第2話「新パーティー崩壊」
一週間が経った。
冒険の日々は。
楽しい。
けど。
どこか満たされない。
そんな感じ。
理由ははっきりしていて、単純にこの子が男として物足りないから。
ティッキーは右も左もわからない完全初心者だった私に難民生活のいろはを教えてくれた男であり、私より世慣れていた。
ファビオはふんわりした物腰ながらも人を使うことに慣れた人間特有の威厳のようなものがあって、頭もいい上に権力も財力もあった。
山賊リーダーのシルベストルは社会的地位がゼロの屑男だったけど、曲がりなりにも山賊100人の支配者ではあり、当時の私よりは格上だった。
それと比べると。
この子はなあ。
今現在の私よりも頼りないというか……いやまあ、パーティーを組んだよしみだ。
見捨てるつもりはない。
どうやら私に惚れている感じもするし。
山賊稼業でさんざん悪行を重ねた私のため、人を喜ばせて善行を積みたいという思いもある。
だから。
一緒の宿にとまっていろいろお話しよう、と提案された時も。
私はうなずいた。
この世界の倫理観に合わせても断るべき話だったが。
もう。
一人は嫌なのだ。
山賊にさらわれた哀れな私ではなく。
ただの女の子としての私と向き合ってくれる人と話したい。
ちょっとだけ代金を奮発して中堅の宿屋の2人部屋を取り、そこで布団にもぐりこんで、将来の夢などをあれこれと聞いてみる。
「僕、ドラゴンスレイヤーになりたいんです」
「へえ」
「あこがれるじゃないですか! 仲間と協力して、人よりもはるかに強力なドラゴンをやっつけて! 富も名誉も手に入れて」
「なれるといいね」
並びのベッドに腰かけて、あれこれと話を聞いてみる。
「ドラゴンってどこにいるの?」
「どれぐらい強いの?」
「出身地は? 家族いる? 使ったことのある武器とかは、短剣以外には何があるの?」
私は会話を楽しんだ。
最初はめんどうだったが。
そのうちに興が乗ったので、さも気がありそうな感じでいろいろと質問もしてあげる。
友好関係を深めるにあたり。
一番かんたんなのは。
質問だ。
ほめればいいとか、恩を売ればいいとか、アイコンタクトとか化粧とか声のトーンとか。
そんなものは小手先のテクニックにすぎない。
相手に興味を持つこと。
話しかけること。
同じ場所で同じ時間をすごして、体験を共有すること。
コミュニケーションとはそれが全てである。
最低限の容姿というハードルさえクリアしておけば、人と仲良くなることのなんと簡単なことか。
……ただし。
仲良くなりすぎると、ものすごく面倒なので。
ある程度の魅力を持った人間にとっては、むしろ恨まれずに突き放す技術のほうを磨く必要がある。
その点で言えば、私はレオ少年とのコミュニケーションに失敗しているわけだが。
「カエデさんって、その」
「なんだい?」
「ほんっとう、すごくきれいな人ですね! すごいです!」
「ありがとう。うれしいよ」
「あ、あの、彼氏とか……いないとのことですが。その、誰か欲しいとか、そういったことはないのでしょうか!?」
質問するレオ少年。
ふうむ。
自分が立候補する、とは言わないのか。
謙虚だな。
しかし。
この世界における翻訳スキルの能力はとんでもなく優秀なので、相手がその種のアプローチをする時の暗黙の打診、みたいなやつまで読み取ることができる。
どうもこの子は。
私が好きで。
あれこれとしたいらしい。
にもかかわらず。
今は私との距離感がつかめずに、迷惑になることを恐れてあと一歩を踏み込めていない。
そういう状態のようだ。
うーむ。
もはや身も心も汚れきった私だ。
いまさら抵抗はないが。
どうだろう。
この子は私と釣り合わない。
そう思う。
冒険者としての腕が悪くて頭も悪くて貧乏で……顔と優しさだけがとりえみたいな感じの低ランク少年なので、前世の私であれば確実に断っていただろう。
あー。
でもなあ。
ファビオの時は、これで断ってさんざん後悔したんだったか。
うん。
まあ。
これも慈善事業だと思えば。
私は彼に対して特に悪感情があるわけではなかったので。
オーケーすることにした。
近寄る。
顔をじっと見つめる。
「うわあっ」
レオはゆでたこのように赤くなってのけぞった。
「す、すみません。そ、そんなつもりじゃなくて、その」
「……したいの?」
水を向けてみるとレオはぷるぷると震え、そして、私へと抱きついた。
「か、カエデさんっ」
押し倒されてしまった。
「えーっと、こうなると、止まれないんだっけ?」
「そ、そうなんです! えっ、えっと……でも、いやなら!」
「……まあ、いやかな」
「あ、う、ううう、だ、だめですっ!」
「そんなことを言われても」
「か、カエデさんが悪いんです! だって、ああ、もうっ!!」
口をふさがれた。
くちびるで。
むむ。
これ以上はいけないな。
年齢制限にひっかかってしまう。
私は相手の支配欲を満足させ、なおかつプライドも傷つけず。
嫌よ嫌よも好きのうち。
みたいな。
そんな感じで。
少年レオに気分よく喜んでもらえるようにがんばった。
で。
次の日……は楽しくデートをして、そのさらに翌日のこと。
レオは魔物に食べられて死んだ。
がーん。
私は泣いた。
しくしくと涙を流した。
実は昨日の朝も泣いていたのだが、あれは理由がよくわからない。
起きて目が覚めて。
人肌にあたたかいシーツを抱きながら隣にいる少年レオの頬をなでた途端。
涙があふれてきた。
何が悲しいのか。
なぜ泣いているのか。
昨日はよくわからない。
わからなかった。
でも。
今日は。
よくわかる。
レオが死んだのが悲しくて。
私は一日宿屋にこもってシーツをかぶり、めそめそ泣き続けた。
カエデさんにふさわしい男になりたい、というのが、少年レオの最後の言葉だった。
次の日。
私は立ち直った。
いや、立ち直ってはいない。
厳密に言えば、少年レオが生きていた時でさえ立ち直っていたとは言えなかったのだろう。
私は山賊に襲われて夫を亡くした時のダメージが抜けていない。
ちがう。
もっと前から。
異世界に転移したあの時から私の心にはヒビが入り。
それは治るどころかひどくなる一方だ。
泣いてすっきりするのは、傷口をボンドで固めて応急処置をしたという程度のことにすぎない。
でも。
とりあえず、動ける。
ようになった。
ので。
私は部屋を出て次の仲間を探すことにした。




