第4話「前世では無敵でしたが」
「たとえば、自分の能力をアピールしろと言われた場合……過大申告と過少申告、どちらがより誠実なのでしょうか?」
「疑いなく過大申告だ。そちらがより誠実だ」
「謙遜は美徳なのでは?」
「違う。それは単なるサボりの言い訳という悪徳だ。過大申告をしたほうがより多く勤勉に働く義務が生まれる。どちらが誠実かは明らかだろう?」
「……なるほど」
言われてみればそうである。
「できますと言って動き、無理でしたと言って土下座する。それが誠実ということだ。できるできないの判断は上がする。下の分際で気にすることではない」
「……体力的に明らかに厳しいことでも、できると言うべきなのでしょうか?」
「もちろんだ」
父はきっぱりと断言した。
「不可能なことをできるというやつは失格だが、難しいだけのことならばやると言わなければならない。たまに、体力に不安がある、とか正直に申告しちゃう人もいるけどね。それは人としては正しいけど面接者としては失格だ。体力がない人間を欲しい企業なんてない。だからそれは、もうその時点で不採用確定かな」
「……厳しすぎます」
いや。
言いたいことはわかるけど。
病弱かつ有能なんてのは大河ファンタジーの中にのみ存在するのであって。
現実で病弱ならばほぼ無能だとは、私でもそう思うけれど。
「しかたがないんだよ。バイトや派遣を首にするのは簡単だけど、幹部候補生は簡単には首切れない。時間をかけてゆっくりと評価を悪くして、最悪2、3年かかる。普通はその前にやめるけどね。精神的な拷問をかけるから」
「ごうもん」
「うん。追い出し部屋とか、人事権を使っての転勤させまくりとか、経費認定不可の圧力とか手続きの煩雑化とか。従業員全員に対してこいつを辞めさせろオーラを出させたりとかね。要するに会社総がかりでいじめるわけ。組織にしがみつけ、なんていうのは簡単だけどさ。それを実行できる人なんて僕は見たことがないかな」
ずいぶんと話が違う。
教師とか。
テレビとか。
新聞とか。
そんなことは一言もいってなかったのに。
「法律的には問題ないのですか?」
「さあ。あることもないこともある。判例とかでは問題ないと言われることが多い。解雇が難しい以上は合法的な拷問を許すべきである。それが法の判断だ。たまにガス抜きのために例外が出るけど、すぐに世の中はこともなし」
「そんないい加減な」
「いい加減じゃないさ。解雇権がなければそうするしかないんだ。過去でも現在でも外国でも日本でも、こうするべきという結論だけは最初から決まっている」
「結論?」
「いらない人間はいらない。放り出すしかない。それが結論だ。仮に法が雇用を守ろうとしても、現実が必ずそれを覆す」
ずいぶんと乱暴な話である。
「覚えておくといい。法律なんてのは解釈が幾通りもあって、しかも場面場面で使われるものが違うんだ。矛盾や不合理なんてのは法律にはつきものさ。違法であっても程度が軽ければ見逃されるし、それで世の中は問題なく動いている。そもそも、慣習や条理のほうが……つまりは、法律で決まっていないことのほうが世の中には多いんだよ」
「でも、裁判になったらいじめた側が負けるのでは?」
「そうでもない」
父は首を振った。
「裁判はやれば必ず損をするようにできていて、よほど相手にうらみのある……たとえば労災による自殺みたいなケースを除いては、誰もまともにはやらない。金も手間もかかるし。仮に勝てたとしても……はした金を受け取って社会的信用を失うんじゃあ、割に合わないだろ?」
それでは。
正義はどこにあるのだ。
人を正しく導く大枠こそが法律なのではないのか。
「ま、楓には関係ない話だよ。就職スルーパス。うちで働く限りは何の心配もない」
「それは……その、卑怯だと」
「そうだよ?」
父はあっさりと卑怯さを肯定した。
「みんなそう思うから、楓とはあんまり付き合わないようにする。小学校とかそうだっただろ? 遠巻きに眺められて距離を置かれて、友達ができなかった」
「ちゃんといましたよ、友達」
「それは楓が一方的にそう思っていただけかな」
父は私があまり認めたくなかった真実を口にする。
「本当に友達ならね、嫉妬とか違和感とか持たずに自然とそばにいられる。そういうものなんだ。父さんが学生だった頃は山ほどの友達がいたよ。でも、今は一人もいないかな。楓にも親友はいない」
「……」
「もしも楓が平和京中学校に受かることができれば、そこで楓は本当の友達というものを作れるかもしれない」
「……本当の、友達」
「うん。父さんが子供の時にはね、いたんだよ。本当の友達。楓にはいないけど。なぜなら楓には金持ちの父さんがいるけれど、僕にはいなかったから」
「……」
なるほど。
私がどことなく疎外されていたのは父のせいだったらしい。
恨む気なんてないし。
私は父が大好きだったから、今でも感謝しかないけれど。
「実のところ、楓が平和京中学校に合格するかどうかは微妙だ。父さんはそんなには金持ちじゃないからね。どこの中学校でも間違いなく一番金持ちだろうけど、あそこだけは違う」
「もし落ちたらどうしましょう?」
「もう少し格下の私立。そこに入学する。不良とかはいない。ただ……そこは受験によって上を目指そうとする人間の割合が多くなるから。楓みたいに多くを雇う側の子だと、友達を作るのは難しいかな」
人種が違うからね、と父は言った。
「だから、面接はしっかり対策しておくことだ。正解はないし、面接官の好みによって合否は変わるけれど。何をやっても受かる子もいれば、どれほど優秀でも受からない子もいる」
「私は?」
「楓はボーダーだよ。合否はわからない。ただ、楓は可愛くてスポーツが得意で内申もいいからね。かなり有利なはず……だけど。それは一般論だから。普通とは違うロジックで動いているあの学校に入れるかどうかはわからない」
「……」
「ま、深く考えることじゃないさ。落ちたらその時だ。面接が上手いなんて理由で幹部をやってる人間は、僕の会社には一人たりともいないから」
父はそのように言って、しかし自分が考える正しい入学志望者としての言動は教えてくれた。
結局、私は平和京中学校に入学することができた。
合格。
ただし、何をどう評価されたのかは、ついにわからないままだったけど。
金持ちだらけの平和京中学校。
そこでは友達もできて。
三年間。
ずっと幸せで。
だけど今は、何もかも失ってしまった。
前世での私は何をしてもよかった。
私には保護者がいた。
金があった。
無敵の権力があった。
でも。
これからは違う。
何もない。
持たざる者である私は、自分のことは自分で守らなきゃいけないんだ。
私はいっそう気をひきしめて、就職の面接へと向かった。




