第3話「疲労困憊です」
走る。
全力で。
インターバル走を繰り返し、足が震えて倒れ込むまで肉体を酷使する。
汗がだくだくと。
滝のように体を流れていく。
全身がびしゃびしゃだ。
服はすけすけ。
肌にべっとりと布地がこびりつき、ひどく不快である。
グランドには人がいる。
たくさん。
私は1人きりだ。
休憩しているときに「大丈夫か」と話しかけてくる人もかなりいたが。
そのたびに「平気です」と答えて歩き出すと、それ以上つきまとわれることはなくなった。
暑い。
日差しが強い。
私は休憩所に入って水をがぶがぶと飲み、塩を舐めてぽーっとする頭を正気に戻そうとする。
くすくすと。
指をさされて笑われているのがわかる。
更衣室。
地面に座り込んでいる私。
さぞやみっともなく見えるのだろうなと、なんとなく想像はつくけど。
ひんやりとした石床。
建物の影。
窓から流れてくる風と汗臭くて埃っぽい空気。
なんだろう。
ここにいると、少し。
前世で泣いたり笑ったりしていたあのころに戻れたような気がする。
本当に。
ここまで全力で動くのは久しぶりだ。
最後の部活以来か。
ここから先に行くには生理ぐらい自分の意志で止められなければならない、と言われた時から、私はスポーツというものへの情熱を失った。
稼げないし。
ケガもする。
あれは上流階級が打ち込むべきライフワークではない。
女は特にそうだ。
頂点にいる者しか人前に出てこないので勘違いしがちであるが。
スポーツで飯は食えない。
スポーツ選手と大企業正社員であれば後者のほうが圧倒的に格上だ。
例外はごくわずか。
あそこは何万人に1人というレベルの怪人だけが住むことを許される、きわめて特殊な場所なのだ。
いらい。
私はほどほどに健康を害さない範囲で運動し、上のフィールドで戦うための身体能力は失われた。
しかし。
取り戻すべきなのだろうか。
今の私は明日のことさえ知れないど貧民であり、労働で身を立てていくことも考える必要はある。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
「……すいません」
私は立ち上がり、場所を移動した。
よろよろと。
トレーニングルームへ。
腕立て。
懸垂。
逆立ち。
レッグレイズ。
ツイストなど。
一通り全身の筋肉にストレスを与え、体を壊していく。
きつい。
やめたい。
吐き気がする。
死ね。
しねしねしね。
皆死んでしまえ。
くそ。
なんで私がこんな苦労を。
みじめな思いを。
嫌だ。
もう嫌。
死ぬ。
死ね。
呪いの言葉を叫びながら意識をつなぎ留め、もう嫌だと叫ぶ体を意志で押さえつけて動かす。
限界近くでのトレーニングにおいては。
怒りを極限まで出して、悪意をまとって体を動かすものだと。
顧問はそう言っていた。
見られている。
男からも。
女からもだ。
いいな。
それが性欲であっても、たとえ嫌悪であっても。
人から視線を受けるというのは力になる。
私はそういうタイプだ。
……まだ動ける。
余裕がある。
本当に限界が来ている場合は、筋肉ではなく腱や骨に異常が出るものだ。
たっぷり2時間ほど。
前世の中学生時代と同じように。
気合いを入れなくては動けなくなる程度には体をいじめてから。
再び汗だくになった私はトレーニングルームを後にした。
疲労困憊になった後は、冒険者ギルドに行く。
依頼を受けるのだ。
いちばん。
簡単なやつを。
低層における魔物退治か。
これなら。
今の私でも、かろうじてできるかもしれない。
体はボロボロだ。
おそらく仕事という義務がなければ1日や2日は動く気にもならないだろう。
いい。
それでいい。
今の私にはお似合いだ。
よろよろと洞窟を探索し、息も絶え絶えになりながら魔物を倒して帰還する。
寝る。
起きる。
回復はしていない。
筋肉はだめだ。
骨や腱は…………まあ、これぐらいなら、もう少し動けるか。
行動困難なほどのダメージを受けている時であれば、体が勝手に弱っている部位をかばおうと努力してくれる。
歩く。
ゆっくりと。
筋肉の動きを感じとりながら。
すごくしずか。
心が落ち着いていく。
全身を脱力させる。
指の端々にまで体液が通り、ゆっくりと全身を巡っているのがわかる。
リラックス。
状態。
おおきく深呼吸。
うん。
いい気分だ。
傷ついていた心がほぐれていくのがわかる。
傷ついた体が治ろうと努力するとき。
傷ついた心もまた。
同時に治ろうとするのだ。
まだまだ全快とは言えないにせよ、全身で傷ついておいたほうが回復もスムーズに行く。
私はそのようにして。
学校の奇人としての日々を10日ほど過ごしてから。
見かねた勇者エリーに冒険者ギルドでつかまり、彼のパーティーに誘われることになった。




