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第2話「ストレスを解消しましょう」

 勇者エリー。

 彼は魔物退治のプロだ。

 戦争によって兵が奪われて空白地帯が生まれて。

 その安全確保のために呼ばれた。

 防衛力が不足している王立貴族学校におけるダンジョンの哨戒と魔物を間引くことが、彼の仕事らしい。


「王立魔法学校のスカウトにも誘われていたのだがな」

「どうして行かなかったのですか?」

「どうしてとは?」

「え、だって……王立魔法学校に行けば貴族になれて、人類も救えて、お給料もよくて、権力も」


 エリーは首を振った。


「軍事に関わることだけが救世の全てではあるまい。俺は民間から、魔物に苦しむ人々を助けることで世の中に貢献したいんだ」


 こいつ、まじか。

 変態だ。

 私は「すごいですね」ととりあえず相手を立てて、それから心の平衡を保つために心中でチャチャを入れた。


 へー。

 立派だこと。

 それは年収的には、どの程度の価値がある話なのかしら。


 名誉で倉をおっ立てた人間はいない。

 私はこの種の「金よりも大切なものがある」的な行動をするタイプの人間が大嫌いだった。

 いや。

 あこがれも同時にあるから、愛憎なかばという感じだが。

 それでも。

 人助けとは、最低でも自分と愛する家族を含めた多くの人間を守れるようになってからやるべき行いだと思う。


 ファビオあたりがやっていれば素直に感心するにせよ。

 社会最底辺の冒険者に毛が生えたような男であるエリーがやっていると、反感のほうが先に立つ。


 ううむ。

 どうなんだ。

 それは偏見なのだろうか。

 私はエリーの年収についてよく知らない。

 彼はもしかして、全く金には困っていない資産家のボンボンかつ勇敢な冒険者なのだろうか。


『妖精さん……エリーはどうだ?』

『うーん』

『びみょー』


 なるほど。

 特に金持ちではないのか。

 彼の実力や人望についての優秀さはすでに明らかであるから。

 総じて微妙ということなら、財産面では貧民同然と考えるべきなのかもしれない。


 知りたいな。

 年収。

 エリーの給与明細が欲しい。

 むりか。

 そりゃそうだな。

 仮に私が処女証明書をもらえるかい、なんて言われたらブチ切れる確信がある。


 いやまあ。

 もはや私は乙女ではなくなってしまったが。


 私はエリーと適当にお話して別れ、学生生活に戻った。




 心がボロボロだ。

 さて。

 どうやって立ち直ろうか。


 前世のクラスメートには出会えなかった私。

 ここにいないのなら。

 もはや能動的に出会うことは不可能だということだ。


 はあ。

 ざんねんだ。

 しょうがない。

 私はいろいろと諦めて。

 自力で傷心状態から立ち直るために努力することに決めた。




 私の人生の師匠と呼ぶべき人を1番にあげるならやはり父親になるが。

 家族以外で。

 それを求めるのなら。

 私を走り高跳びで全中3位にまで育ててくれた、陸上部の顧問先生は5指に入れねばならない。


「いいか。過剰な運動など全くの無駄だ。食事に気を使ってイメトレをつめ。やる気の出ないときは呪いの言葉を叫べ。死ね、糞、殺すと念じるのだ。それで力が出る。調子のいい時であれば冷静に走ればいい」


 運動はすればするほど体が弱くなる。

 それが顧問の持論だ。

 同感。

 よくわかる話である。

 修行すればするほど成果が出るのは漫画の中だけだ。


 もっとも彼の場合、生徒に対してハードトレーニングを強制するだけの権威がなかっただけの話かもしれないが。


 平和京中学校は教師の権力が生徒よりも強い通常の場所とは違う。

 彼らはサラリーマン。

 給料をもらって生活している教師達は私たちからすれば下等に位置する者だ。

 専門科目に関しては一定の敬意を払うにせよ。

 人生論については聞くに値しない。


 たまにバカな教師とかが、熱血ぶって生徒に厳しく指導して。

 すぐに転勤になる。

 数年に一度の風物詩というやつで、学生であればほぼ確実にそれを目にするため。

 彼らを軽んじる風潮が生まれるのは無理なからぬことと言えるだろう。


 で、その顧問。

 私に対して一切の努力を強制しなかった放任主義の顧問。

 聞かれた質問に対してだけ答え。

 資料をまとめて教えてくれた最高にありがたい顧問。

 彼は言っていた。

 オーバーなトレーニングなど何の意味もないが、一つだけ例外があると。


 それは。

 スランプ中。

 精神のバランスが完全に壊れている時。

 そういう状況であれば、体のほうもボロボロにしてから立ち直ったほうが回復が早いらしい。


 どちらかというと精神論に属する話だが。

 今の私にはわかる。

 もっともだ。

 かつて仲間だった山賊一味のみんなを裏切って殺しておいて、自分だけのうのうとしているという事実に心が耐えられない。


 私と付き合った男たちはかなりの確率で死んでしまったが。

 中でも。

 山賊一味の仲間や、その首領であったシルベストルだけはやはり別格といえた。


 彼は。

 彼らは。


 私が。

 殺したから。

 死んだ。


 この圧倒的な因果関係に比べれば、魔物や事故やケンカによる死亡なんてものは誤差の範囲内にすぎない。


 実のところ、私はまだあの時のトラウマから立ち直ってはいなかった。

 ボロボロだ。

 体の方は健康そのものだったけど、心はボロボロだった。


 だから。

 もし。

 私に立ち直るつもりがあるのなら。


 体も。

 壊さないと。


 私はハードトレーニングを開始した。

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