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第10話「聖女様」

 攻めよう。


 秋の終わりになれば収穫祭がある。

 一年の恵みに感謝して。

 村中のみんなで遊びまわるという面白おかしなイベントだ。


 この世界における正月休みに当たるため。

 一週間程度。

 ほぼ誰も働かない。


 ファビオに誘われた私はセーラー服を着用してデートに臨むことにした。

 どどん。

 ブルセラ親父なら一発で陥落である。

 なんだかやばい商売の人みたいで気が引けるにしても。

 本人が「あれを着ているカエデちゃんが一番かわいかった」と主張するのだからやむをえまい。


 で。

 当日。


 朝一で沐浴を済ませた私はゆっくりと髪を乾かし。

 ファビオと朝ご飯を食べて。

 出かけた。


 まずは村を散歩。

 仮装した子供たちが家の手伝いから解放された喜びではしゃぎまわっている。

 この時期。

 お小遣いをせがめば貰うことができる。

 私たちが子供向けの銅貨を地面にばらまくと、彼らはエサを池にぶちまけられた魚みたいになって金に群がるのだ。


 ううむ。

 下品ではなかろうか。

 わいわいと楽しそうに奪い合っているので、それはそれでありなのかも。


「子供は元気ですねえ」

「そうだね」

「だんな様は童心に帰りたくなることはありませんか?」

「ぜんぜんないかな。長く生きられるのはうらやましいけれど、人生は大人のほうが圧倒的に楽しいよ」


 そりゃそうだ。

 父なんかも若返りなんて絶対にごめんだと言っていた。

 子供時代が楽しかった、というのであれば、その人の社会生活はあまり充実していないということになる。


 子供がどれだけ強力に差別されているか。

 権利を奪われているか。

 それは。

 大人であれば誰でも知っている。

 常識中の常識と言ってもいい。


「だんな様、どこに向かっているのですか?」

「まずは教会かな」


 収穫祭を楽しむためにはセオリーがいくつかあって。

 まずは教会でお祈り。

 聖人聖女様のありがたい説教を聞く。


 で、音楽隊のコーラスを楽しんで。

 ブドウ酒を飲み。

 ほどよくアルコールで酩酊してから食べ歩いて、村の景色を愛でると。

 それが定番のようだ。


「おじゃまします」

「はい。神はいつでもあなた達のことを見守っておられますよ」


 なぜかカップルとしての祝福を受ける私たち。

 嬉しいが。

 そのように見えるのだろうか。

 見えるのだろうな。

 年若い男女の二人組が寄り添って歩いていれば、他に見ようもないか。


 歌であふれている教会。

 入り口の左右にある大きな水がめから聖水をすくい、かるく体につける。

 これで魔を払う。

 らしい。

 聖堂の天井は高く透き通っており、ガラス越しに差し込む日差しがキラキラと輝いている。


 おお。

 神秘的だ。

 全方位から肌に直接音が飛び込んできて、前世でたまに触れた劇場音楽なんかと比べても全然そん色ない。


「すごいです」

「きれいな声だよねえ」


 うっとりとしている私と、ちょっとぼんやりした顔で観賞しているファビオ。

 むむう。

 彼は見慣れているようだが。

 私は初見だからな。

 神をたたえる歌を聞いて感動するのはごく普通のことだと思う。


 聖歌隊は一つの生き物のように音を溶け合わせて歌を作っている。

 特に。

 真ん中の少女がすごい。

 周囲の子供たちをけん引するかのように、音の中心になって存在を主張している。


 聖女様。

 と、彼女は呼ばれていた。

 子供たちの中でもとりわけ才能と容姿に恵まれたものだけが得られる役割であるらしい。


 スタイル抜群。

 声もきれい。

 魔力もある。

 衣装も一人だけ違っていて、ぱっと見ただけでも存在感というものが段違いだ。


 なんというか。

 すごいな。

 私もあんな風にステージに立って目立ちたいものだが。

 今はファビオの部下だし。

 残念ながら目立てば目立ったぶんだけの有名税というものもあるので、実際にはやれないだろう。


「お邪魔しました」

「はい。あなた達に神のご加護がありますように」


 音楽を楽しんだ私たちはブドウ酒を干してから教会を後にした。

 ブドウ酒。

 アルコール。

 これをすすめられるまま。

 2杯、3杯と飲んでしまったわけだが。


 おお。

 ファビオがかっこよく見える。

 未成年の私には少量のアルコールでさえ効果が抜群なのだ。

 いやはや。

 男の人と言うのはこんなにもかっこいいのだな。


 とゆーか。

 聖女様もものすごく神秘的に見えたし。

 歌もすごかったし。

 アルコールを摂取すると世界が輝いて見える。

 そういうものなのかもしれない。


「聖女様って、すごくきれいですよね。あこがれます」

「あー」

「だんな様はああいった女性がお好みではありませんか?」

「うーん……聖女様はねえ」


 なぜかファビオが言葉を濁している。

 なんだろう。

 別に目の前で他の女をほめるぐらいのことで、機嫌を悪くしたりはしないのに。


「ああ、そういえば」

「なんですか?」

「兄さんの嫁さんが聖女様だったよ」

「ええ!?」


 聖女様結婚するの!?


 私は驚愕した。

 いや。

 そりゃそうか。

 神の花嫁、なんて概念は生物としての道理に反している。

 全員がそれをやれば人類は絶滅だが。


 でもなあ。

 聖女様には清い身でいてほしかったというか。

 ううう。

 アイドルはトイレになんていかないのだ。

 人には夢を見せておいたんだから、自分もその世界で骨を埋める覚悟をするべきではないか!


「まあ……夢と現実とは違うからね。聖女様ってのは教会に対して多大な恩があるから、あんまり自由にはできない」

「そういうものですか」

「うん。だからまあ、あんまり彼女たちにあこがれないほうがいいと思う。夢は夢のままで、遠くに置いておくのが無難なんじゃないかな」

「なるほど」


 まあ、兄嫁が聖女であるというファビオの言うことだ。

 ある程度真実なのだろう。

 宗教がからむと人間関係がとてつもなくややこしくなるため、触れない方が賢明か。


 宗教。

 宗教ね。

 父が言っていたな。

 あれは現世での権力闘争や財力闘争に敗れた人の受け皿であり。

 なおかつ。

 その小さな世界の中でも権力闘争や財力闘争が行われる。

 敗者復活戦さながらの、修羅の世界であると。


 だいたい、世界中の人が常に求めるのは金と権力であるが。

 勝者には限りがある。

 この世のルールの中で勝ち抜けなかった人類のうち2、3割は、自分が敗者であることをごまかすために別のルールを作る。


 それが宗教。

 であり。

 その世界の理屈に従う分においては、いかなる無法も許される。


 宗教界の上下統制は強力だ。

 信者はみな平等などというのは貧民のたわごとにすぎない。

 彼らは全体からすれば少数派に属するマイノリティーでありながら、しかし表の世界に対抗するために強力な団結を見せる。


 異教徒は人ではなく。

 上下関係は絶対。

 表から逃げてきた人の受け皿でありながら、表ではとてもできないほどの差別を平然と行うし、信者から搾取もする。


 宗教とは、一種の国だ。

 現世でのルールとはかけはなれた理屈で動いてはいるが。

 一方の勢力であり。

 武力もあり。

 その中であっても財力闘争や権力闘争は行われる。

 

 お布施をしなければ脱税同然の罰を受けるし。

 ただの信者が司祭に逆らえば、上官反逆と同じようなノリで背教者扱いされる。

 勧誘活動もする。

 親しい者にはみんな声をかける。

 そして運よく騙されてくれた新入信者から搾取して、自分の位階を上げると。

 一種のネズミ講のようなものだが。


 世の中にはもちろん、神を信じて自分を高みへ上げようと修行する真正の求道者も多くいて。

 人前に出てくるのはそういった奇人変人ばかりのため。

 結果として神聖に見えると。

 そういう話らしい。


 宗教が大嫌いだという父の話であるから、実際にそういうものなのかどうか。

 本当のところは私にはわからない。


 ただ。

 見た感じ。

 ファビオは嫌そうだ。

 ならば。

 そのように思うべきなのだろう。


 私はいちおう念押しをすることにした。


「あの……私が言っているのは、あくまでも聖女様の歌とか美しさとかがすごいというだけであって。寄付をしたいとか入信したいとか、そういった話ではぜんぜんないですよ?」

「あ、そうなの。カエデちゃんは宗教が嫌い?」

「特に好き嫌いはありません。ただ、彼らは間違いなく力を持っているので。それに対しては一定の敬意を持って……むしろこちらが嫌われないように努力するべきだと考えます」

「ふうん。おもしろいね」


 珍しいものを見るようにファビオが私を見た。

 うっ。

 何かまちがえただろうか。

 この世界における宗教というものの立ち位置がわからない。

 

「その……私の故郷の格言に、触らぬ神に祟りなし、というものがあります。この話題はあまり触れない方がいいのではないかと」

「そうだね。そうしようか」


 ファビオはあっさりと引いた。

 ふう。

 こわいこわい。

 とゆーか、私は自称「神」とやらからこの世界に送り込まれた一種の使徒なのだが。

 それはどうなのだろうか。

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