第7話「料理」
暇になった私は、前世の趣味を楽しむことにした。
陸上競技。
ではない。
あれはあまり健康によくないし、高校に入ってからはすっかりやめてしまった。
私の小学校時代から続く趣味は料理研究である。
料理。
家庭料理。
私はこれに没頭するのが好きだ。
父の職場の人をこきつかってスーパーまで同伴させて。
いろいろと食材をそろえ。
家で調理。
それが私の長期休暇における日常というやつである。
私にとって、スーパーで買えない材料で作る料理というのはそもそも料理ではない。
料理。
それは。
ありあわせの食材で作るもの。
安くてありふれた素材を組み合わせて工夫するもの。
まずはレシピありきという考え方は常軌を逸していると思う。
自炊すると金がかかる、なんて妄言をほざくのはだいたいこの種の人間だ。
小学校時代。
私は料理研究部に属していたわけだが。
あれは安く手に入る季節の食材を集め。
限られた時間と。
限られた予算と。
限られた選択肢の中で。
あれこれと試して美味しく食べられるように仕上げましょう、などという。
努力と工夫とに満ちた素晴らしい活動だった。
同じく中等部では料理研究部に入った私。
なのだが。
それはプロのレシピを再現するためにがんばりましょう、などという最高にくだらない活動で。
工夫の余地がなく。
すぐに興味を失って陸上部に入りなおしたのを覚えている。
私は平和京中学校のことを金持ちたちの楽園だと思っている。
しかし。
料理研究部。
あれは本当にくだらない。
くだらなかった。
金持ちというのはわけのわからない活動もするのだなと。
私はそう思った。
少なくとも部活動に関してだけ言うならば、小学校時代の顧問のほうが明らかに圧倒的に優れていた。
季節の食材。
素材ごとのさばきかた。
食中毒の注意。
細菌の死滅する温度と時間。
包丁の研ぎ方。
筋の切り方。
調味料。
発酵。
栄養学。
子供でも使いやすい調理道具、などなど。
小学校時代の顧問は何でも知っていたし、料理の腕もプロ並みのそれだった。
だから、金持ち中学校ならば、さぞかしすごいだろうと。
大いに期待したのだが。
はあ。
とても残念だ。
そもそも金持ちにとっては、料理とは自分で作るものではなく、人に作らせるものであるらしい。
中学の顧問も作る料理自体はとてつもなく美味しかったが。
難易度が異常に高く。
それはあまりにも官僚的であって、しょせんプロ以外には作れない極めて閉鎖的なレシピだったのだ
10時間煮込んだとか。
10万円の食材だとか。
10人がかりで分業するとか。
そんなものをありがたがる感覚がわからない。
私にとって作成2時間以上かかる料理は興味の対象外である。
いやまあ。
美食道楽を否定するつもりは毛頭ない。
のだが。
自分で作れない料理を学ぶ意味なんてないだろう。
素人が料理をはじめるならば、まずは基本から学ばなければ何もわからなくなってしまう。
そういう意味で、この世界の料理は理にかなっていた。
難民の食事は鍋一択。
バカでかい釜の中に水と食材をどしどし放り込み。
薪と魔石燃料でぐつぐつと煮る。
それだけ。
乱暴に生き物を解体して放り込んで、塩と野菜をどさっと入れて、とりあえず栄養だけは最低限取れますよ、という。
そんな感じの料理だ。
娯楽の要素が一切存在しない。
料理はレジャー。
それが日本人として生きてきた私の感覚だったが。
ここでは違う。
完全に生存するための手段という感じである。
文明度が上がっているはずのロックフィード村でもそれは変わらない。
飲み物は水割りのブドウ酒。
取れたコメは水がなくなるまで鍋で煮る。
もしくは雑炊。
塩と肉と野菜を入れて食べる。
それだけだ。
この世界の調理とはすなわち鍋で煮ることであって。
工夫の余地というものはあまりない。
この状況を改善するために。
私は研究を重ねた。
前世のレシピというレシピのうちで、再現できるものについては一通りの再現をしてみた。
まずはともかく、わかりやすい大衆受けを狙って基本から。
ハンバーグ。
カレー。
チャーハン。
鶏唐揚げ。
トンカツ。
照り焼き。
肉じゃがなど。
私の料理はすぐに近所で評判になり。
店を開けばとも言われたが。
それは断った。
現場に出れないから料理に打ち込んでいるのに、さらに有名になってしまっては本末転倒である。
しかし。
もっと食べたいという声も多いので。
研究発表と趣味と実益を兼ね、私は週に一度の料理教室を開くことにした。
ボイルは優れた調理法だ。
それは認める。
焦げないし。
栄養の劣化も少ない。
生存と健康のための料理という見地に立てば、これ以外の調理法など一つもない。
が。
単調に過ぎるとも言える。
蒸す。
焼く。
揚げるなど。
適度に発酵させて香辛料調味料などを組み合わせ、盛り付けにも凝ってみるのが料理というものではないか。
私はがんばった。
味に変化をつけるため。
タルタルソース。
マヨネーズ。
ケチャップなど。
一通り再現した。
ついでブイヨンやら鳥がらスープやらカツオブシ煮干し海藻豚骨など。
一通り試したが。
だんだん科学の実験めいてきたので一旦切り上げて。
後は実践で。
色々な料理を作りつつ、こまごまと工夫を入れてみることにしたのだ。
『あまいー』
『うまいー』
妖精さんは甘いものが大好物。
プリン。
ケーキ。
クッキーなど。
菓子類を作って見せるとものすごく喜ばれた。
村での評判も上々。
菓子類については誰が食べても文句なく美味しいので常に需要がある。
あまり体によくないから常食しないように言ったのだが。
砂糖は高価なようだし。
丁度いいのかもしれない。
ちなみにファビオ。
彼は私が作る料理であれば、なんでもうまいと言ってぱくぱくと食べてくれる。
うれしいが。
ちょっと不満もある。
まずかったり好みが合わなかった時にはそう言ってくれないと。
なんでもうまいというのはある種の攻撃なのだ。
工夫がしにくくなってしまう。
いやまあ。
料理の味なんて主観でしかないし。
ファビオの好みをあれこれ言われたら不安になるのは間違いない。
それはそうなのだが。
私は自分で美味しいと思わない料理を作ることに慣れている。
父も母も弟も私の舌の好みとは違っていた。
だから。
いいのだ。
好きなことを言ってくれていい。
何度かそのように説得したところ。
最近ようやく。
ファビオが味の好みについて口出ししてくれるようになった。
これは小さな一歩だが。
仲良くなるためのステップとしては大きな一歩である。
正直であることは何よりも重要だ。
気配りやお世辞なんてのは初対面のどうでもいい相手に対してのみ使うべき概念だと思う。




