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第9話「魔物には負けません」

 ざっとモンスターを見る。

 大型。

 ミミズと豚のキメラのような異形の怪物だ。

 外見的にはかなり気持ち悪い。


 妖精さんの解析によると体長2メートルぐらい。

 体重は500キロ。

 まあまあだな。

 森でメインに狩っていた鹿もどきやイノシシよりも大物だ。


 とはいえ。

 重いだけならば、割とどうにでもなる。


 肝心の魔力は……17ハンか。

 ちょっと危ないな。

 一般的な成人男性が10ハンぐらいらしいので、17はそこそこやばい。

 だいたい魔力1ハンにつき体重2キロほど。

 魔力10ハンであれば体重20キロほどが増量されるそうだ。


 20キロだと雑魚っぽく聞こえるがそんなことはない。

 魔力は高速で動く。

 筋肉を使わずに動かせる重さ20キロの武器を装備していると考えれば実情に合っているだろう。


 全魔力を集中させた拳で殴れば鉄のハンマーのような威力が出るし。

 剣にまとわせればチェーンソーよろしく切れ味が向上する。

 鎧にも。

 盾にも。

 防護服にも美容液にもなる。

 なんでもありだ。

 魔力が200ハンもあれば貴族にだってなれるらしい。


「どうしよう……ジルさん、迂回できるかい?」

「あのタイプなら足は遅いと思うが……車輪がはまったら事だな。街道以外のところはなるべく走りたくねえ。車軸が痛む」

「待つべき?」

「……だな。1日2日あれば街道警備隊が来てくれるかもしれねーから、とりあえずそれを待って」


 2人がなにやら気の長い結論を出そうとしているようだが。


『妖精さん、どうだ?』

『らくしょうー』

『けってよしさしてよしー』


 だよな。

 そう。

 あの野良モンスターの魔力は17ハン。


 私の魔力は270ハンだ。


「あの」


 さっと挙手をすると、御者とファビオがこちらを見た。


「私がやりましょうか?」

「やる?」

「あのモンスターを追い払うということです」

「おいおい嬢ちゃん、そんな細腕で」


 魔力を全開にしてみる。

 ぎょっと。

 御者が目をむいた。

 心もち上半身をのけぞらせ、呆とした声で言う。


「……頼むわ。ぱぱっとやってくれや」

「狩っちゃっていいんですよね?」

「ああ。今晩のメシにしようか」

「ちょ、ちょっと待った! 危ないだろ!?」


 魔力感知に鈍感なファビオがその決定に抗議してくれる。

 心配しているようだ。

 うれしいな。

 でも。


「坊ちゃん、この嬢ちゃん普通じゃねーよ。たぶんほんとうに大丈夫だ」

「ほんとうに大丈夫です」

「そ、そうなのか」


 論より証拠である。

 馬車を降りる。

 魔力をまとわせた拳を、大地に叩きつけてみる。


 ドォン!


 と。

 大型のハンマーで殴りつけたかのように、地面が小さく揺れた。


「行きます」

「が、がんばって」


 許可が出た。

 ので。

 走る。

 疾走する。

 普段の私は100メートルを12秒代で走れる。


 どんな訓練をしたのか、とか。

 たまに聞かれるが。

 何もしていない。

 陸上は才能で走るのだ。

 3日で2時間ぐらいの全力トレーニングの他は、私は軽い運動しかしていない。


 100メートルを魔力なしで12秒。

 この世界ではさらに早い。

 10秒。

 もっとか。

 風の感覚が違うので、細かくはわからないが。


 軽く流して走っている現状。

 それでも前世より速い。

 空気が重い。

 すごい。

 私は勢いのままに、街道に居座っているミミズ豚に接近して蹴り飛ばした。


 魔物の体がブレた。


 土煙をあげてゴロゴロと転がるミミズ豚。

 街道から追い払った。

 これでミッションはクリアー。

 あとは。

 トドメか。

 私は腰に刺していた大型ナイフを抜いて、ざっとミミズ豚の皮膚に差し込んだ。


 ものすごい悲鳴が上がった。


「ピギイイイイイイイイイイイィィィ!?」


 どうやらミミズ豚にも痛覚はあるらしい。

 すごい勢いでのたうち回っている。

 直進して逃げようとして岩やら木やらにぶつかりまくり、全身は傷だらけだ。


 ううむ。

 けっこう速いな。

 あのスピードを捕らえるのは、ちょっと気合いを入れないとダメなのかも。


 そう思っていたところ。

 わずか1分ほどで、ミミズ豚の動きが目に見えて衰えてきた。

 あらまあ。

 もしかして疲れたのかしら。

 私はたったっと小走りに近寄って、再び皮膚にナイフを突き入れた。


 柔らかな感触があった。


 ミミズ豚の肌は決してもろくない。

 むしろ下手な革よりも分厚くて弾性に富んでいるが。

 ナイフ。

 魔力付加をしたナイフ。

 これは岩の塊をバターのように斬ることもできるため、いわんや肌をやである。


 ぶるっ、ぶるっ、と威嚇しながら転がるミミズ豚。

 埃が巻き上がる。

 けむい。

 さっさと終わらそう。

 私は獲物に馬乗りになってナイフを突き入れ、首回りから腹にかけて一気に切り裂いた。

 ひねった。

 腹に空気を入れて内臓を掻きまわした。


「ピッ、ピピッ……」


 などと。

 鳥のようなブタのような悲鳴を残して、魔物は動かなくなった。


『ふう』

『おつかれー』

『さまでしたー』


 魔物の死体を見る。

 さて。

 死んだ獲物を解体することは狩人のマナーだが。

 水場は遠いな。

 不気味だし。

 内臓を傷つけてしまった。

 あんまり食欲をそそらない外見の魔物なので、いまいち捌く気になれない。


『妖精さん……どこを持ち帰るべきだ?』

『ませきとー』

『ふぃれにくー』


 なるほど。


 とりあえず助言に従い、モンスターの体を切り開いて魔石を回収する。

 楽だ。

 魔力を帯びたナイフは脂が巻いていてもよく切れる。

 ついでに腰回り。

 ブツブツと骨や腱を切り取って10キロほどの肉塊を取り出した。

 ズタ袋に入れて保管する。

 ここまで3分ほど。

 後のことは……報告してからやるべきなのだろうな。


「お待たせしました」


 血まみれになった私を見て、ファビオなどはぎょっとしていたが。

 御者さんは何も言わずに濡れタオルを手渡してくれた。

 ありがたい。

 体をふきふきする。

 明日になれば予備の服に着替えるつもりだが……まあ、今日はこのままでいいか。


「今晩のごはんだけ取り分けてきました。もしもちゃんと解体するのなら、もう少し時間をいただきたく」

「う、ううん」

「だんな様、いかがなさいますか?」


 ファビオに判断をゆだねる。

 御者の行商人ジルのほうがおそらく的確な意見を出してくれると思うが。

 それはまずい。

 主を立てなければ。

 頭越しに会話をされて気分のいい上司など、地上に一人もいない。


「魔石と食肉については回収したので、他に目ぼしい部位はありません」

「カエデちゃんはどう思う?」

「全身を解体して持ち帰ってもせいぜい金貨数枚ぐらいのものなので……時間が惜しいのであれば、無視するべきかと」

「そうしようか」


 ということで、方針は決定された。


 時給で1、2万円と考えればもったいない話だが。

 持ち運ぶ手間もあるし。

 保存も難しいし。

 なにより。

 難民と金持ちとでは時間の価値が違う。


 丸一日働いても銀貨1枚(2000円)程度も稼げないのが難民。

 家で寝て指示を出すだけで金貨を何枚も得るのが金持ち。

 この2者は違う生き物だ。

 ファビオは後者。

 のはず。

 であれば、細かいことに拘泥して彼の時間を消耗するようなことは避けるべきなのだろう。


「しかし坊ちゃん、すげえのを連れてきたよなあ。ここまでの当たりを探せるやつはそういねえ。見事なもんだ」

「あー……まあ、僕にかかればな」

「100人ぐらいの中から選んだのか? もっとか? いったいどんな条件で雇ったんだ?」

「えーっと、まあ、あれだ。適当に募集したら来てくれた」

「はっはっはっ、そりゃすげえや!」


 全然信じてない感じの行商人さん。

 いやまあ。

 実際にファビオは求人に関してほぼ何もしていないので、嘘と言うわけでもないのだが。


「呼び方、私も坊ちゃんがいいですかね?」

「やめて。ほんとうにやめて」


 ファビオはすごく嫌がった。


 父の話によると、人が喜ぶ呼ばれ方にはおおむね2パターンあるらしい。

 所有や格付けを重視するどーぶつタイプならなんとか長。

 知性や権威を重視する学者タイプなら先生。

 そう呼んでおけば喜ばれる。

 らしい。

 ファビオはどうだろうか。


 かなり父と性格が似ていると思われるファビオ。

 前世のクラスメートだと花恋ちゃんなんかに通じるところがある。

 美咲ちゃんや瑞樹ちゃんとは対極にある存在。

 所有重視。

 平和主義者。

 不公平や怒りをエネルギーに変えるどーぶつタイプ。

 の、はずだ。

 たぶん。

 つまり呼び方は、おそらくこれでいいはず。


「だんな様、で、よろしいでしょうか。もしくはご主人様でもいいですが」

「あーっと……坊ちゃんよりはましかあ。じゃあ、だんな様で」

「かしこまりました、だんな様」


 くすぐったそうな顔をするファビオだんな様。

 うむ。

 正解だな。

 このタイプであれば変なこだわりがなくて、付き合うにもやりやすい。


 欲を言えば開拓部長とかのほうが喜ばれると思うが。

 まあいいさ。

 坊ちゃんを嫌がるのだ。

 バカにされるのが好きではないのだろう。

 私も貧乏人からお嬢様呼ばわりされるのは大いに不愉快だったため、気持ちはとてもよくわかる。


 ともあれ。


 ささいなトラブルはあったものの。

 他にはこれといった問題もなく。


 馬車は進み。

 景色は変わり。

 日も変わり。


 私たちは山間の村ロックフィードへと到着した。

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