第3話「事務仕事」
さて。
私の仕事は集計のサポートである。
計上された売り上げ。
それを帳簿に書き込んで。
雇用費用とかの必要経費をあれこれと集計して原価を出し。
最終的な利益を確定させると。
そういう仕事らしい。
税金については売り上げに対して直接賦課されるため、純利益を出すのは純粋に経営判断のためである。
横領を防いだり。
意思決定をしたり。
倉庫の金と取引との間に矛盾がないかなどをチェックする。
そこそこ重要な仕事だ。
直接的に金を産むわけではないものの。
取引をデータ化できるし。
ある程度財務に詳しい人であれば帳簿のまとめを見ただけで経営実態が把握できるという話である。
ガンガン数字を入れる。
上がって来た資料を基にして帳簿にまとめていく。
書類仕事か。
苦手だ。
私はデスクワーク優秀というタイプではないのである。
ペンで数字を入れるぐらいならできるが。
紙の束を読み込み。
計算して。
結果を整理して。
得られた情報を分析して報告するなんてことは、昔から苦手だった。
が。
どうもこの世界のみなさんは、教育水準が本当に低いらしく。
文字が書けない、どころか。
かけざん。
わりざんができない。
そのレベルで何も知らないという人がゴロゴロいるようなのだ。
「いやー、カエデちゃんって本当に仕事が早いよね。すごいよ」
「ど、どうも」
ファビオはほめてくれるが。
なんだろう。
素直に喜べない。
遠回しにばかにされているような錯覚さえ感じてしまう。
収入を足して原価を引いているだけ。
前年度繰り越しとか金貨未満足切りというおおざっぱさだし。
課税も利益じゃなくて売上賦課。
減価償却なし。
バランスシートなんて概念は一切ない。
私も社長の娘のたしなみとして、株主総会のあれこれぐらいは見たものだが。
わけがわからなかった。
コンピューターを使っての複雑な計算と膨大な帳簿証票の出入力。
前世の会計システムは税務署さえ踏み込むのをためらう意味不明な魔境なのだ。
あれとくらべれば。
楽だ。
単純そのもの。
帳簿を見ただけで取引の実態がわかるため、誰でもつとまる仕事だ。
いや、まあ。
さすがに。
高校に入れないレベルの人々では厳しい気もするが……
前世のクラスメートであれば。
最下層の数名を除いて全員できると思う。
「この辺、学校とかないんですか?」
「あるけど……そういう人って都市部に行っちゃうんだよねえ。この辺だと頭脳労働がないから」
「今私がやっているのがまさに頭脳労働ですが」
「そりゃー、そうなんだけど。あんまり適格者がいないんだよ。地元の人に任せると癒着の問題があるし、かといってよそ者だと信用が足りないし」
「なるほど」
私もよそ者だが。
まあな。
使える人は期間限定でポイ捨てすると安全だと父は言っていた。
仕事を覚えて余裕が出てきたあたりが一番裏切りやすい時期だという話である。
私は初年度生。
一番よくこき使えて裏切りにくい時期だ。
かわりに無能で使えない。
はず。
なのだが。
「カエデちゃんは知的労働も任せられるから楽でいいよね。すごく助かるよ」
「ありがとうございます」
私は気もそぞろに返事をした。
ううむ。
知的労働か。
平均レベルがそれではなあ。
要求水準が低すぎる。
私は所属していた女子グループで知能最低だったし。
もっとこの仕事にふさわしい転生者がやるべきなのではなかろうか。
妙な気分である。
私ごときが知的労働に関わるというのは分不相応な気がする。
とゆーか。
この程度の仕事を知的労働と呼んでしまうような環境にこわいものを感じる。
それでいいのか、異世界。
いや。
もちろん。
この世界でも賢い人は賢いし。
学校に行っているような人のほとんどは私より賢いようだが。
いわゆる絶対数。
義務教育で学べる当たり前のことを理解している普通の人材の数。
それがものすごく少ないのだ。
識字率5割以下。
おそらく肉体労働者であれば2割かそれより下。
私のように比較的なんでもこなせる人間はレアであるらしい。
この世界。
できる人はすごくできるのだが。
できない人は徹底して何もできない。
そういう状態のようだ。
マシンスペックについては前世と同じかそれ以上なのだが。
使っているソフトウェアが半世紀以上前。
そんな感じか。
ちなみに私の頭には転生者特典の万能翻訳ソフトがインストールされているらしく。
誰の言葉でもわかるし。
どんな本でも読めて。
あらゆる言語の文字を書くことができる。
そういうもののようだ。
もしも失業したら、次の仕事は翻訳業とかをやってみるべきかもしれない。
「カエデちゃんには期待してる」
「はい」
「いずれは部下の教育とかもできるようになってくれると嬉しいな」
「……精進します」
私は心ならずの返事をした。
働くのは好きだ。
人から期待されるのも。
努力して自分を高めるのも好きなのだが。
指導者。
指導者かあ。
あれはちょっとなあ。
私はあくまでも個人プレイヤー寄りの行動で示すタイプなのであって。
人を使ったり。
人を選んだり。
そういう関連のことがらには向いていない。
残念な人間なのだ。
父にはそう言われたし。
花恋ちゃんからもそう言われた。
どうも帝王学とやらを学んだ人間には明らかなことのようだが。
私は人がよすぎる。
らしい。
自分ではそう思わないのだが、みんなからそう言われる。
名誉や評判を気にするタイプの人間は人を使うのにまったく向いていない。
そういうものだそうだ。
優秀な部下であり。
優秀な隣人でもあるが。
優秀な上司ではない。
この弱点を克服できる人間もたくさんいるにせよ。
人よりは難しい。
私にとっては人の顔色や空気を読んだり、上下関係を明確にして善悪の白黒をつけることは比較的簡単なのだが。
強すぎる正義感を抑えること。
人に期待しないこと。
サボりや怠けに対して批判的にならないこと。
そういった当たり前のことが、私にはとても難しい。
やれと言われればやるし。
小学校時代は委員長系の仕事ばかりしていたし。
面倒なあれこれをよく頼まれて、人の世話ばかり焼いていたのだが。
それは。
人を指導するものとしてはよくないことのようだ。
真面目でありすぎることの悪癖。
その害悪が最も強く出てしまうのが、リーダーという役割である。
「だんな様。貸付金の証文はちゃんとまとてめおいてください」
「う、ごめん」
「それと、金額別にわけて、大きいものは複写するべきですよ。なくしたとき困ります。それから、現金や宝石類はもう少し分散して保管するべきかと。1か所だと危ないです」
「カエデちゃん、そんなに真面目にやらなくても」
「だんな様自身のことでしょうが! どうして真面目にやらないのです!」
などと。
ぼやきつつも。
しょせんは数日も集中してやれば終わるような仕事だったので。
収穫を手伝い。
現場に出て。
時には商人さんとの交渉なんかも任されて。
そして。
日々は流れ。
気が付けば秋になった。
この世界に来てから、いつのまにか何か月もの時間が経っていた。




