第3話「妖精さんの余力がありません」
彼らの今までの話を総合したところ。
ウォーレン侯爵が、前世でクラスメートだった高宮蓮の転生体であり。
妖精少女が香山美咲。
カルラ公女が神鳥きららの転生先、ということになるわけだが。
それは。
どういう意味を持つのか。
わからない。
高宮蓮はともかく。
香山美咲は、前世での友達だった。
そうだった。
美咲ちゃんは私の友達だった。
ならば。
やりなおせる、の、だろうか。
もしかすると。
彼らは私をこの場所から救い出すためにやってきた、白馬に乗って現れる王子様だったのか。
「あ、あの。私はどうすれば?」
おずおずと、挙手をしながら問いかける。
すると。
「ええっと……友達だから正直に言うね。カエデちゃんはここで死ぬの」
美咲ちゃんは私のまっくらな未来を口にした。
「はっきり言っちゃうとね。カエデちゃんはあまりにもやりすぎたんだ。上位貴族全員からヘイトを買いすぎている。ここでカエデちゃんを暗殺しても誰からもクレームが来ないぐらいに……あなたは男をおもちゃにして遊びすぎた」
ぴっと。
美咲ちゃんは死にかけの妖精を指さした。
昔、まっしろだった。
いまは。
ドロドロに汚れた、真っ黒な妖精さん。
気味の悪いウジ虫に体をしゃぶられながら、苦し気にうめいている。
「愛に溺れ、愛をもてあそび、人の運命を奪い続けたむくいはいつか訪れる。妖精のスキルは強力だけど……それに頼りすぎたね。カエデちゃんを守るために穢れを受け続けた純白の妖精たち。彼らにはもう、運命を繰るための力が何も残っていない」
「そんな……」
「妖精の力はね、本来は転ばないための補助なんだよ。助けてもらうのはいい。でも、寄りかかってはいけない。運は消耗品だ。浪費し続ければいずれは尽きて、なにもかも失ってしまうのさ」
歌うように他人事のように、美咲ちゃんはテレビの向こうの子供をあわれむような視線で私を見る。
そして。
高宮蓮のほうは私のことなんて心底からどうでもよさそうに、自身の連れている妖精に向けて自分の質問をした。
「……妖精の力は消耗品ってことか。そりゃーぞっとしないな。お前もああなるのか?」
「私は特別だよ。転生者の上にスキルでランクアップしてるからね。ファーストトリッパーについているオラクル持ちの使徒妖精とかエリヤ妖精とか星詠み妖精とかと比べても、たぶん私が格上のはず」
「へええ。そんなのがいるのか」
「うん。この世界はそもそも、神のヒトガタとなるべき3人のトリッパーのうちで優劣を決めるための……いや、それはどうでもいいか。とにかく、私は消耗しない。その子たちとは違って」
指さされた妖精2匹。
ボロボロだ。
私の質問に妖精さんが答えてくれなくなった理由が、今では目に見える形ではっきりと理解できる。
「妖精の力は使えば使うほど減る。特に非処女が使うと。男をとっかえひっかえする女なんて最低の二乗だね。金もうけとか悪事に使っても減るけど、普通それぐらいなら自然回復する。あそこまで妖精を汚れさせるためには相当な無理をさせたはず」
「なるほど」
「ただ……いくら天然で妖精に好かれるタイプの人でも、やりたい放題に酷使すれば妖精は逃げ出すもんなんだよ。だから、負い目があったんじゃないかな。たとえば自分の助言のせいでマスターを殺しかけたとか。一生ものの傷を負わせたとか」
「ふうむ」
「そうでなければ気ままな妖精があそこまで奉仕するなんて、ちょっと考えられないよね。私なら絶対しないし」
「そこはやれよ」
「少女労働反対!」
コントのような会話を繰り広げる蓮君と美咲ちゃん。
なんだ。
この2人は。
本当に転生者なのか。
私が生きていた世界とこの2人がまとっている空気とは、まったく相反している。
そのように感じられる。
「ま、ともかく」
美咲ちゃんは苦悶の表情を浮かべている妖精に向けてぴっと指をさした。
「カルラについてる破滅妖精のせいってだけじゃなく、カエデちゃんは妖精を酷使しすぎたんだ。力の使い過ぎ。それが敗因だね。いくら妖精が頼りになるっていっても、ひんぱんに浪費すれば劣化も消耗もするから」
「劣化……」
「妖精は優しい。この殺伐とした世界の中で、唯一ファンタジーと言ってもいいのは妖精たちだけだ。でも、それでも幻想で現実に立ち向かうためには代償が必要なの。うちのマスターを見習えとは言わないけど……高宮蓮は一度だって、私をそういう風に使ったことはなかった。だから」
私は今も楽しく生きていられる、と、美咲ちゃんは言った。
「いくらレベル2妖精では最強ともいえる破滅妖精でも、他のレベル2妖精をここまでボロボロに凌辱するほどの力はなかったはず。だから、カエデちゃんはたぶんどこかでミスをした。例えば妖精を主から離れて活動させすぎたとか、格下の男と付き合いすぎたとか、もしくは助言を聞かずに、致命的なミスにつながる逃げるべきポイントで逃げなかったとか」
それには。
心当たりがある。
しかし。
「けっか、まあ、汚されるだけ汚されて……純白のはずの妖精たちは、ついに、そんなのになっちゃった。君を守れなくなっちゃった」
一歩、美咲ちゃんが近づく。
光る。
金の鱗粉が波打って、光の塊がヒトガタを形成する。
そして。
手のひらに乗るようだった妖精少女が急激に姿を変えて、そこには美の化身と見まごうばかりの可憐な女の子が現れた。
『どきなさい』
『……っ!』
『……っ!』
私をかばうように起き上がった妖精さん2人。
それを。
憐れむように見て。
美咲ちゃんは指をすっとさし、
『ばぁん』
と一言つぶやいた。
妖精が弾け飛んだ。
ちぎれて砕ける2人の妖精さん。
首だけが。
うめいている。
まだ生きているのか。
妖精さんの手足をしゃぶっていたうじむし妖精どもがにたにたと笑みをうかべ、 床に落ちた肉片を醜悪な顔でしゃぶりはじめた。
なんで。
こんなひどい、ことを。
「お前は美咲ちゃんじゃない」
「はあ?」
「美咲ちゃんはそんなこと言わない! こんなひどいことをしない! 私の友達の美咲ちゃんは!」
「そうだったかもね」
冷たい表情で返す美咲ちゃん。
「たしかに楓ちゃんの言うとおり。花の女子高生だった私は地に落ちて、泥にまみれた香山美咲になった。それはしんじつ。でも」
じっと私を見つめて、
「それは、楓ちゃんも同じでしょ?」
と、私が認めなくもなかった真実を口にした。
ああ。
そうだな。
そのとおりだ。
私もすっかり薄汚れて、きれいな白河楓ではなくなってしまったのだろう。
「わ、わたしは」
どうする。
どうすればいい。
考えろ。
おそらく。
ここで選択をまちがえれば、私の命はない。
「え、こいつ、もしかして処女じゃないの?」
「当たり前でしょ! いつの話をしてるのさ……って、これって言わない方がよかったんだっけ?」
「あー、まあ、聞いたのは悪かったかな。これは僕が悪い」
「だよね。ってゆーか、この子、性病とかはないけど軽く10人以上とやってる上にさげまんとえろもん持ちだから。実質的には致死性の性病持ちだと考えるべきだと思うよ。ちょー危険でばっちい子なんだよ」
「うおお……てことは、手を出せないのか。こんなにかわいいのに」
「残念だったね」
「本当だぞ。はあ……人は汚れるのだな。清く正しくあろうとしているのは僕だけか」
「ますたーはこの世界に来た当初からばっちり汚れてたよ。精神的に。そこは保証してあげる」
「その保証いらねーから」
二人は軽やかにコントを繰り広げている。
軽い。
なんて軽い会話だ。
命を奪う側の心がまえというのはこんなにも軽いものなのか。
彼らは私を殺すことなどなんとも思っていない。
それがよくわかる。
でも。
だからか。
あれほど人を残酷に踏みつけることができれば、あるいは私の中の妖精さんが汚れていくこともなかったのかもしれない。
私は。
きれいなままでいるために。
自らが引き受けるべき汚れの多くを、妖精さんに押し付けた。
それは真実。
彼らの助言を無視して何度も命を天秤にかけて戦い、そのたびに窮地をむりやり救ってもらった。
そして。
もう。
命のストックは尽きた。
の、だろうか。
妖精さんにはもはや、私を守るための余力がまったくないそうだ。




