹部に受けた創傷が悪化し、ときおり、意識がもうろうとすることも」

「え」


 私は寝所に駆け入った。


 中からは。

 腐った。

 肉のにおい。


 化膿しているのか。

 戦地の診療所でもいっとう命がやばい兵士から漂ってくる、あの死の足音にも似たにおいがジローから漂ってくる。


「……カエデ?」

「ジロー! 無事ですか! 今帰りました!」


 私はベッドに駆けよって、力なく私に向けて延ばされた夫の手を握った。


「勝ちました! 完勝です! あとはジローさえ元気になれば、ハッピーエンドになります!」

「…………カエデ、なのだな」

「はい! ジロー! 私です! ここにいます」

「よかった……最後に、ひとめ、会いたかったんだ。かみさまが……願いを叶えてくれた」


 うつろな顔で弱々しく笑うジロー。


 おい。

 やめろよ。

 なんだそれは。


 それじゃまるで、今わの際にする挨拶みたいじゃないか。


 私は手を強く握ってジローの体温をたしかめた。


「……カエデ。次の当主は、君だ。体裁は整えた。印も、押した。証人も……後は君の力で」

「聞きません! ジロー! 治るのです! それがあなたの責任です!」

「はは……カエデも、無茶を言うことが、あるんだな。おかしい」

「ジロー!」

「ファルコーン男爵家を、たのむ。それが……貴族当主のせきにん。かえで、ぼくは、やくそくを、まもれたよな?」


 ジローは満足そうに私を見た。


 ち。

 ちがう。

 そうじゃない。

 責任なんてどうでもよかったんだ。


 2人で。

 逃げれば。

 それでよかった。

 

 私はこの戦争でそれを知ったんだ。

 

「ジロー! 死なないで! またイチャイチャするんです! もう戦争は終わったんです! あとは平和に、いつでもどこでも旅行して、政務なんてみんな任せて四六時中べたべたしてたって問題ないんですから!」

「カエデ……すまない。すまない」

「ジロー!」

「…………」


 それから、しばらくして。


 ジローの。

 腕から力が抜けた。

 目からも。

 光は失われた。

 瞳孔が開いている。

 医者が脈をとって目をのぞき込み、私に向けていたわしそうに首を振った。


 ジローはしんだ。

 らしい。

 また、なのか。


 ふざけるな。

 なおれよ。

 なおせよ。

 なんなんだ。


 男は。

 勝手だ。

 いつもいつも私を好きになって、愛とか適当なことを言って、それで、勝手に死んじゃって。


 私は。

 なんのために、戦ったのだ。


 命がけで。

 奪って。

 殺して。

 しにかけて、きずついて、くつじょくをのみこんで。

 何人もの男に体をささげたのは。


 もういちど。

 あのときを。

 あのジローと共にあった輝ける日々を取り戻す、ただそれだけのために。


「…………私を、ひとりにしてください」

「かしこまりました」


 寝所から人が消えて、それから。

 部屋には。

 遺体と。

 私だけになった。


 私はジローだったものにすがりついて泣き続けた。




 当初は。

 私を気づかって、誰も声をかけてはこなかったが。


 一時間。

 二時間。

 三時間と。


 この激動期に私を放置し続けてくれるほどには、この世界の環境は優しくない。


 貧乏くじをひいたのは。

 ソマ大隊長だった。


 彼はカルラ公爵令嬢の部下だから、私に嫌われても後腐れがないだろう、とかなんとか。

 そーゆー理由によって。

 ずかずかと。

 私を現実に引き戻すためにやってきた。


「カエデ様。商人のリシャールが面会を申し込んできております。できれば、個室の中で内密の取引をということで」

「……殺せ」

「はっ?」

「殺してきなさい! 用件はわかっています! 捕まえて首切って捨ててこい!」

「ですが」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 私があいつに何をされたか、知ってるくせに! こんなときだけ物わかりのいい顔をするな! もう何の意味もない! あいつが私に差し出せるものなんて何も残っちゃいないんだ!」

「……かしこまりました」


 ソマ隊長はうやうやしく頭を下げて去っていった。


「か、カエデちゃん。ちょっと落ち着こう。気持ちはわかるけど、それはやりすぎじゃ」

「うるさい!」


 もう何も聞きたくない。


「私の! 気持ちが! テッサにわかるわけないでしょ! エリーも死んで! アルビンもファビオも死んで! 今度はジロー! これで何度目だよ! せめてリシャールも死ななきゃ救いがなさすぎる!」

「……その、失言だった。カエデちゃんの気持ちはわからない」

「あたりまえだ!」

「でも、私はカエデちゃんが心配だ。今すぐは無理かもしれないけど、立ち直ってくれるって信じてるから」


 護衛メイドのテッサはそう言って部屋から出て行った。

 しばらくして。

 ソマ隊長が戻って来た。


「カエデ様。商人リシャールの件ですが……私の一存で殺害命令が下ったことを告げ、日を改めての面会を促しました」

「そうですか」

「彼を殺すことはカエデ様のためになりません」

「あっそう」

「……命令違反にあたりますので、カエデ様は私を処罰しなければなりませぬ。可能であれば、私のこの命をいくばくかの慰めにしてくださいませ」

「…………」


 うやうやしく頭を下げるソマ隊長。


 ああ。

 そうだな。

 わかっているよ。


 いつまでもダダをこねて迷惑をかけて、そんなのは子供のすることか。


「……許します。罪に問いません。その処置でただしい。今後も私が間違っていると思ったなら、いさめてください」

「ははっ」


 ソマ隊長は力強く返事をした。


 私は。

 正気に戻った。

 の。

 だろうか?


 金貨1枚以下で体を売る女がいることを考えれば。

 金貨数十万枚にも及ぶ資金を貸し付けてくれた商人リシャールに対しては、恨みなんかではなくて。

 むしろ。

 私に借りがある。

 そうなのか。

 それが正気のもとに下される判断なのだろうか。


 私には。

 もう。

 何が正気なのかがわからない。




 後になって思い返してみると。


 おそらく。

 この戦争の前後あたりから。


 私にかろうじて残っていた理性やモラルといった感覚は。

 音を立てて、バキリと。

 もはや二度と修復不可能であるぐらいには、粉々に砕け散り。


 崩壊へと向かって行った。

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