第2話「間に合わせの男をつかまえます」
難民生活を抜け出すにあたり、私はひとまず情報収集に乗り出すことにした。
今までは食事の際に聞き耳を立てる程度にとどまっていたが。
やはり『質問』をしたい。
能動的に情報を集めた方がはるかに効率よく物事を知ることができる。
が。
それは目立つこととトレードオフ。
人から注目されるというリスクを冒すことになる。
リスクを恐れていては何もできないとはいえ。
危ないことは嫌いだ。
誰だって傷つきたくはない。
ゆえに。
なるべくリスクの低い。
少人数の。
できれば1人ないし2人のグループに参加したいところである。
「ちょっといいですか?」
「……なんだ?」
目当ての人物に声をかけてみたところ。
ぶっきらぼうな感じの短い返答があった。
顔が渋い。
声が怒っている。
どうやら食事を邪魔されたことで気分を害したらしい。
私のことをまっすぐににらみつけている。
赤い目。
赤い髪。
年齢は10代後半ないし20前半ぐらいだろうか。
やや筋肉質で身長は170センチほど。
前世での経験からすれば、体力的には互角ぐらいかと思われるが。
どうもこの世界に来てからやたらと体調がいい私なので。
仮に襲い掛かられても撃退できるかもしれない。
そんな感じはする。
「いえ、狩りのコツなどがあれば聞きたいと思いまして。得意なのですよね?」
「なんだと?」
赤目の男は怪訝そうにこちらを見た。
「なんだお前は。なぜそんなことを聞く?」
「えっと、実は私も昨日、食料調達のための部隊に参加していたのですが……さっぱりふるわなくて。でかい獲物を2匹も仕留めていた達人を参考にしようかと」
「他を当たれ」
「そういわずに」
「あつかましいぞ。だいたいお前は何者だ。まずはフードを取れ」
「これは失礼」
外套にくっついていた布かぶりをひょいとめくり、素顔をあらわにする。
男はぎょっとしたような表情を浮かべた。
「すみません。私は注目されやすいので、普段は目立たないようにしているのです……もういいですか?」
「あ、ああ。もういい」
赤目の男は焦ったような口調でそう答えた。
なんだか初恋の人にでも出会ったかのような反応だ。
やたらと動きが固いし。
ちらちらとこちらを見ている。
挙動不審。
うーむ。
確かに私は美少女だが。
少なくとも前世では、ここまで露骨な反応をされたことはない。
男を観察する。
呼吸が浅い。
顔が赤い。
視線がなんというか……私の外套をあれこれと舐めつけている。
性的な視線だ。
たぶん。
前世で嫌と言うほどに感じていた、私の体の下を暴こうとするかのような露骨で無遠慮な視線。
……ただまあ。
そこまで不快ではない。
なぜならばイケメンだからだ。
私好みのイケメン。
やや細身で筋肉質。
精悍そうな顔とか意志の強そうな瞳とか唇とか、血管の浮き出た手の甲とかがとってもセクシーである。
うむ。
素晴らしい。
私はイケメンが好きだ。
女であれば誰でもそうだとは思うが。
私が声をかけるにあたって前提にしておいた選定基準とは、すなわち最悪の場合において乱暴されても諦めがつくかどうかだ。
彼はまあ、なんとか。
かろうじて合格点。
とりあえずイケメンだし。
連れ立って歩くことを考えてもぎりぎり許せなくはない。
前世のようにクラスメートの8割がたが「あり」の男子で囲まれていた環境とは比べるべくもないが。
まあいい。
しょうがない。
今の私は住所不定無職の素寒貧であるため、まともな男を求めるのは高望みが過ぎるというものだ。
「顔を隠したままなのは、やはり失礼でしたか?」
「いや……それほどの美人であれば、顔をかくすのはやむをえまい」
「ありがとう。あなたもかっこいいですよ」
「おだてるな」
男は怒ったような表情で私から視線を切った。
おお。
ピュアな反応だ。
うきうきする。
異世界転生した初日と同じぐらい、鼓動がどきどきとして鳴りやまない。
とはいえ、それはそれ。
情報収集は情報収集である。
私は当初の目的を果たしつつ間を持たせるために、続けて男に向けて話題を振ることにした。
「実は私はここ3日ほど、難民にまぎれて人を待っていたのですが」
「うむ」
「目当ての人物とはいつまで経っても合流できなくて。とても困っています。心当たりはないですか?」
「特徴は?」
「こんな服装ですが……知りませんか?」
ひらりと外套を脱いでみると、男はごくりとつばを鳴らしてから私をじっと凝視した。
セーラー服。
生足。
女子高生。
かわいく生まれた私は否応なく人目をひく存在なので、この種の反応は珍しいものではない。
街を歩けばしょちゅう浴びる欲望と羨望の視線。
私はこの瞬間がすごく好きだ。
自分という存在が肯定されていると信じることができる。
視線を感じる。
すごく。
情熱的なやつを。
とはいえ、特に何が起こるということもなく。
「…………知らんな」
男は端的に答えた。
「それほど特徴的な服であれば、目立つ。見かけて気づかないということはない。ここらにはいないだろう」
「そうですか」
「どこかの民族衣装かなにかのようだが……待ち人はそれなりの地位にいる人間ということだな?」
「さあ、どうでしょうね」
私はすっとぼけた。
前世のクラスメートか。
彼女たちがどのぐらいの地位かと言えば、たぶん単なる難民だとは思うが。
また会えるのだろうか。
どうだろう。
会いたい人も会いたくない人もいる。
男子には会いたくない。
あいつらは特別だ。
私のことを道端の石ころのように見る男子高校生なんて、たぶんあいつらぐらいだろう。
「カエデといいます。以後よろしく」
「あ、ああ」
「それで、よければ明日の狩りを一緒してくれませんか? 見たところ仲間もいないようですし」
「……それは、その、いいのか?」
「いいのかって……私からお願いしているのですけど?」
「もちろんかまわん」
男は真面目腐った顔で返事をした。
「それじゃあ、名前をうかがっても?」
「俺はティッキーだ」
「ティッキーさんですね。わかりました。明日はよろしく」
「ああ」
ひとまずは約束を取り付けたので、私はそのまま情報収集を続けることにした。
この難民集団の目的地。
発生原因。
援助者。
ボランティアの規模。
集団内のルールやら買い物のやりかたなど。
知らねばならないことは山ほどある。
世間話やティッキーの素性なども含めて、一応不審になりすぎないように話題は選んだつもりだったが。
「なぜそんなに何も知らないのだ……」
「箱入りなので」
「限度がある。お前の箱入りは独房にでも監禁されていたレベルだ」
やはり無理があったか。
そりゃそうだ。
私は何も知らない。
一から十まで当たり前のことを質問し続ければ、それは疑問も持たれるというものだ。
「だいじょうぶ。これでも物覚えはいいほうなので、何度か聞けば覚えられます」
「一度で覚えろ」
「無茶を言わないでください。メモでもあればいいのですが」
運動は得意だが。
勉強は苦手な私だ。
とくに高等数学やら物理化学なんてのはお手上げ状態である。
文系理系で言えば間違いなく文系。
それも本を読まない、理系が嫌いだから仕方がなくというタイプの文系だ。
「紙は高い。宝石ほどではないが、難民に使わせるほど安くもない」
「そんなものですか」
「そんなものだ。だいたい、あんなものは生きていく上では大して必要あるまい。体力さえあればどうとでもなる。文字やら学問なんてものは上流階級が興じる遊びのようなものだ」
「なるほど」
どうやらティッキーは下流階級の肉体労働者らしい。
さもありなん。
文字の読み書きができなければ頭を使うタイプの仕事は一切が不可能だろう。
それはつまり、はした金で安く使われる以外の人生を選べないということでもあるわけだが。
……いや、しかし。
この世界ではそれが普通なのだろうか。
識字率が何パーセント程度なのか。
私はそれさえも知らない。
文明レベルが極めて低かった場合。
彼のように若くて健康で腕力のある男は、どちらかというと支配者階級に位置している可能性もある。
常識が知りたい。
困らない程度には。
少なくとも今はまだ、ティッキーに寄生しながら学ぶしか戦術を選べないにしても。
できればもう少し、高めの男を狙いたいものだ。
私はそのように思った。




