第9話「落とし穴」
で、三か月ぐらいが経過した、冬の終わり。
カルラ様との結びつきを強めたいと考える教会のお偉いさんによって。
私は働きを評価され。
特別に『聖女』の称号を与えられることになった。
街の聖堂で。
遠くの街からやってきたボエボエ聖教の司教さんが、錫杖をかかげ。
多くの人が見守る中。
100人程度が集まったセレモニーが進み、リボンの授与式が行われた。
「カエデ様。これまでの活動に敬意を表し、ボエボエ聖教から『聖女』の称号と、このリボンとを贈らせていただきます。これからも神への感謝を忘れず、隣人を愛されますように」
「ありがたくお受けします」
祝福の拍手を受ける私。
その中には。
アルビンも。
孤児院の子供たちもいる。
みんなして私の栄達を喜んでくれているようだ。
聖女様。
それはみんなのあこがれ。
かつて私が過ごしたロックフィード村で言えば、村長の嫁だったロロット様。
もしくは聖歌隊のリーダーだった超絶美少女ちゃん。
彼女たちが聖女である。
孤児院から巣立っていった中では一番優秀で可愛い勝気なシンディなども、聖女候補の1人だ。
聖女、などと呼ばれてはいるが。
特に義務はない。
らしい。
地域の発展に尽くしてくれた人に対して、教会から与えられる名誉のみの称号が聖女であるのだとか。
私は。
ボランティアについては普通だと思うけど。
この近辺での危険な魔物については、みんな退治して回ったし。
冒険者時代の実績もあるし。
それよりなにより、公爵令嬢のカルラ様と直接的にツテがある貴重な人材だということで。
聖女に。
なってしまった。
ううむ。
必死で聖女を目指して勉強をがんばっていたシンディあたりが聞けば、さぞかし悔しがることだろう。
まあ、私は一般の有名人に与えられる『天然聖女』と呼ばれるタイプの聖女であり。
教会で認定される『選定聖女』なる存在とは、少し異なるらしいけど。
聖女は聖女である。
セレモニーを終えた私はドレスを脱いで教会に戻り。
その日の晩は孤児院に泊まって。
子供たちが用意してくれた、お祝いの食事を食べることにした。
「今日の恵みに。カルラ様に。神様に。感謝の祈りをささげましょう」
「祈りをささげましょう」
みんなで唱和する。
食事前。
どこの村でもやっている、ありふれた祈りの儀式だ。
前世日本で言うところの「いただきます」や「ごちそうさま」に当たるといえば、そのありふれ具合が想像できるのではなかろうか。
他の領地では教会をたたえるのだが。
カルラ様が資金を出している教会の場合は、カルラ様個人をたたえることになる。
口に出して感謝を言葉にする。
それは重要だ。
やるとやらないとでは忠誠心に天地の違いが出る。
まともな組織であればほぼ必ず、自身の忠犬ぶりを口にだして宣言する機会は用意されると言ってもいい。
「カエデせんせーは、聖女様になったの?」
「そうみたいですね」
「なにか違うの?」
「特には。強いて言えば……たまに教会が企画するイベントに参加してほしいとか、聖書を配って勧誘してほしいとか、そんな感じみたいです」
「ふーん」
まあ。
それは今までもやっていたし。
変わることはないな。
もしかしたら私はこれから何年も、こんな感じの毎日を過ごしていくのかもしれない。
それは突然やってきた。
幸せな日々が過ぎていく。
最近。
アルビンはボランティア活動の傍ら、家に人を招いてゲームばかりしている。
意外と社交的、というか。
もと貴族嫡男のアルビンは富裕層や権力者あたりから同類とみなされるために、友達がけっこういるのだ。
この近郊にいる有力者のみなさんとはだいたい交流がある。
らしい。
特に趣味に興じられる余裕がある人種との相性がいいらしく、ひんぱんに会って遊んでいるようだった。
壮年の男と二人して。
盤面をにらんで。
うんうんとうなったり検討したり、そのまま酒を飲んだり歌ったり。
やれやれ。
まあ、幸せそうなのはいいことか。
野心がなさすぎる点は物足りない気もするし。
正直出会った当初から今のアルビンだったなら、付き合うこともなかっただろうけれど。
ま、いい。
あれぐらい頭が平和なほうが救われる。
今からカルラ様に支援してもらってメサイヤ男爵家を奪い取ろう、とか言い出すよりは、まだしも現実的な態度だというものだ。
「アルビン。そろそろ食事ですよ?」
「ちょっと待ってて。今日は食欲もないし、このまま棋譜の検討をしたいから」
「もう」
このごろは病気が流行っていて、子供たちはけっこう寝込んでいる。
みんなには。
風邪に気を付けろ。
そう言っているというのに。
アルビン自身がそんな態度では、示しがつかないではないか。
「はい、食事です」
「あ、わざわざ持ってきてくれてごめん。でも今日は、本当に食欲がないから」
アルビンはそう言って棋譜に向かっている。
まったく。
いくら趣味人的なところがあるとはいえ。
妻をほっぽり出してまで打ち込むというのは、感心できたことではないな。
ここは一つ。
ぴしっと言ってやらなければ。
私はアルビンの顔をがしっと手でつかんで、強引にこちらを向かせた。
「いいですか、アルビン。妻との食事よりもゲームを優先させるなどというのは人として恥ずかしいことで…………ってアルビン?」
どこか焦点の合わない目で私を見ているだんな様。
なんだろう。
食欲がないと言っていたが……よく見れば、顔色もかなり悪いし。
目も血走っているような?
「あの、大丈夫ですか?」
「う、うん。へーき」
「春先とはいえ寒いですし。こんなところで座りっぱなしだと風邪をひきますよ。せめて上着ぐらいは羽織って」
「……」
「アルビン?」
ぐらりと。
体がかたむいて。
アルビンは倒れ込んだ。
「アルビン……え、アルビン!? ちょっと! だ、だいじょうぶですか!?」
だいじょうぶ。
ではない。
すごい汗をかいているし。
苦し気だ。
なによりも、私からの問いかけに答えることさえできていない。
「ちょ、ちょっと待っていてください。すぐに医者を呼びますから!」
あわてる私。
まずはアルビンを抱きかかえてベッドへと運び。
そのまま街へと走った。
顔見知りのお医者様は。
往診し。
ううむとうなり。
それから、とびきりに深刻そうな顔をしてこう言った。
「石化病です」
「それは?」
「いわゆる……死に至る病気、に近い伝染病になります。感染致死率は4割以上。指定伝染病であり、すみやかな隔離が必要です」
わたしは。
めのまえがまっくらになった。
「こ、孤児院では最近、風邪が流行っているんです。子供たちは!?」
「そちらも見てみますが……まずは、元気な人に対する避難指示と経過観察とが最優先になります。いそいで動きましょう」
石化病。
血管壁が硬化変質し、全身の血流が乱れて死に至る病気。
致死率4割以上。
前世で言えば……ペストやエボラ、天然痘あたりか。
衛生状態が悪い村なんかでは、人口が半減することさえあるという。
とりあえず。
私は医者の指示に従って、アルビンをいそいそと教会に運び。
まだ無事な人を移動させ隔離させ。
病気の者は。
まとめて。
封鎖された教会の中で、看病をすることになった。
「カエデ様。スタッフが集まりません」
「無理もないです。誰だって命は惜しいし……全員に解散を伝えなさい」
ボランティア団体は即日解散になった。
慈善活動に携わるものが、本当に助けが必要な時には手伝わないのか。
などと。
怒るのは無茶苦茶である。
彼らにだって家族や恋人はいるし、人助けは自分の中にある余裕を使ってするものだ。
死病の看病は。
ボランティアの領域とはとても言えない。
それは求めすぎだろう。
とはいえ。
人が足りないのは事実である。
私は炊き出しなどをやっていた関係で知り合った人のうち、身寄りのない人に対して直接手紙を書き。
助けてほしいと。
頼み込んだ。
結果。
イキのいい天涯孤独の若者が、3人ほど集まってくれた。
「……頼りにしています」
「はい!」
「なんでも!」
「カエデ様のたのみであれば、たとえ火のなか水のなか!」
女のほうがいいけど。
贅沢は。
言えない。
来てくれただけでも最高にありがたいし。
彼らには教会の内部には近寄らせず、食料と資材の手配だけを行ってもらうことにした。




