第3話「非処女でごめんなさい」
「お初にお目にかかります。カエデと申します。精一杯尽くさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「あ、ああ。僕はジロー。君の夫になる……らしい」
アルテピア内海の最南端にある、ファルコーン男爵家所有の貴賓館の一室。
そこで私たちは出会った。
公爵令嬢のカルラ様に船で送り出してもらい、男爵領にたどりついたその日のこと。
さっそくというべきか。
私はジロー男爵に引き合わされ、そこで夫婦としての事実を確定させる。
とりあえずは書類にサインして婚姻届けを作成。
初対面で。
いきなりか。
これが異世界の文化なのか……とこの時は思っていたのだが。
後から聞いた話によると。
それは。
違ったらしい。
単に私の気が変わらないうちに束縛しておきたいという、それだけの理由だったそうだ。
「そ、その……これで僕たちは、夫婦になったのだ」
「そうですね」
やや背が高めの茶髪おデブちゃんであるジローは、顔を真っ赤にして私の手を握りしめた。
「この部屋の隣に、寝床を作ってある」
「はい」
「これから君は、そこで僕の相手をしなければならないのだ」
「承知しております」
ものわかりよく答えると。
ジローはなぜか、逆に動揺した。
「そ、そうか。いきなりで悪いが」
「はい。ご随意に」
「この役目は断れないのだ」
「夫となる人からの申し出であれば、断る理由もありませんよ?」
きょとん、とした表情を作ってオーケーする私。
ううむ。
がっつきすぎだとは思うが。
……あれ。
もしかしてここは、恐怖に震えて嗜虐心をくすぐらねばならないポイントだったのだろうか。
男心は複雑だ。
「ほ、本当だな!?」
「それはもちろん。ただ、その……殴るとか拷問とか、そういうのは可能な限りやめて欲しいのですけれど」
あれはつらいからなあ。
死ぬかも。
とか思いながら腰を振ったり声で媚びたりを強要されるのは、ほんとーに嫌なものなのだ。
「そんなことはしない! それじゃあ、さっそく」
「あ、待ってください」
「なんだ!?」
「服はこのままでもいいですか?」
いちおう。
カルラ様にもらった超高級でハイソでかっこいい感じのスーツを着ているが。
コスチュームプレイ向け。
ではない。
世の中にはスカートやらズボンやらスパッツやら、男のほうにも個人個人の好みというものが。
「いい! どうでもいい! すぐはじめよう!」
「あーれー」
私は。
強く手を引かれて、隣の部屋に連れ込まれ。
ベッドにどん。
と。
押し倒され。
さっそく。
第一ラウンドがはじまった。
ファルコーン男爵家の当主ジローは25歳。
若い。
この年齢で家督を継ぐのはいかに異世界といえども珍しい。
のだが。
やむを得ない事情がある。
なんでも。
前当主が戦争によって早世したそうで。
しかたがなく。
ジローは家を継ぐことになった。
らしい。
周辺の貴族領からの圧力が半端なく、いつも苦労しているそうだ。
左右対称の顔つき。
表情は穏やか。
髪もさらさらと。
そこだけを見ればイケメンなのだけれど。
すごく太っている。
100キロぐらいか。
肌はツヤツヤとみずみずしくて顔も小ぎれいで服もさっぱりとしていて、上品な豚が紳士的に着飾ったというような趣がある。
私は。
当然のことながらデブ専ではないが。
それでも貴族が太っている分には許せるタイプである。
少なくとも山賊よりはいい。
イケメンの貧乏人。
ブサイクの金持ち。
私は圧倒的に後者が大好きという女なのだ。
もちろん。
アルビンみたいなアルティメットイケメンでありかつ、私のせいで貴族社会からはじき出されたような人であれば。
どれだけ貧乏になっても最後まで奉仕するつもりだが。
しかし。
出会いは。
金持ちでないと。
だめだ。
男が持っている金と権力と言うのは、それがそのまま女に対する誠実さの証なのである。
誠実な男であれば。
稼ぎもしないうちから恋愛にうつつは抜かさないし。
若いうちは仕事に熱中しなければならないため、女にかまけている余裕なんてのはどこにもない。
例えば。
勇者エリーとか。
彼は誠実さが足りない男の典型であると言えた。
善人ではあったし。
尊敬もしているが。
恋愛対象にはならない。
いかに人として立派だとしても、家族を守るための金がないのであれば誠実とはとても言えない。
まあ、彼は私を口説かなかったから、自分でもある程度それを理解していたのかもしれないが。
私は。
誠実な人が好きだ。
そしてできれば性格のいい、かっこいい男の人と付き合いたいと思うけど。
どれを切るか、と言われれば。
まず。
顔はどうでもいい。
性格についても、極端に破たんしていなければある程度は許容できる。
むろん、限度はあって。
山賊リーダーのシルベストルとか、でかいしごついし粗野だったし、ほんっとう、最悪と言う感じだった。
一時はパーティーを組んでいたジュリアンとかも、あの軽薄でチンピラっぽくて頭の悪そうなところが気に入らない。
無理なのはそのあたり。
なのだが。
多少不健康で自制心の足りないデブであるというぐらいなら、十分に許容範囲内である。
まあ、これについては私が少数派であり。
多くの女がデブは嫌い。
だと。
聞くけれど。
それはともかく。
少なくとも。
私は品性がありさえすればデブでも許せるタイプだ。
彼が金持ちでありかつ都会派の雰囲気を漂わせる上ブタである限り、私はそれに尽くそう。
そう決めた。
余談だが、ジロー男爵(25歳)は童貞であった。
ううう。
非処女でごめんなさい。




