第4話「汚れキャラ」
イケメンがあらわれた。
「あ、見ない顔だね」
言語研究室で翻訳作業をしていると。
野生のイケメンがあらわれた。
ふわりとした金髪。
よく濡れた瞳。
すっと通った鼻筋と、なめらかなアゴのライン。
全体的には中肉中背よりも少しだけ背が高く、痩せていて、清潔感のある私服でぴしっと身を包んでいる。
まるで、王子様のように。
ちょっと意味が分からないレベルの、野性味なんてまったくない柔らかな雰囲気のイケメンだ。
あいさつ、しないと。
うわあ。
はじめてみた。
ファビオよりも顔と雰囲気と、そして声が好みの男というものを。
「こんにちは。僕はアルビン。君は?」
「あ、ええっと、カエデです!」
「そう、カエデちゃん」
「はい!」
「…………」
「…………」
沈黙。
見つめ合う二人。
な、なにか言わないと。
もったいない。
せっかくイケメンがいるのに!
ああでも、こんなときに限って頭がうまく働かない。
妖精さん力を貸して!
ぺかーっと。
なにか不思議な力が働いて、私の口が勝手に動き出した。
「イケメンですね!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
そんな私に。
「あ、ああ。カエデちゃんもかわいいよ」
などと、ちょっと引いたような表情でアルビンが答えてくれた。
違う。
間違えた。
やり直したい。
ああでも、もはや時間は戻らないのか!?
「私、アルビンさんみたいなかっこいい人を見たことがありません!」
ああああああ!?
な、なにを。
私は何を言っているのだ。
アルビンも呆れ……って、あれ? なんだか顔が赤くなっているような?
「そ、そうなんだ。嬉しいよ。でも、カエデちゃんってちょっと変わった子なんだね」
「あはは……た、たまに言われます」
めまいを感じる私。
死にたい。
天然認定された。
私の人生において、あの最高に気持ち悪い天然扱いをされることがあるなんて。
割腹自殺ものだ。
うわああああああ。
な、な、な。
なんでこんなことに。
私はクールで、完璧で、常にみんなから一目置かれる白河楓だったのに!
よりによって。
初対面のイケメンの前で、なんという醜態を。
「……失礼しました。実は今、言語学の研究で……初対面におけるインプレッションの与え方について考察していたものですから」
なんとか取り繕ってみる。
「ああ……言語学の生徒だからね」
「そ、そうなのです」
「ちょっと変わってるのは学者系の宿命ってやつなのかな……カエデちゃん、話さなければすごくかわいいのにね」
あ。
あああああ。
変人だと思われた。
変人だと思われた!
泣きたい。
死にそう。
残念認定だなんて、そんなのはギャグマンガの汚れ系ヒロインがやることなのに!
それは違う!
それは私の役割じゃないんだ!
このクールでステキなカエデちゃん様がやることじゃないんだよ!
ないんだよ!
私がその役をやると、キャラが崩壊しちゃうだろ!
混乱する私。
テンパる。
ここまで追い詰められたのは久しぶりのことだ。
さすがは超絶イケメン。
顔のよさだけで私にここまでの被害を与えるとは。
「で、でも調子に乗らないでくださいね。今の私は四天王の中では最も格下。いずれ真の形態の私が直々におしおきしてあげますから」
「あ、それ知ってる。なんか教授が今はまってる古典だよね」
「そうですね。アルビンさんも同じ課題を?」
「うん。僕は翻訳だけだけど」
ようやく雑談に入る。
軌道修正に成功。
よしよし。
このままクールに進めて、初対面の印象を薄れさせてしまおう。
「アルビンさんは、得意科目は何ですか?」
「言語以外で?」
「はい」
「数学と歴史かな? この辺は家でもやってたし、知識を流用できるから楽だよね」
むむ。
それは嫌な情報だな。
いい情報でもあるけど。
家庭教師を呼んで教えてもらえるとは……こやつ、貴族のボンボンか。
「貴族の方なのですか?」
「うん。メサイヤ男爵家の長男。いちおう次期当主になるのかな」
「そ、それはご無礼を!」
私はかしこまった。
まずいな。
この世界の貴族というのは別格の存在であるため。
ちょっと舐めた口を利いたというだけで殺されるということも、決して珍しくはない。
「申し訳ございません。そうとは知らずに、失礼な態度を」
「あー、いや、ぜんぜん気にしてないから。むしろフランクに接してくれるとうれしいかな」
のほほん、と笑うアルビン。
「そういうわけには……」
「ほらほら、まだ固いってば。もっと笑って。こんなので」
自分の唇を指でおさえ、にまっと持ち上げるアルビン。
おお。
変顔だ。
いかな超絶イケメンであろうとも、変顔はかっこよくないな。
私は少しだけ落ち着いた。
「アルビン様は飾らない方なのですね」
「そうでもないけど。カエデちゃんは飾りすぎかな。これからまた話す機会もあるだろうし、もっと砕けてくれないと肩がこっちゃうよ」
「それは」
明らかな嘘だろうに。
父もそう。
無礼講だなんて仮に言ったとしても。
本当にタメ口を利いた社員なんかがいれば、次の日からは解雇に向けて動くものだ。
しかし。
学生だからなあ。
貴族に対して軽い感じで接した場合、処刑されるのか喜ばれるのかはちょっと計り知れないものがある。
ううむ。
難しいな。
貴族との距離の取り方なんて私は知らないのだぞ。
とゆーか。
できれば名前だけじゃなくて家の格のほうを最初に教えてほしかった。
「あ、じゃあ、命令で。命令ならしょうがないよね?」
「は、はい。わかりました……できるだけがんばらせていただきます」
「うん。そうして」
にっこりとほほ笑むアルビン。
ああ。
なんてかっこいいのかしら。
うっとり。
私は男からの優しさなんてものにはほぼ価値を見出さないタイプであり。
財力と権力と顔が全てだと考えているわけだが。
1つでもあれば、十分で。
2つあれば、完璧で。
3つ兼ね備えているとなると……それはもう、おとぎ話の領域だ。
いやまあ、顔や財力がマイナスだと無理だけど。
アルビンはマイナス、どころか。
3つすべてを兼ね備えている、らしい。
う。
うわああああああ。
なんてことだ。
こんな完璧超人がこの世にいてもいいのか。
「あ、よかったらこの後どうかな? 一緒にごはんでも」
「今からですか?」
「いやいや。夕方にでも迎えに来るからさ。そのままの服でついて来てくれればいいよ」
「かしこまりました。お供します」
この誘いは。
断れないだろうな。
私はうなずいた。
いや。
そういえば。
テッサが断らないと犯される、みたいな忠告をしてくれたが。
ううむ。
初対面で貴族から食事に誘われて、断れる人間はほぼいないだろう。
それは下心とかそういう次元の話じゃなくて。
不興を買ってしまう。
単に危ない。
適度な距離感という視点に立ったとしても、ここは受けるで一択だと思う。
それに。
まあ。
あれだ。
アルビンなら、別にそういう展開になったとしても……いや、それはやっばり嫌か。
いくらイケメンで貴族でも。
私はそんなに軽い女じゃないのだぜ。




