第6話「市場は大にぎわい」
難民キャンプの目的地であった交易都市マッパライダー。
そこは街道の中心地。
なので。
世界のあちこちから物資が集まるものだから、市場はすごい賑わいだ。
どこを向いても人。
人。
人だらけ。
難民キャンプのみんなに物資とテントを渡して露店を開かせたらこんな感じだろうか。
雑多でごみごみとした猥雑空間。
半裸で呼び込みをする女。
飛び交う罵声。
悲鳴。
ケンカが頻繁に起こっては警棒で殴りつけられ、事務所まで連行されている。
うーむ。
世紀末か。
この状況を自然に受け入れている群衆に怖いものを感じる。
というか、なんか群衆にも変なのが混ざっている。
角が生えた人間とか。
背中から羽が生えた人間とか。
トカゲっぽいのとか。
針金みたいに痩せてる生き物とか。
人類とバケモノの区別がまるでつかない……とか言うと、もしかして差別になるのか?
『妖精さん……あの人たちは?』
『あじんー』
『じゅうじん、はーふ、いみんぞくー』
『それは、どういう存在なのだ?』
『このせかい、いきものみんな、まざる。こうびできる。もんすたーとにんげんとのあいだではんしょくかのう』
『しみんけんはないけどー。けいざいけんはある。まちにすめないけど、とおれる。しょうばいもできる』
うわあ。
すると、なにか。
この世界ではモンスターと人間とが繁殖可能な、アメリカも真っ青なウルトラ異民族社会だと。
ひええ。
『ファンタジーすぎる……妖精さん、さっさと買い物をして抜け出そう』
『おっけー』
『まかせてー』
『まずは日用品や衣服をそろえたいのだが……どこで聞けばいい?』
『きいてー』
『るっくあっとみー』
妖精さんは虚空へと市場マップを出現させ、指でぴしぴしとした。
『こっち』
『あっち』
『わかった』
私は妖精さんの案内に従って、ひたすら買い物をした。
無駄遣いとショッピングを愛する私といえども借り物の金で楽しむ趣味はない。
さっさと必要品をそろえる。
バッグへと入れていく。
女性用のあれこれ。
シャンプー、石鹸、包帯、薬用オイル。
ワイヤーがないためにやや強度不足に感じる下着など。
いろいろ不満はあるが。
まあいい。
マントと長袖長ズボンと靴と靴下と手袋、そして麦わらは手に入れた。
さあ。
次はどうしようか。
太陽は高い。
正午だ。
約束の時間まではまだ6時間以上ある。
考える。
他に何か。
農村での開拓者生活をするにあたり、必要なものはないか?
『たべものー』
『おなかすいたー』
『なるほど』
妖精さんの助言に従い、ひとまずは買い食いへとおもむく。
串焼き。
鉄板焼き。
雑煮。
蒸し物。
練り粉を使ったパンや春巻きなど。
なんでもある。
食べ放題の太平天国だ。
もちろん。
金があれば、という前提はあるわけだが。
とりあえず野菜と焼き肉のサンドイッチなどをほおばりつつ。
私は屋台をひやかした。
ううむ。
楽しいな。
歩きながら食事をするなんて、なんだか悪いことをしているみたいでドキドキする。
『不良でもになった気分だ』
『ひとなつのー』
『ぼうけんー』
妖精さんが合いの手を入れているが。
ひと夏か。
それで終わればいいのにな。
いますぐ元の世界に帰れたならば、なにもかも笑い話で済む。
『食ったな』
『まんぷくー』
『まんぞくー』
とりあえず。
食事タイムは終わった。
妖精さんはお菓子や果物やハチミツなどを味わってご満悦状態らしい。
『では行くか。次は……化粧品を見てみるか?』
『うーん』
『あれはねー』
言葉をにごす妖精さん。
『ううん? 妖精さん的には自然のままでいない女は嫌いなのか?』
『そうじゃなくてー』
『たんにいらないってゆーかー』
話を聞いてみると。
なんでもこの世界において。
いわゆるスキンケア商品……特に保湿オイルや日焼け止めとかの類は必要ないらしい。
長袖長ズボンも不要。
魔力の強い人間は、そもそも日に焼けたり虫にさされたりしないそうだ。
全裸で問題なし。
見苦しいという点を除けば魔力で代用可能。
極上の化粧液と防護服を常時身にまとっている状態……ということか。
ううむ。
ぜーたくだな。
文明レベルは落ちたものの、これはこれで理想の世界かもしれない。
しかし。
『香水とかはどうだ? あれはいるのでは?』
『ようせいはー』
『こうすいきらいー。めしまずー。どんかんになるー』
なるほど。
確かに狩りなんかは鼻に頼ってやる部分もあるからな。
基本どーぶつ寄りな妖精さんは人工的な香りが嫌いなのだろう。
私の職場は農家。
なら、香水はいらない。
そういうことか。
この点については接客業などをやる機会があれば再び考えるべきだな。
『たんなるおこうとか、においぶくろとかぽぷりとかはすきー』
『こうすい。くさい。ざっきんはんしょく。はだれっかー』
『妖精さん……女性にそういうことを言うと嫌われるぞ』
『がーん』
『がーん』
妖精さんがへこんだ。
うーむ。
なんというか、あれだな。
自由な生き物だ。
基本的にはわがままな子供に対するように接するべきなのかもしれない。
『まあ、化粧品についてはわかった。買うのはやめよう。他にいるものは?』
『きせつのー』
『くだものー』
好きなことを言う妖精さん。
『今食べるのか?』
『あとでー』
『たべるー』
『ドライフルーツでいいのか? 生ものだとすぐ腐るが』
『だいじょぶー』
『ようせいのそうこ。じかんていし。くさらない。なんねんでもほぞんできる』
『……妖精の倉庫?』
『そうこー』
『なんでもはいるー。ごへいべいぐらいの、あくうかんー』
『え……それは例えば、この道具箱とかもしまっておけるのか?』
『よゆー』
『えいっ』
道具箱が消えた。
手に掲げて持っていた箱が、空にあらわれた黒い穴にひょうと吸い込まれた。
『いつでもー』
『だせるー』
『……もっと早くに教えてほしかった』
がくぜんとする私。
『その……使用制限はないのか? 回数が決まってたりとか。食べ物しか入れられないとか』
『ぜんぜんないー』
『なんでもはいるー』
『い、生き物は?』
『かくがちかいばあいは、ほんにんのきょかがいるー』
『かとうせいぶつは、せいげんなしー』
『た、例えば……店のものをつまんで、ひょいと入れて店を去ったりできるのか。悪事には使えないとか?』
『もんだいなしー』
『なんでもできるー』
できるらしい。
うわあ。
超便利だ。
基本、聞かれなければ何も答えない妖精さんである。
重要度に応じたアドバイスなどはしてくれない。
のだが。
ううううう。
これは本当に教えてほしかった。
こんな機能があると知っていれば、異世界に来てすぐに道具箱を放り込んでおいたのに。
そうすれば。
道具箱を盗まれることもなくて。
きっとティッキーも。
私は首をふって未練を断ち切り、さっさと買い物をつづけた。




