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第5話「地主は勝ち組」

「指導して再教育というわけにはいきませんか?」

「うーん……別に小作人同士の犯罪でどうこうは言わないけどさ。他の農家に迷惑をかけたら僕の監督責任になっちゃうから。それはできないよ」

「そういうものですか」

「うん。そういうものなんだ」


 なるほど。

 前世の法律はある程度平等に作られていたわけだが。

 ここでは違うのだ。

 法の保護というのは一定額以上の税金を払う上流階級に向けて与えられるものであり。

 下層の人間が上に逆らった場合は別。

 壊れた道具を処分するように、人も処分されると。


 人。

 人か。

 最低限人格を認められる人と言う概念は、この世界では小規模農家以上の者に与えられるらしい。


 そういう意味において。

 小作人は人ではなく。

 奴隷。

 人間未満。

 そういうことか。


「そういえば……私って立ち位置的にどこにいるんでしょうか?」

「立ち位置?」

「小作人とか小規模農家とか地主とか?」

「カエデちゃんは僕直属の部下だから、小規模農家よりちょっと上の立ち位置かな」

「なるほど」

「この村の中で因縁をつけられた時は、僕の名前を出せばそれで解決できるよ」

「ありがとうございます。おぼえておきます」


 それは安心だ。

 服に泥を飛ばしただけで打ち首とか。

 まったく笑えない。

 しかし。

 社会的身分か。

 どこで何をするにしても、まっさきにそれは手に入れるべきものなのだろうな。


 ともあれ。


 魔石肥料は貴金属を畑にまくようなものだから。

 ネコババされやすく。

 性根のいやしい小作人には任せておけないと。

 つまりはそういうことか。


「他の理由もあるんだけどね。そもそも村の掟で決まってるし」

「なにがですか?」

「魔石粉は大地主が責任を持って扱うこと。小作人には使わせないこと。監督者を置いて指導しながらであっても、小作人には魔石肥料の運用に関わらせないこと」

「どうしてですか?」

「うーん。理由の一つは作業の全容を見せると小作人が独立して働きやすくなっちゃうってことかな。だから秘密にしてるの」

「へー」


 企業秘密をアルバイトや派遣に触れさせないようなものか。


 どうも魔石粉の管理というのは独占業務らしく、その地方である程度の権力を持っている人でなければ関われないようだ。


「魔石粉は個人所有できないってことですか?」

「そんなことはないよ。自分で買えるし、使える。ただ、国から補助を受けたルートで大規模に使う分には許可がいるってだけで」


 なるほど。

 これも利権の一種ということね。

 はみ出し者を圧殺する数多くある方法の一つなのだろう。


「まあ、ある程度育った小作人さんは独立しちゃうから、その時は新しい人を雇うことになるかな。そうやってちょっとずつ村を広げていくわけ」

「どくりつ、ですか」


 独立。

 できるの?

 てっきり小作人は一生小作人かと思ったのに。


 聞いてみると。

 小作人は仕事力が衰えはじめる30~40歳ぐらいから順次指導役にまわり。

 50歳前後で下級小作人の指揮からも離れて独立できるらしい。

 その時には退職金も出る。

 永遠に奴隷生活を送らずに済むという、小作人にとっての人生の夢なのだそうだ。


 実のところ。

 小作人は自分の意志でいつでも自由に小作人をやめられるが。

 そうすると大地主からの福利厚生が受けられない。


 住居なし。

 食事なし。

 作業服なし。

 なにもない状態からなけなしの金を握って都会に出る。

 これで成功しろ、というのは。

 無理があるだろう。

 人はしょせん、自分が生きている世界からは抜けられないものである。


 ごく一握りの例外だけがクローズアップされて一般論のように語られることもあるにせよ。

 それを信じて実行するのはバカのすることだ。

 都会。

 それは決して華やかなだけの場所ではない。

 地方で生きることができない落伍者が集まるゴミの集積所でもある。


 犯罪者。

 難民。

 逃亡奴隷など。

 そういった者が大挙して押し寄せるため、治安は最悪だし。


 人口密度が高すぎるために土地が高価であり。

 生活費も多くかかる。

 超のつく買い手市場であるために競争率も高く、真実有能な一握りの者を除いて全員すぐに消えてしまうという話だった。


 この世界では都会に出て働くというだけで落伍者扱いである。

 いやまあ。

 前世でもそんな傾向はあって。

 田舎の金持ちなんて種類の人間は、わざわざそこを離れたりはしなかったが。

 ここもそんな感じか。


「あ、だんな様。おだんご粉が口についてます」

「ええ? とって、とって」

「とれました」

「どもー。ねえねえカエデちゃん。ちょっと寒いからさ、ここに来ない?」

「……おじゃまします」


 ファビオのすぐ隣に座る。

 あったかい。

 ぬくぬく。

 肩を触れ合わせて体重を預け合うと、こころがぽかぽかして幸せな気分になる。


 うう。

 軽い女になってしまったような。

 でもなあ。

 私もこの世界ではたった一人なのだし。

 人寂しさを埋める場所を求めるのはしかたがないことなのだ。


 むしろファビオはちょっと。

 紳士的すぎるというか。

 押しが弱い……というほどではないのだが。

 オーケーサインを出しているのに。

 手を出してこない。

 なんとも悩ましい話である。


 いや。

 これは私も悪い。

 迫られると「まって」とか「だめ」とか言って逃げてしまうため。

 そこで終わってしまう。

 引いている時に強引に迫るようなタイプでは、ファビオはない。


 そういうところも好きだけど。

 違うのだ。

 いやよいやよもすきのうち、なんて。

 前世ではバカじゃないかと思っていたのだが。

 今の私がまさにそれである。

 貞操観念と恋愛のはざまでゆらゆらしているせいで方針が定まらない。


 どこかで決断するか。

 それとも。

 このままずるずると引き延ばすか。


 時間はあるようでない。

 どうしよう。

 前世の友達を探しに行くなんてことにはすっぱりと見切りをつけて。

 この村で生きていくのか。

 そろそろ決めておかなくては。

 自分の意志なんてまったく関係ない場所で、すべてが終わってしまいそうな予感もするのだが。

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