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第3話「御社が第一志望です」

「就職ってのはさ、つまりはアピール合戦なんだよ。見栄の張り方がうまい人が勝つ。どれだけ今までの人生で社会経験を積んだか、学生時代をいかに有意義にすごしたかを情熱的にアピールする。それで通るものなんだ。バイトやクラブ活動をガンガンやって、合コンとかにも積極的に参加すべきなわけ。そしてその体験談を語る! これが鉄板だよ!」

「そんな気はするよね」

「いや。就職は情報戦だ。企業研究をしっかりやることが内定を取る秘訣だと思う。敵を知り己を知れば100戦危うからず。業界地図を調べて売り上げ規模や財表なんかをよく見て、それをもとにした未来へのヴィジョンを語るべきだ。あとはこっちのデータの質を上げることだな。資格を山ほど取って有用な人材であることをデータ的に証明するべきだろう。もちろん学校の成績で高評価を取り続けることも重要だ」

「なるほど……確かに。そうなのかも」


 テレビ画面の中で、就活談義が行われている。

 3人組の男。

 フレッシュな大学生たち。

 私からみれば年老いたおじさんだが。


「いずれにせよ……これからは 面接官を面接する、ぐらいの気概でやらなきゃ! 相手だって情熱を感じてくれないよ!」

「そうだな。それについては同感だ。俺が次の企業のヴィジョンを決める、ぐらいの熱意で就活に望むべきだろう」

「あはは……そ、それはちょっと意識高いかなあ」


 面接シーンではない。

 ただの雑談だ。

 大学生がランチタイムに就活用の戦術論を戦わせている。

 そんな日常の一コマ。

 これを見ただけで一番優秀な人を判断しろというクイズ形式らしい。


「誰が受かるかわかるか?」

「えーっと。右端の人、でしょうか」


 一番はきはきと話していたし、動機やビジョン、向上心もあるような。


「不正解」

「えっ」

「正解は真ん中の人だ」

「ええっ!?」


 そんなばかな。

 だって。

 彼は相槌を打つだけで、ほとんど何も語っていなかったのに。


「どうしてですか?」

「簡単だ。彼は一番顔がいいからさ」

「ええー」


 そんな理由で?


「意外に思うかもしれないが、顔は相当に重要なファクターなんだ。コミュニケーション能力なんてのはイコール外見力だと断言してもいい。顔が良ければ普通話術にも長けている」

「でも、顔の悪い人もいますよね?」

「ああ。その場合は能力もしくは誠実さで勝負することになるかな。誠実さっていうのはつまりは奴隷根性だから、これと体力さえあればギリギリ合格はできる」

「どれいこんじょう……」


 なんてひどい響きだ。

 そこは真摯さとか。

 そーゆーリリカルな感じで言い換えて欲しいところである。


「奴隷根性……それは、企業が採用者に対して求める最低限の資質だな。たとえば『自分のスキルを上げるために働きたい』なんて身勝手な人間は会社では一切求められていない」」

「そうなのですか?」

「ああ」

「なぜ求められないのですか?」

「裏切られるからだ。ある程度育った段階で『次のステップに進むために』とか言われて会社を去られたら大損だよ。そういう人間はできるだけ入れたくないというのが正直な気持ちだな」

「うーん」


 会社の都合、というやつか。

 社員には社員の都合があると思うけど。


「使える期間だけ使うというわけにはいきませんか?」

「もちろんそうするさ。中途採用の人間は全員がそうだと言ってもいい。使えるうちは使う。ただ、出世はできない。それだけのことだ」

「絶対に無理なのですか?」

「そんなことはない。世の中には常に例外があって、数十年転職せずに仕えてくれたエリートの中で成功し続けたバケモノであれば取締役以上にもなれる。会社立ち上げからの古参連中や、親戚、楓のダンナ様……そのあたりの同類だな」


 そこまでいっても同類どまりなのか。

 つまりほぼ無理と。

 そういうことなわけだな。

 まあ、会社が軌道に乗ってからすり寄って来たようなのと、古株の社員とを同じ扱いにできるわけないけれど。


「就職に必要なのは……顔と奴隷根性と体力。他にはありませんか?」

「もちろん能力も必要だ。最低限2人に1人ぐらいの知能がなければまるで話にならない」

「無能だと使いようがないですもんね」

「ああ」

「他には?」

「あとは……嘘をちゃんとつくことができるかどうか」

「嘘ですか? それはよくないことなのでは?」

「うん。アルバイトや零細企業ならそれでいいかもしれないね」


 父はぽんぽんと私の頭を叩いた。


「楓の場合だと、家族に対してならそれで正解だ。真に味方と言える者に対して嘘をついてはいけない。でも、幹部候補生は違う」

「どこが?」

「彼らは会社の機密に触れて、時には社会的にはおおやけにできない事実にも触れることになる。そういうときに会社より不特定多数のことを重く見るような人間には仕事を任せられない。僕たちは会社の利益を最大化してくれる人が欲しいのであって、正義に殉じる人が欲しいわけじゃないんだ」

「ええっと」


 父の言うことは当時の私には難しすぎて、正直よくわからなかったのだが。

 しかし。

 そもそも。


「どうやって見分けるのですか?」

「うん?」

「自分の正義に殉じる人と会社に尽くす人とを、どうやって見分けるのですか?」

「うーん」


 少しだけ悩んだ後、父は、


「基本的には見分けられない」


 などと、身もふたもないことを言った。


「ただ……服装がおかしかったり敬語が使えなかったり。そういうのは足切りだ。学歴が足りていない人も危ないかな。頭が悪いのはもとより、まともな学習環境を用意できる家庭で育てなかったということだから」

「ふむふむ」

「それから、御社が第一志望です。これが言えなければ話にならない。実際には違うとしてもね。後は……いかなる残業にも耐えれます、とか。転勤が苦になりません、とか。御社の製品やサービスによく親しんでいました、とか。そういう大嘘を恥ずかしげもなく堂々と言えなければならない」

「それは……嘘ですよね」

「ああ」

「正直に自分のことを話すのが誠実というものではないですか?」

「違うよ。それは自分に対して誠実なんだ。会社に対して誠実な言動とは異なる」

「……」

「おべっかや阿諛追従、上司へのヨイショのために行う嘘は許容され、むしろ推奨されている。それが社会の現実だ。たまに『相手によって態度を変える人間は信用に値しない』などと言うバカがいるが、それはアルバイトや主婦、もしくは職人の発想だな。一人前の社会人であれば相手によって態度が変わらないことはありえない。誰に対しても態度の変わらない人間であれば信用に値しないため、そもそも面接に通る余地はない」


 そういうものなのか。

 難しいな。

 社会というのは子供の世界のロジックが通らない不気味な場所のようだ。

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