第1話「カエデ隊の出陣です」
さて。
ファルコーン男爵家が兵を集めたせいで、スティング子爵家のほうも戦争モードになり。
兵が続々と集まり。
お互いに。
同盟軍などもろもろを入れて集結した結果。
人口20万のファルコーン男爵家と。
人口50万のスティング子爵家で。
1万対2万ぐらいの感じで勢力が仕上がって。
両家とも、いつ進軍をはじめてもおかしくない状態となった。
夏の終わりのことだ。
「倍ですね」
「とはいえ、領土に侵入してきたのは5000程度でしょう。全兵力で守りを固めれば十分対応できます」
あくまでも、今はまだ。
と。
そのようにソマ隊長は付け加えた。
しかし。
それではジリ貧だ。
そもそもファルコーン男爵家は守って勝てるタイプの領土ではないらしい。
砦はあるし。
水堀も。
川も。
防御拠点もあるが。
しょせんは平野である。
広くて。
どこにでも道がある。
万軍で攻められればあっという間に押し流されて、囲まれて潰されてしまう。
「どうすれば?」
「こちらからも攻めねばなりません。しかしそれは」
「なにか問題が?」
「数に劣る側が防御拠点を捨ててまで攻勢に出るためには、尋常ならざる蛮勇が必要です。加えて世界は広く、大人数の軍隊といえどもどこをどう進軍しているのかは見えませぬ。よほど優れた諜報網がなければ」
「戦うことさえできない、と」
「そうなります」
ふむ。
それなら問題はないかな。
私は汚れて。
大人になって。
もはや妖精さんの声は、ほとんど聞こえなくなってしまったけれど。
地図機能は。
健在だ。
夜でも霧でも山の向こうのことであっても、私には感じ取れる。
「……打って出るべきですね」
「そうでしょうな」
「わかりました。説得してみます」
私は籠城の意志を固めているというジローの元へと向かった。
「だめだめ。そんな危ないことはできないよ」
「ですか」
ジローは野戦の申し出を断った。
まあ。
理屈はわかる。
防衛戦に徹しておけば敵に出血を強いることができるし。
被害が大きくなれば撤退もしてくれる。
かも。
とゆー期待も持てる。
逆に防御拠点を出て機動戦をしかけた場合、その先の結果は丁半博打のようなものであり。
負ければ。
そのままゲームオーバーだ。
交渉による停戦や他勢力への救援要請なども、その時点で不可能になるだろう。
「それよりも、カエデ」
「なんですか?」
「せっかく集めてくれた兵隊たちなんだが……」
ジローの話によると。
どうも。
私が集めた兵隊は、男爵領の指揮下に入るのが嫌であるらしく。
全員が一丸となって編成を拒否しているという話である。
「カエデ、どうしよう?」
「……私を慕って集まった兵ということであれば、私が使うしかありませんね」
うむ。
まあ。
そうだな。
私のために集まっているというのに、私のあずかり知らないところでなんて死にたくはないだろうし。
「え、それって、カエデも戦場に出るってこと」
「そうなります」
「そ、それはだめだぞ! 危険だ! 許さないからな!」
「ジロー様」
心配してくれるのか。
うれしいな。
でも。
「この戦いに負ければ、私は殺されます。勝つしかありません」
「しかし!」
「こう見えても、私、腕力魔力では誰にも引けをとりません。公爵家の近衛だってつとまると言われたことがあります。頭はよくないですが、そこはサポートをつけてがんばります」
私は。
なんとかジローを説得し。
カエデ隊3000名の指揮権と、ある程度自由に行軍することのできる権限を手に入れた。
編成が終了した。
烏合の衆であるカエデ隊。
だったが。
ロックフィード村の有力者を上に着けて、ソマ隊長などの助言を聞きながら序列を整理した結果。
いちおう。
指揮系統っぽいものは完成した。
「カエデ様。できれば、見せしめに何人か」
「許しません」
態度の悪い者は殺すべきだ、とソマ隊長は進言してくれたが。
そんなこと。
できるわけがない。
みんな私のために集まってくれたのだ。
戦場で散ることは名誉だが、不心得をとがめられての処刑では救いがまったくない。
ともあれ。
主都に集結して訓練に明け暮れているカエデ隊のことは、すぐに城中でも評判になった。
「あの軍は何だ?」
「カエデ様の部隊だそうで」
「ううん。あの女にそれほどの力があったのか。公爵家からの公的な援助があったということか?」
「いえ。カエデ様個人を慕って集まった兵力らしく」
「そ、そんなことがあるのか」
重臣たちは恐れおののいた。
出自の怪しい女がいきなり男爵家の正妻になり。
しかも。
3000もの兵を集め。
その集団の将として活動しているわけで。
当然。
それをおもしろく思わない重臣が数多く現れる。
当たり前だ。
いかに亡国の危機にあるとはいえ、自身の職分を侵そうという者に対しては敵視せずにはいられないのが人という生き物である。
と。
ゆーことで。
早速問題が起こった。
「え、食料が?」
「はい。カエデ様の軍は想定されていなかった援軍のため、あと3日分程度の糧食しか用意できませぬ」
などと。
そのような通達があった。
あとから聞いた話によると。
これは補給を担当している女官による、私たちへの嫌がらせだったそうだが。
ともかく。
食料が手配されないのは事実である。
私は困り果てた。
ジローは。
いない。
彼は前線の砦へと視察に出かけており、当分は帰ってこないのだ。
「どうすれば……」
「全てお任せ下され。それで解決してみせます」
ロックフィード村でファビオの片腕だったマティアス隊長が胸を張って大言壮語を吐いた。
ので。
私は眉をひそめた。
彼は。
確かに。
カエデ隊の兵力1000を任せている大物だが。
それでも錬金術師ではない以上、無から有を作り出すことはできまい。
「ないものはないのですよ?」
「……子爵領の隣に、今回の戦いにも参戦を表明しているサンロット男爵家があります。そこの商人や農民から」
買うのか。
いや。
金はないわけだから。
「借米するのですか?」
「違います」
「では?」
「力で奪うのです」
マティアス大隊長はひどいことを言った。
そ。
それはやりすぎなのでは?
「な、なんとか借りるだけでは」
「無理です。我々は負けます。金を貸してくれる商人など一人もおりませぬ」
「まだ負けると決まったわけでも……」
「カエデ様や我々がそう考えるのは当然です。しかし、商人は理で動くのです。捨て金の範囲ならばともかく、家が傾くほどの食糧援助をしてくれる者はおそらく皆無でありましょう」
つらい言葉が突き刺さる。
しかし。
それでも。
「悪行は避けたいのですが」
「カエデ様。奪うことは善悪の問題ではありませぬ。必然であり、そうせねばならぬ現実そのものです。カエデ様は、飢え死にするぐらいなら清く正しく生きるべきであると仰せになりますか?」
「それは……」
そうだな。
もはや。
私は部外者ではないのだ。
彼らは私に頼まれてここまで来た。
ゆえに。
その面倒を見ることについては、当然、私に責任がある。
私は。
彼らに「死ね」と命じて殺すこともできる立場である以上。
最低でも。
食うに困らないように手を打つ必要がある。
でなければ。
殺されても文句は言えない。
強盗は。
悪いことだが。
彼らにとってはいいことだ。
会社より不特定多数のことを重く見るような人間には仕事を任せられない。
私はかつて聞いた父の言葉を、この時、本当の意味で正しく理解した。
「すべて任せます」
「ははっ」
私たちは進軍し。
サンロット男爵領に入って、農村を渡り歩き。
そして。
麦を刈って回った。




