表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/122

第9話「婚約者は見た」

「あーら、ずいぶんと無様ですこと」


 子爵令嬢ペルセフォネは愉快そうに笑い、手で口をおおいながらくすくすと勝ち誇った。


「貧相な女にはお似合いの服ですけれど……そんなボロボロのかっこうをしてまで男の気を引くだなんて、恥ずかしいとは思わないのですか?」


 ペルセフォネはぴっと私の服を指さす。


 体は無事だったが。


 服は。

 燃えた。

 ぼろぼろだ。


 私の。

 前世から持ってきた、ゆいいつの。

 セーラー服。


 う。

 あ、あああ。


 悲しみが押し寄せてきた。


 大切なつながりを根こそぎに断たれた気がして、私は地面に座り込んでぽろぽろと涙を流した。


「な、なんで、こんなことを」

「…………だってあなた、目障りだもの。まさかとは思うけれど、アルビン様があなたのごとき端女にかけている憐れみを、本気にしていませんわよね?」


 つまりは。

 嫉妬か。

 独占欲なのか。


 そんなくだらないことで!


 体が熱に包まれる。

 どうする。

 殴りつけて泣かせてやろうか。


 取り巻きの護衛は5人だ。

 厳しいが。

 おそらくは。


 できる。

 と。

 思うけど。


 しかし。


 沸騰する頭を、私に残っている理性が急速に冷却させた。


 やっていることは無茶苦茶だが。

 わかる。

 わからなくはない。

 婚約者として将来を約束した相手といちゃついている平民女がいる以上。

 彼女の行動はともかく。

 彼女の怒りは極めて正当なものだ。


 ペルセフォネの対応は私の価値観に照らして、まったくぜんぜん悪ではない。


 ……無理だ。

 結論が出てしまった。

 私には殴れない。

 それほどの熱が持てない。

 ファビオの時のように、この先自分がどうなってもかまわないと思うほどの狂熱が沸いてこなかった。


 そうなれば。

 後は理性と打算の話になる。


 セーラー服を燃やされたのは、ものすごく情けなくて悔しくて悲しいけれど。

 貴族に逆らえば死罪。

 そういうことがありえる。

 この場合だと目撃者がどれほど私の味方をしてくれるのかが重要なポイントになるわけだが……


 いや。

 それさえも彼女は捏造できる立場だ。

 私がこの場で子爵令嬢ペルセフォネを殴りつけても無事でいるためには。


 相当に強力な立場でありかつ。

 貴族よりも平民の肩を持ってくれる、頭のおかしい権力者が不可欠になる。


 そんなバカな人、この場にいるとは思えないけれど……


 私は周囲を見渡す。

 と。

 その時。

 ばっちりと目が合った。


「…………」

「…………」


 当事者の一人であるメサイヤ男爵家次期当主のアルビンが、ことの一部始終までを呆然と見届けていた。


「アルビン様」

「ええ!?」


 仰天するペルセフォネ。

 そりゃあなあ。

 いくら彼女でも、まさかこんな場面を婚約者に目撃されるとは思わないだろう。


 平民女に高熱の油をぶっかけて火をつけるとか。

 いくら貴族でもな。

 やりすぎだ。

 部下の冒険者がやったなどという言い訳も、この場で目撃しているアルビンに対しては通らない。


「……これはいったい?」

「アルビン様! 助けてください!」


 私は泣いてアルビンにすがりついた。


「一人で食べているところを! いきなり! 襲われて! 油をかけられて! 火をつけられて! 殺されかけたんです! 助けてください!」


 できるだけわかりやすく。

 要点はまとめて。

 刺激的に。


 もしかするとペルセフォネには私を殺す気まではなかったかもしれないが。

 セーラー服を燃やされたうらみを考えれば、これぐらいの嘘はかわいいものだと思う。


 それを聞いたアルビンは。

 私をかばって。

 守るようにペルセフォネの前に立った。


「ペルセフォネ……釈明はあるか?」

「こ、殺すつもりはなかったですよ? 最近調子に乗っている女に、ちょっと脅しを入れてやろうというだけで」

「そうか」

「火をつけたのは、その、部下の暴走を止められなかった私にも責任があるかもしれませんが」

「おおむね事実なのだな?」

「ご、誤解です! アルビン様。あなたは騙されています! その女の経歴を調べたところ、近づく男を次々と不審死させているという極めて異常な報告が!」

「もういい、黙れ」


 アルビンは見下げ果てたような視線で子爵令嬢のペルセフォネを糾弾した。


「立場をかさに着て弱者をなぶるなど、貴族として恥ずべき行いだ。ペルセフォネ、お前はしばらく、僕に話しかけるな」

「な」

「予定されていた会食なども、全てキャンセルする」

「そ、そんな!?」


 泣きそうな顔になるペルセフォネ。

 あわてて。

 彼女は説得する。


「ちょ、ちょっと待ってください。私は婚約者なのですよ!」

「それがどうした」

「どうしたって……え、だって、私とアルビン様が付き合うのは、好みとかそういうのとは関係ない絶対に必要な大前提であって」

「僕をなめるな。人の心がわからない女と仲良くなるつもりはない」


 そう言い捨てて。

 呆然としている子爵令嬢ペルセフォネを後に残し。


 アルビンは私の肩を抱いて、そのまま自宅へと連れ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ