第5話「異世界生活に慣れました」
それから。
私たちは定期的に会って、ペアで狩りをすることにした。
狩りのコツ。
音を立てない歩き方。
風の感じ方や風下から近づく時の注意など。
食べられる草。
食べられる虫。
即席の石ナイフの作り方。
解体のやりかた。
獲物の痕跡の見分け方。
火の起こし方。
などなど。
一言でまとめれば、サバイバルの心得というもの。
もとから興味があったので。
私はティッキーからそれを学びつつ、非常に充実した異世界難民ライフを送っている。
朝起きて身を清め。
狩猟部隊の招集に従ってハンティング活動に参加し。
活躍し。
昼食を取り。
夕方まではティッキーと森林デートをして。
日が暮れる前に獲物を担いで走り、難民の群れに追いつくと。
そんな感じの日々を過ごしていた。
たのしい。
異性とデートする機会のなかった私にとって、ティッキーとの触れ合いは新鮮なことだらけだった。
とにかく紳士的で下品でないところがいい。
私を大切にしてくれるし。
質問にも答えてくれる。
すべりやすい水場で手を引かれたときなんか、ちょっとしたドラマのワンシーンみたいな感じですごくドキドキしたものだ。
うんうん。
これだ。
これこそが私が異性に対して求めていたものなのである。
大切にされること。
重視されること。
お姫様のように尊重されること。
私は子供のころからずっとそれを願っていた。
それを願っていたのだ。
前世ではどちらかというとお姫様寄りの、金持ちの家系だった私。
しかし。
クラスでの扱いは普通。
むしろ下女。
したっぱ。
私は学校において、極めて平均に近いレベルの女子として見られていた。
顔については悪くないほうだと思う。
私はかわいい。
容姿がいい。
運動だってできるし。
てゆーか、全中種目3位だし。
ファンレターとか山ほどもらったし。
普通の学校ならばヒエラルキートップクラスの目立つ女子。
そうなれたはずなのだ。
が。
あのクラスは異常だった。
日本一異常。
私のスペックで目立てないというだけで異常さは明らかなのだが。
構成員の半分以上が純資産100億以上の金持ち一族、と言えば、その異常さがわかるだろうか。
普通の学校で言うなら、全校生徒を集めて一番優秀な者。
それを顎で使う側の人間。
半数以上がそんなバケモノで占められているのがうちのクラスなのだ。
私もお嬢様だが。
あの学校におけるお嬢様というのは、私ごときとは存在の格が違っている。
例えば、クラス一番の金持ち娘である神鳥きららとか。
彼女は純資産13桁以上。
総資産においては国家予算何年分というレベルの金持ち一族である。
意味不明。
理解不能。
私たちの女子グループでまとめ役をやっていたカレンちゃんなんかは『お願いだから絶対に対立しないで危ないから』などと、何度も何度も言っていた。
他にも。
高宮蓮とか。
氷空七音とか。
あのクラスには触れてはいけない人間というのが多くいる。
というか。
大多数がそうである。
彼ら彼女らは自分の価値というものをよく理解していて。
私たちのような庶民に対しては、ほとんど何の興味もあらわさない。
少女漫画だと、庶民派と金持ち派が争ってごたごたが起こりうるケース。
現実はそうではない。
金持ち学校にはそれ用のヒエラルキーがあるのだ。
私たちは一方的に相手にゆずり、頭を下げる側のもの。
下女。
はしため。
発言力のないモブ子ちゃん。
そんな立場に半強制的に置かれ続けていた私は、抑圧された承認欲求を常日頃から持て余しながら生きていた。
ところが。
異世界。
異世界だ。
異世界転移である。
この常識が壊れてしまうほどに斬新な体験は、私をカタにはめていた社会的序列という圧力を完全に取り払ってしまったのだ。
たのしい。
たのしい。
たのしい。
私は自由である。
人の顔色をうかがう必要がなくなった私にとって、異世界生活は愉快なことだらけだった。
日々が充実している。
それがはっきりとわかる。
新しい知識や技能を身に着けていくことには成長の喜びがあるし。
ティッキーとの恋愛もどきにはドキドキするし。
人の役にも立っている。
そのはずだ。
獲物を取ってくると調理番の人に感謝されるのだ。
それがすごくうれしい。
世のため人のために生きているという実感を得ることができる。
ずっとこの生活を続たい。
そう思うほどに。
いや。
もちろん。
いずれは狩猟生活の新鮮さに飽きるだろうと、今から予想できるけど。
加えて不足をあげるなら。
ファッションには不満がある。
私はきれいでいたい。
ボロのような外套を脱ぎ捨ててキリッとした感じで着飾り。
人の注目を浴びて尊敬されたいと。
そのような欲望がある。
ただ。
今の私は社会的地位が最底辺の難民だ。
難民。
そう。
難民だ。
難民であるがゆえに。
TPOに沿った服装をすればボロを着込むべきであると。
そのような結論になる。
なってしまう。
はあ。
なんというか。
みじめなものだ。
異世界に来てまで乞食の真似事だなんて。
せっかく異世界転生したのだから、私は聖女様プレイがしたかった。
回復魔法を身に着けて勇者のお供でもして、魔王を倒すための救世の旅に出るとか。
もしくは。
貴族の娘に生まれてボランティア活動とか社交界の企画とかをやって、立派な淑女だと噂されるとか。
そーゆーのが私の好みである。
こう見えても上昇志向が強い私なのだ。
いくら日々の生活が充実していたとしても。
誰からも見下げられる難民生活というやつは、ずっと居座りたいと思うほどには居心地のいいものではない。
今、私は息をひそめて生きている。
顔を隠して生きている。
そうしなければ危険なのだから選択肢はないのだが。
もっと堂々と生きたい。
そう思う。
時間が経てば経つほどに、この思いは強くなっていくことだろう。
さて。
どうしようか。
なんとかしてこの無様な難民生活から脱出したいのだが。
そのように思案していた私に対して、ティッキーは一つの解決法を提示した。