第3話「仲直り」
「カエデ。正式に交際を申し込む。ゆくゆくは結婚して、メサイヤ男爵家の当主である私の妻となってほしい」
「お断りいたします」
ズリエル男爵がプロポーズしてきたので。
私は断った。
もう。
枷はなくなったのだ。
私を引き留めるためのアルビンというカードを失っている以上。
なんの交渉もできまい。
「ま、待ってくれ! 頼む……カエデがいない人生なんて、私にはもう何の意味もないんだ!」
泣いて引き止めにかかるズリエル。
倍以上も年の離れた男が。
みっともなく私の足を抱きかかえて、おいおいと泣き喚いた。
ひざまずくズリエルの姿は無様だった。
財産も家屋敷も。
すべてくれると言った。
私がいなければもはや生きていけないのだとまで哀願した。
私は。
それを蹴りつけて。
もう一度だけ断りを入れ。
「とらえろ! 殺さなければ何をしてもかまわん!」
「捕まってたまるかー!」
激高したズリエルの差し向けた近衛を蹴散らして屋敷を脱出し。
アルビンを探すための旅にでかけた。
『妖精さん……どうだ』
『あっちー』
『そっちー』
どうやら妖精さんには、私が心を許した男性の居場所をマークする力があるらしく。
この広い世界でも。
アルビンは簡単に見つかった。
400人からいる同郷人が一人も見つかっていないことを考えれば、それは奇跡的なことだった。
なんとか探し当てた私。
実のところ。
あの置手紙については、父親に汚された女を適当にぽいと捨てるための方便だった可能性も大いにあったわけだが。
アルビンはそうではなく。
本気で。
他の貴族の助けを借りて、私と一緒に過ごすための居場所を作り出そうと。
そんなことを考えていたらしい。
そして、当たり前に。
行く先々で断られて失意のどん底に落ちたところで。
私と再会して。
抱き合って。
ボロボロの浮浪者状態になった臭いアルビンだったけど、私は大きな喜びとともにぎゅっと強く抱きしめて。
ロマンチックな仲直り。
さて。
それから。
キスをして。
一緒に。
永遠の愛をちかって。
しかし。
今後はどうしようか、という点では途方に暮れる私たち。
もっか。
指名手配中。
……と、いうほどでもないが。
そこらの領地で家を買ったりすると、男爵家子爵家あたりからの刺客が送られてくる可能性は大いにある。
「学校に戻ろう」
「どうするのですか?」
「頼りになる貴族に亡命を頼んでみる」
アルビンからの提案だ。
私は。
乗ることにした。
「学校よ! 我々は帰って来た!」
「おおー」
私はぱちぱちと拍手をする。
貴族という肩書が抜けて、人間的にはひょうきんさを増したアルビン。
うん。
こっちのほうがいいかな。
前の上品なアルビンも好きだったけど。
こーゆー飾らなくて気取りがないアルビンのほうが、素の反応が楽しめておもしろい感じがする。
「アルビン、これからどうしましょう?」
「まずは一泊かな。身なりを整えないといけないよ」
とゆーわけで。
泊まって。
いちゃいちゃにゃんにゃんして。
身も心もすっかり温かくなったけど。
温度自体は涼やかな。
秋のはじめ。
私たちは新品の平民用制服に身を包み、戦いに挑むことにした。
「これが失敗したら……」
「したら?」
「新大陸に渡って2人で商売でもしようか。案外うまくいくかも」
「それもいいですね」
心からほほえむ私。
うん。
それもいいな。
アルビンといっしょなら、別にどこでもいいや。
もう、貴族ではないし。
勘当同然の状態になっていると思うし。
私たちはようするに、駆け落ち真っ最中の若者なのだけれど。
貴族の嫡男ともあろう人が、身分を捨ててまで私を選んでくれたのだ。
私はそれだけでいい。
十分だ。
仮にアルビンが寝たきりになって動けなくなったとしても、私は最後まで面倒を見る覚悟である。
「でも、失敗しないに越したことはない。わかるよね?」
「はい。もちろんです」
そりゃーそうである。
不幸にも耐えるつもりはあるけれど。
それと不幸を甘受することとは全然違う次元の話なのだ。
努力はできるだけ。
工夫も。
準備も可能な限り行う。
それでだめならばしょうがない。
と、いうだけで。
基本の状態はあくまでも、常に上昇志向が強い私なのであった。
「それで……どこに行くのでしょうか? 知り合いを当たるのですよね?」
「うん。今日は一番本命のところに行こうと思う」
おお。
最初からクライマックスだな。
「それは?」
「公爵令嬢カルラ・ブロッコリー……通称『粛清公女』だけど。知ってるかな」
「うわさだけなら」
ああ。
そういえば。
勇者エリーから学校に来た当初、そんなレクチャーをされたっけ。
王立貴族学校にいる2人の超級危険人物。
ウォーレンとカルラ。
しかし。
彼ら彼女らは今現在、学校にはいないはずなのでは?
「カルラ様はたまたま在校しているらしい」
「へー」
暇なのか。
この時期であれば、天下万民おしなべて忙しいものだと思っていた。
季節は秋。
米麦イモをはじめとした収穫の時期だ。
公爵家の跡継ぎともなれば、領地であれこれと仕事があるはずだが……
「彼女はお任せ主義らしい」
「なんと」
そんな人がいるのか。
ファビオのような資産家でさえ自分で働いていたのに。
いや。
超級の資産家だからこそ、なのかな。
彼ら彼女らが自分で働いても誤差の範囲ともいえる。
偉くなればなるほど現場には出なくなり、より上級の管理職としかコミュニケーションを取らなくなるものだと。
父はそう言っていた。
そして。
それが完全に正しい姿であって。
現場に出るなんてのはバランス感覚を保つための自主的な勉強でしかなく、それ以外の点では仕事の邪魔をしているだけなのだと。
「そんな偉い人と面会できるんですか?」
「アポは取ったよ。何年か前、彼女をゲームでコテンパンにして貸しを作ったことがあるんだ」
「うわあ」
すごいエピソードだ。
公爵令嬢相手に手加減せずにボコボコにしてしまうあたりがアルビンらしいとも言える。
そこは負けておかないと。
いやまあ、そんな世渡りができる人なら……そもそもこういった事態には陥っていないのかもしれないけれど。




