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第6話「部下に誘われました」

 楽しい食事が終わった。


 アルビンはどうやら私のことをすごく気に入ったようで。

 それからも。

 頻繁に私を食事に誘い、必ずおごってくれる。


「たまには出しましょうか?」

「いやいや。そーゆーのって貧乏な男に対してするべき気遣いだから。僕、金に困ったこととかないし」

「でも、毎回だと後ろめたいです。お金の価値もわかりにくくなります」

「うーん」


 アルビンはちょっと考えて。


「じゃあ、銀貨1枚だけ受け取ろうか?」

「それは?」

「カエデちゃんがちょっといいところで食事をしたら、そんなものなんじゃないの?」

「そうですね」

「店は僕のわがままで決めてるんだから、割り勘みたいなものってことで。そのほうが気を使わなくて済むっていうんなら……そうする?」

「そうさせていただきます」


 困ったような表情で微笑むアルビン。


「…………男としては、おごって喜んでもらえた方が嬉しいけど」

「女としては、金で買われているみたいな感じがしてあまり嬉しくないですね。アルビン様はとても魅力的な方なので、割り勘どころか私がおごるということでもいいですよ?」

「それは勘弁してほしいな」


 アルビンはきっぱりと断った。


 だろうな。

 さすがに男の側がおごられるのは沽券に関わるだろう。

 あまりにも情けなすぎる。


 貧乏ならそれもありだけど、金持ちが平民女におごらせるのはありえない。


「カエデちゃんは……特待生枠なんだっけ?」

「はい」

「だからお金には困らない?」

「はい。どちらかといえば困らないほうだと思います」

「ふうん……冒険者っていうと貧乏な人がやる仕事のイメージがあるけど、例外もあるんだねえ」


 その認識は正しい。

 この学校にいる冒険者たちは基本貧乏だ。

 私のように宿屋の個室に泊まれて三食外食で済ませられる人間は極めて珍しいと言える。


 テッサでさえ上のほう。

 私と一緒にダンジョン探索ができる、という時点でかなり限られている。

 冒険者。

 かつ正規学生。

 そういうのはめったにいない。

 いかに冒険者が優遇されている王立貴族学校といえども、普通の冒険者は日雇い派遣かそれ以下でしかないというのが実態だ。


 私は。

 学生としての権利があり。

 金貨1000枚を超える授業料を免除されて、なおかつ。

 冒険者としての収入もあるという。

 恵まれた人間だ。

 金に困らないのはもとより、将来的な進路についても困ることはないだろう。


 王立貴族学校。


 それは建前上は、大陸北部最大の教育機関という話になっているが。


 違う。

 そうではない。

 ここに学力試験によって入れる人間は、前世でいうならば東大の卒業生上位層ぐらいの能力は最初から身に着けている。


 では、何を学ぶか。

 特には。

 何も学ばない。

 各界の専門家が教鞭をふるってあれこれと教えてはくれるが、そんなものは出会いの場を提供するというだけの単なる社交場に過ぎない。


 ここの本質は。

 就職。

 その斡旋所なのだそうだ。


 貴族はこの学校に来て、同じ階級の人間と交友を深めつつ同時に部下も探す。

 野心のある人間は。

 仕えるべき君主を見つけて。

 その靴を舐めて。

 彼らが徴税する膨大な領地運営予算の一端を任せてもらえるように、必死でアピールをする。


 そのアピール方法が、学問であり、技能であり、武術であり。

 すべての授業はそのために存在する。


 この世の理(ことわり)の真実を探求するために生涯をささげたい、などと言う種類の人間は、はなからここには来ない。

 もっとローカルな。

 広くて頑丈な檻の中で飼われることを承知の上で、貴族領主が直々に運営する研究都市にでも入るのが普通である。


 もちろん。

 世間というものを知らずに難関だからという理由だけでやってくる趣味人さんも何割かはいるようだが。


 この学校に集まるのは。

 基本。

 あぶらでギトギトした野心を持っている、上昇志向の強い者ばかりだ。


 私は武力部門。

 腕っぷしを期待されている冒険稼業のプロだ。

 この世界。

 武力がものすごく重宝されていて。

 世界最強クラスの武人が集まるとされる王立魔法学校は、卒業生がそのまま貴族にさえなれるらしい。


 私は。

 入ろうと思えば王立魔法学校にさえ入れる。

 それだけの魔力がある。

 つまり。

 騎士爵位を得られる可能性があるのだ。

 これは在野に埋もれている人材と言う観点からすれば最上級の素材であるため、仕官の誘いも山ほどある。


「カエデちゃん、もしよかったら僕の領地で働かない?」

「どういう役割ですか?」

「僕の近衛兵」

「それはどういった仕事なのでしょうか?」


 詳しく聞いてみると。


 近衛兵というのは。


 アルビンの傍に寄り添って護衛したり。

 気に入らないやつを殴ったり。

 反乱者を殺したり。

 なんなら適性次第では食事を用意したり、書類をまとめて整理したりといった作業もこなすそうだ。


 信頼できる人でないと任せられない仕事であるがゆえに給料は最高設定であり。

 休暇もたくさん。

 年金あり。

 きつさもそれほどではなく。

 護衛さえちゃんとしてくれるのであれば、普段は遊んでいてもいいぐらいの話らしい。


「それは大変魅力的なお誘いなのですが……今すぐ、という話ではありませんよね?」

「うん。僕が領地に戻るときについてきてくれればいいから。その未来を考えておいてくれると嬉しいな」

「返事はいつまでに?」

「本日この場」


 それは。

 またずいぶんと急だな。

 ちょっと焦りすぎというか、いくらなんでも乱暴すぎると思うけど。


「脈がないなら諦めるよ。他のライバルと引っ張り合った場合、僕にカエデちゃんをゲットできるとは思えないから」


 なるほど。

 確かにこの学校、アルビンよりもはるかに格上の貴族がうじゃうじゃいる。


 前世で言えば。

 大手企業からの誘いを蹴ってまで中堅どころに入社してくれと。

 そういう話なわけか。

 そして願わくば、破格のポストを与える代わりに出世の野心を捨ててくれと。

 アルビンはそう言っている。


 妖精さんには。

 聞けないな。

 これを聞くわけにはいかない。

 ファビオの時とは違う。

 もうすぐ死ぬからちょうどいい、なんて答えられた日には、今後の選択肢自体がそもそもなくなってしまう。


 さて。

 どうする。

 保留はできる。

 脈はあるけど即断できないと言えばそれでいい。

 しかし。

 心の中の素直な欲望に従うのであれば、私の返答はすでに決まっている。


「かしこまりました。お受けいたします。この場で、未来への進路をアルビン様に尽くすことに決めました」


 驚いた顔をするアルビン。

 おいおい。

 私の主人になるのなら、もっと堂々とした態度でいてくれよ。


「いいの?」

「はい。私はアルビン様に人としての魅力を感じています。仕官へのためらいはありません」

「カエデちゃんならぶっちゃけ、公爵家の近衛だって務まると思うけど……もっと上だって目指せるけど」

「かもしれません」

「なら」

「でも、出会いの縁というのは貴重で尊ぶべきものです。私はアルビン様についていきます。どうかお引き立てくださいませ」


 男探しをしろ、と。

 妖精さんはアドバイスをしてくれて。


 私はアルビンと出会った。


 ならば。

 おそらく。

 ここがその終着点なのだろう。


 すこし簡単に決め過ぎた気もするけれど、もともと人生なんてものはノリと感覚によって進む方向を決めるものだ。


「それじゃあ、今後ともよろしくね」

「はい。こちらこそ」


 アルビンは、にっこりとほほえんで。

 私も笑みを返し。

 テーブル越しに腕を伸ばして、しっかりと握手をした。


 今後の進路が決まった。

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