第5話「ツケにしてください」
いるのだな。
傑物というものは。
私が感心したまま呆(ほう)としていると。
「おい、頭が高いぞ」
「……っ! し、失礼しました!」
ばっ、と頭を下げる。
まずい。
我を忘れてカルラ様を見入ってしまっていた。
普段の私ならばありえない反応だが。
なんだろう。
カルラ。
彼女からはどことなく、不思議な力を感じる。
それは公爵令嬢だとか格上の女だとか、そういうものだけではなくて……
もっと別の感じ。
なんだろう。
これを例えるならば……ノスタルジー?
郷愁に近いような匂いだ。
彼女を見ていると、汚れることもなく無邪気に笑えていたあの頃のことを思い出す。
なぜそんな感覚にとらわれるのか。
理由は。
よくわからないけれど。
「面をあげなさい」
カルラのほうもそう思ったのだろうか。
顔を上げた私を見て。
しきりと首をかしげている。
「あの……そちらの女の子」
「カエデと申します」
「ああ、カエデさんですね。学校では知らぬ者とてない婚約破棄子ちゃん。どこかで会ったことありましたっけ?」
そのとき。
景色がぐらりと揺らめいて。
黒い塊がカルラの体から2つ飛び出して、私の体内に入った。
『……っ!』
『……っ!』
私の中で暴れる妖精さん。
なんだろう。
おいおい。
大人しくしてくれよ。
ここは結構重要な交渉の場面なのだぞ。
「お会いしたことは……ない、と、思います。記憶の限りでは」
「そうですか」
カルラはあっさりと引いた。
「それでは、堅苦しい挨拶は抜きにして」
本題に入るらしい。
「用件を聞きましょうか。一応言っておきますけれど……ゲームでの借りは面会を取り付けるところまで。今からの交渉は公人としてのカルラでお相手することになりますが」
それは。
悪い話だな。
ただの民間人になり下がっているアルビンにとって、カルラに対して差し出せるものなど何もないというのに。
アルビンもそう思ったのだろうか。
ごくりとつばを飲み込んで、しかし真剣そのものの表情でカルラを説得しにかかった。
事情説明から入ったので少々長くなったが。
要約すると。
次のようになる。
「私は頭がパーなので婚約破棄をやりました」
「ふうん」
「みんなから見放されました」
「それで?」
「助けてください」
「うーん」
聞き終えたカルラはちょっとだけ小首をかしげ、
「メリットはありますか?」
などと、身もふたもないことを聞いた。
言葉に窮するアルビン。
時間が。
空しく経過する。
「ないようでしたら、残念ですが……」
「お、恐れながら!」
私は口をはさんだ。
周囲の近衛たちから険しい視線が突き刺さる。
こわい。
いや、しかし。
ここは運命の分岐点。
多少差し出がましくても、言うべきことは言わなくては。
「アルビンは貴族生まれの貴族育ち! 市井では生きていけませぬ!」
「そうですね」
「これを助けるのは同じ貴族にしかなせぬことなのです! カルラ様はその力を持っておられるはず!」
「そうですね」
「我々はほうぼうで亡命を求めました。助けてくれる領主はいませんでした。ゆえに……この申し出を受けることは、カルラ様の名声を高める結果につながるのではないかと!」
「ふうん」
カルラはちょっと感心したような目で私を見た。
うむ。
畳みかけるならここだ。
「知らぬ者とてないほどの婚約破棄子ちゃん! カルラ様はそうおっしゃりました! であれば! それを助けたことによる慈愛の名声もまた、格段によく広まるのではないかと考えます! カルラ様自身の名誉のためにも! どうかお助けくださいませ!」
「おもしろいですね」
目を輝かせるカルラ。
「確かにわたし、評判悪いです。そこに目を付けたのは及第点と言えるでしょう。貴族の思考法というものを理解しているところもポイントが高いですね。アルビンさんがやらかしてしまうだけの魅力はあるのかもしれません。しかし」
うーんとカルラは考えて、
「ちょっと足りないかな」
と、ダメを出した。
まずい。
このままだと足切りだ。
わざわざ足りないと言うからには、他に何か私たちに対して要求があるはずだけど。
「…………」
「…………」
カルラは何も言わない。
どうする。
他のメリットは。
いや……これは、この要求は、おそらく。
「た、足りない分は……後日返済、ということで、ツケにしていただけませんでしょうか。返せる時が来れば返しますので」
「へええ」
カルラは感心したようにうなずいた。
「あなたって、私の考えていることがよくわかるんですね。すばらしいですよ。これだけちゃんと会話が通じる人はすごく珍しいのです。ほとんどの人はもう、拝み倒すばっかりで……まったく乞食じゃあるまいし」
なにやら遠い目をしてボヤキを入れた後、カルラは、
「けっこう」
といって柏手を一つ叩き、私とアルビンを見た。
「あなたがた2人、うちの領地で亡命を受け入れます。食客……いえ、賓客扱いで屋敷に住まわせてあげましょう。それでいいですね?」
「……はい!」
「寛大な処置、感謝いたします!」
2人して頭を下げる。
やった。
公爵家の保護があるのなら、暗殺者を送り込むことも相当に困難なはず。
と。
いうことで。
私とアルビンは首尾よく交渉をまとめ、ブロッコリー公爵領での生活をはじめることになった。




