第8話「いじめを受けています」
スティング子爵家の三女でペルセフォネという名前の女がいる。
王立貴族学校の正規学生。
17歳。
かなりの美少女。
ウェーブがかかったライトブラウンの髪が魅力的な、少し気の強そうな感じの貴族のお嬢様。
あえて追記する必要はないかもしれないが、アルビンの婚約者だ。
さて。
つい先日。
彼女から手紙が届いた。
アルビンを独占している私に対してその旨釈明をせよと。
書いてある。
ううむ。
部屋にお呼ばれ。
しているみたいだが。
格闘娘のテッサに言われたっけ。
貴族の部屋は相手のテリトリーであり治外法権。
そこでは殺人さえ許される。
ゆえに。
仮に呼び出されたとしても、絶対にこたえてはいけないと。
この場合。
子爵令嬢ペルセフォネは明白に私への害意を持っている。
敵地だ。
とてもオーケーはできない。
妖精さんからも絶対に行ってはだめだと何度も何度も止められた。
ファビオの時よりも危険。
らしい。
あれより危ないのなら、もはや選択肢はないな。
そもそも。
ファビオの時とは違って、人としての譲れない境界線を超えて起こっているイベントでもないわけだし。
私はスルーして。
公共の場であればお会いできますと。
そのように返答した。
翌日。
嫌がらせがはじまった。
貴族令嬢であっても学内で殺人事件を起こせば逮捕されてしまう。
それができるのは本当に上位の貴族だけ……具体的には、伯爵級貴族の後継者あたりからだそうだ。
しかし。
殺さなければかなりのことはできる。
平民娘が貴族娘に公然といじめられていたところで、保護してくれる組織なんてものはどこにもない。
トイレで水。
教科書ずたずた。
靴かくし。
子爵令嬢とその部下の平民女たちは私に対してあらゆるハラスメントを行った。
ひどい。
泣きそうだ。
男子の目のあるところではあまりやらないようだが、女子トイレやら女子更衣室なんかでは必ずと言っていいほどに何らかのアクションがある。
『ううう……ひどい目にあった…………』
『まけないでー』
『くじけないでー』
全身ずぶ濡れの体をタオルで拭いて、着替えるために言語研究室へと逃げ込むと。
そこには教授がいて。
呆れたような顔で私を気遣ってくれた。
「もめているようだな」
「はい」
「私の権限ではとても保護してやれん。自分でなんとかしろ」
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
うん。
知ってた。
前世の教師とかも、金持ちの横暴を止めるほどの権限なんてなかったし。
サラリーマンに支配者階級と戦えと言うのは無茶である。
資本主義社会における平和京高校の教師は、どれだけ始末に負えないクソガキだったとしても私たちのような資本家階級の生徒には逆らえない。
それと同様か。
もしくはそれ以上に。
貴族社会における教授もまた、賤即斬の権限を持っている貴族子弟には逆らえない。
前世であれば転勤して出世が閉ざされて再就職も難しくなる程度ですむけれど。
この世界ではふつーに殺されることがありえる。
「はあ……」
びしゃびしゃの平民用制服を脱いでセーラー服に。
他にも持ってるけど。
冒険者が着用するような服はあまりにも分厚くて臭すぎる。
夏場にはそぐわないし。
見栄えもしない。
前世から持ってきたセーラー服であれば、かろうじて王立貴族学校の中でもそれほどには浮かずにいられる。
『ごめんー』
『ぼくらがばんぜんなら、もっとらくにいけたのにー』
妖精さんが慰めてくれているけど。
いいさ。
妖精さんのせいじゃない。
婚約者のいる貴族と平民が仲良くしていれば、こうなることはたぶん避けられない結果なのだろう。
でも。
『もはや、退学するしかないか……』
『だいじょぶー』
『もうちょうせい、おわったー』
ええ?
ちょうせい?
妖精さん何かしてるの?
『こっちー』
『こっちー』
手を引かれる。
校舎から中庭を抜けて、食堂の最奥まで。
『かってー』
『どれでもー』
適当に煮魚とサラダと米を注文し、人気のないテラス席に座る。
木陰。
涼やかな風。
いかにも妖精さんが好きそうなシチュエーションであり、特に疑問は持たなかったのであるが。
そこで。
ぱくぱくと。
食べていると。
突然の襲撃があり、女の冒険者から油の入った煮えたぎる鍋を投げつけられてしまった。
『がーど!』
『まもってー!』
『……っ!?』
思わず手で払う。
バシャリ!
鍋は当たらなかったが、油が服にかかった。
呆然とする私。
え。
な、なんだ。
熱い!
反射的に全魔力を使って身を覆い、油の浸透を妨げる。
「あるじ様、こいつ、凄腕です!」
「……知ってるわ。殺さなくてもいいの。ちょっと身の程を教えてあげるために、少しだけケガをさせなさい」
松明が投げつけられた。
セーラー服に火がついて燃え上がる。
な。
なんてことを。
正気か。
いくら人通りが少ない屋外だからって、こんなにも堂々と攻撃してくるだなんて!
私はごろごろと転がった。
火を消すために。
必死だ。
いくら魔力が強くて熱を遮断できるからって、ものには限度と言うものがある。
ザバン、と。
頭から水をぶっかけられてしまう。
ずぶぬれになる私。
これが油だったらかなり危険だったが、殺す気はないという話なので消火のためなのだろう。
火は消えた。
混乱も。
少しだけ落ち着いた。
5人からの冒険者を引き連れてつかつかと、明らかに一人だけ身なりのいい淑女が私の目の前に立った。




