第7話「癒される日々」
季節は冬。
大人は家で丸くなる季節だが。
子供には関係ない。
教会にいる孤児のみなさんは元気がありあまっているために。
凍てつく空気の中。
男女入り混じってわいわいと、教会の前にある広場で楽しく遊んでいる。
ドッヂボール。
缶蹴り。
鬼ごっこ。
かくれんぼ。
けんけん。
などなど。
跳び箱やら縄跳びやら、私は体育系の遊びを知る限り紹介してみた。
子供たちは何にでも興味を示し。
やってみて。
とりあえず体を動かせれば嬉しいため、大変な喜びようだ。
きゃっきゃうふふと。
遊んで。
くたくたになった後は。
お昼寝と。
音楽鑑賞。
半分ぐらいの子供は毛布にくるまって、ぐーすかと夢をむさぼり。
もう半分は。
聖堂の椅子に寝そべって、私が弾いているモーツァルトやショパンなどのピアノを楽しんでいる。
そんな毎日。
遊んでいるようでもあり。
勉強のようでもある。
音楽教師と体育教師を兼ねているのが、今の私なのだ。
もちろん、子供だからと言って遊んでばかりもいられない。
勉強も。
しなくては。
彼らの将来に差し障る。
このあたりについては私よりもアルビンが適任なので、彼にお任せとなった。
教師役のアルビン。
元貴族嫡男で、王立貴族学校で学んでいたという……本来であれば田舎の孤児院なんかには来てくれるわけもないほどの人材だ。
彼が教えるのは。
主に読み書き。
国語と算数と歴史。
ついでに簡単な実験作業……石鹸づくりとか油しぼりとか。
そういうエンターテイメントも入れている。
子供と言うのは抽象的な発想を理解することができない。
目に見えることが全てだ。
底の広い容器から底の狭い容器に水を移した時、子供はそれを水が増えたのだと考える。
それでいい。
方程式やら代数やら確率やらの概念を理解できるようになるのは、早くても10歳程度からなのである。
掛け算、割り算といった簡単なことでさえ。
子供には理解しがたい。
10歳の少し前から徐々に成長をはじめ、まともになるまでは普通何年もかかる。
難しい概念・抽象的思考を理解するためには、いくつもの簡単な概念を理解する必要がある。
より上級の概念を理解するためには。
たくさんの下級概念が必要だ。
そして。
その下級概念は。
子供の知識では考えが及ばない現実に触れることで、はじめて自らの血肉として理解することができる。
ゆえに。
アルビンの授業では。
実験を繰り返し。
テコやら。
アイスづくりやら。
もっと生活に直結した、漂白剤やら静電気を使った掃除やら図画工作による家具づくりやら。
そーゆー体験学習をメインでやることにしている。
一部。
私の発案で。
なけなしの科学知識を総動員して、アルビンと一緒にあーだこーだと意見を出し合ったりもしてみた。
「カエデちゃんって、子供受けのいい授業を考えるのが得意だよね」
「そうですか?」
「うん。なんてゆーか、相手の立場がよく見えてるというか。子供達からもすごく喜ばれてるみたいだよ」
「うーん」
それは。
いいことなのか。
わからない。
学者になれるほどの想像力を持っている人間であれば、つまらない授業を勝手に自分でおもしろくしてしまうものだ。
こちらで。
あえて授業を面白くするというのは。
物事の先を考える力がある一部の者にとっては、あまりにも単純で物足りなく感じてしまうかもしれない。
いや。
まあ。
私は別に教育の専門家というわけではないので。
とりあえず子供が喜んでくれるのであれば、それで十分なのだけど。
「カエデ様。資材の在庫についてなのですが」
「ああ。今聞きます。お願いします」
報告を受ける私。
アルビンと私とが属しているのは。
だいたい10名程度のボランティア集団である。
リーダーはアルビン。
副リーダーは私。
カルラ様が紹介してくれた熟練の職員が2人。
その職員2人に対して、数名のスタッフがついている。
仕事は主に、炊き出し。
職安。
医者の真似事や、掃除、簡単な警邏活動など。
世のため人のため。
今日もがんばっている。
冬。
寒い。
雪がちらほらと舞いはじめ、外出している人もまばらだ。
毛布を配ってたき火を焚いて食事とテントを手配して。
できれば。
元気な人に対しては、職も紹介して。
さすがに。
自力で配給所にたどり着けないような人のフォローまでは、手が回らないけれど。
私たちは人助けのために活動した。
ボランティア。
ああ、落ち着くなあ。
私は前世現世を通じて人助け作業をしている時がもっとも安らかである。
カエデちゃんは保母さんとか教師とかに向いてるかも、とは、前世で親友だった花恋ちゃんの言葉だった。
当時はそんなわけないと否定したものだが。
今は。
少しわかる。
私にはどうやら、人に尽くすタイプの仕事が適職であるらしい。
カルラ基金、と名付けられた潤沢な予算によって、物資や人材に不足はない。
環境にも恵まれている。
街自体が金をたくさん持っているので浮浪者ややくざが少なく、孤児院に集まっているのも才気煥発な美童ぞろい。
子供たちは芸をたしなみ。
学業にも秀で。
ボランティアの手伝いなども素直にやってくれる。
孤児院を兼ねている教会で暮らしている、20人ほどの子供たち。
そのうちの2人ほどが。
私のいるうちに。
めでたく。
引き取り先が決定されて、孤児院を出ることになった。
かわいい美少女。
2人。
あの子たちであれば、おそらく。
体を売ると決めれば近いうちに客を取れるだろうけれど。
カタギの世界で生きていけるのであれば。
何よりだ。
2人のうち1人は将来の聖女候補ということで。
もっと大きな教会のある街へと移動になり、そこで本格的な聖女教育を受けることになったらしい。
「せんせー! わたし、がんばるから! 教えてもらったことを生かして、聖女になってみせるから!」
「うん。シンディならきっとなれるよ」
神父様に手を引かれて。
勝気な表情のシンディは、ぶんぶんと手を振りながら孤児院を去っていった。
もう一人。
寂しがり屋のラーラに関しては。
民間のお金持ちが、ぜひとも養女にと願ったので。
そちらで引き取られることになった。
女からは嫌われる私だが。
どうも10歳そこそこの年代であれば、それほどには嫌われないらしく。
ラーラは。
私によくなついていた。
お別れの日にはゴージャスな飾り付けを作って、華々しく送り出してあげた。
ラーラは泣いて喜んだ。
「カエデせんせー、アルビンせんせー……わたし、離れたくないよう」
「私もです。でも、きっとまた会えますよ」
ぎゅっと抱き合って。
頭を撫でてやり。
そして。
お別れの時がやって来た。
「ラーラのこと、よろしくお願いしますね」
「わかっておりますとも。今後の育成については、このバッドにお任せあれ」
爽やかに微笑んでいる中年紳士さん。
ちょっと脂っこい感じの外見だったけど。
うむ。
まあ、とにかく金持ちらしいし。
ゆくゆくは良家のお嬢様として、幸せに暮らしていけると信じたいところである。
ラーラは馬車に乗せられて孤児院を去っていった。




