第3話「雑談も大事です」
「今日の出会いに」
「カエデ子爵と知り合えた幸運に」
カン、とグラスを打ち合わせ、私たちはお互いに杯を干した。
「いい店ですね」
「カエデ様に気に入って頂けたなら光栄です」
さわやかに微笑むキュウセイ伯爵子息。
ザ・好青年。
だが。
ちょっと硬い……かな。
初対面だから当然の反応だけど、私はゆっくり距離を詰めるなんて恋愛をもはやできなくなっている。
「あの……敬語、やめてもらってもいいですか? できれば呼び捨てで。私はキュウセイ様と親しくなりたいので」
「え、ええっと」
「剣を交わした仲です。あれだけ熱烈に硬いものを押し付けておいて、いまさら距離を取るのも」
「言い方! 言い方!」
「……何かおかしかったですか?」
「いや……カエデ様、じゃない。カエデがそうして欲しいなら、そうするけど」
キュウセイはため息をついた。
「カエデは……僕とほぼ同格だろ? 君も気安くしていいよ」
「そうはまいりません」
「なんでさ」
「伯爵家の跡継ぎともなれば、私よりは明白に格上なので。敬意を持って接するのが当然です」
「……違うよ」
「なにがですか?」
「僕のかわりなんて、いくらでもいる。兄さんも姉さんもいたんだ。みんな戦死して、生きてる中では一番年上なのが僕になったってだけで。明日のことはわからない」
「キュウセイ様」
私はかけるべき言葉を失った。
そりゃーまた。
なんともヘビーな話である。
激戦区における伯爵家というのは、貴族自らが陣頭に立って戦って死ぬらしいけど。
彼の家も。
そうなのか。
上の兄弟姉妹がのきなみ死ぬような環境なら、そりゃー次は彼の番だと思ってしまうのも無理はない。
どんよりと負のオーラをまとった青年キュウセイ。
彼は暗い思い出を吐き出すかのように、ぽつぽつと自分語りをはじめた。
「この学校に来たのはね。そんな自分を変えるためなんだ。父いわく、もうお前は十分に勇猛さを示したから戦場に出るべきではないってさ。むしろこれからは……戦わずに済むような交渉のやりかたを貴族から学んで欲しいと。勇猛さについては、お前はもうありすぎると」
「ありすぎ、ですか」
どれだけ戦ったらそんな意見が出るのだろう。
「参考までに、キュウセイ様の勇猛さについて聞いてもいいですか?」
「……僕の?」
「はい」
「戦争は僕一人でやるわけじゃないんだけど」
「知っています。私もほとんど人にやってもらいました。その点について誤解をすることはありません」
そういえば庶民出身だったっけ、などと。
キュウセイは納得した。
「ええっと……武功の話だよね?」
「はい」
「ぱっと思いつくところだと、100人ぐらいの部下を引き連れて万軍を奇襲したとか。一騎打ちで青眼族の騎士を倒したとか。将軍認定と一緒に騎士叙勲を受けたとか。そーゆーのが色々かな。戦争経験で言えば10回と少しぐらい。みんな最前線で剣を振るうような突撃指揮官だった」
「…………うわあ」
思わず引く私。
10回って。
魔物退治じゃあるまいし。
あんな敵だらけの場所でそんなことやってれば、そりゃー誰も臆病とは言わないだろうさ。
「父のジョー伯爵は魔法学校を3席で卒業した武人でね。一代で庶民から伯爵まで成り上がった伝説の軍人なんだけど……最近方向転換したみたいでさ」
「どんな風に?」
「これからは学問の時代だ、とかなんとか。山脈とか深い森とかで囲まれてる領地に引きこもって、あとは政治によってエルフ伯爵家を治めていくつもりみたいなんだ」
「へええ」
それはまた。
似合わないことをする、と言うべきなのだろうか。
エーデン平野のように周囲一帯ことごとく徒歩通行可能みたいな場所とは違い、単純に攻め取れる土地がないだけかもしれないが。
「というと、ここには文官の勧誘に?」
「いや。それは地元でやるよ。ここに来たのは将来を見据えてのコネづくりと、貴族社会での常識を学ぶためかな」
僕って田舎者だから、などと、キュウセイ伯爵子息はうそぶいた。
いやいや。
お前みたいな田舎者がいてたまるか。
キュウセイは田舎者である前に伯爵子息なのであって、しかも武勇無双の超人でありかつその将来を嘱望されているらしい。
「……英雄ですね」
「そ、それほどじゃないよ。俺……じゃない、僕なんて、父親について暴れていただけで、頭はからっぽだし」
「いいえ。その経歴であれば英雄としか言いようがありません。キュウセイ様は、真に武人と称えられるべきお人なのですね」
「あはは……その、ありがと」
キュウセイ伯爵子息は苦笑して肩をすくめた。
「カエデはそのへん、どんな感じ?」
「どう、とは?」
「貴族社会へのコネとか」
「ええっと……カルラ様との個人的なつながりがあるので、もしもお望みであれば紹介はできますが」
「カルラ様って、しゅくせ、じゃない、公爵令嬢の?」
「はい。そのカルラ様です」
失言しかけたことについてはスルーの方向で。
「あとは、ミカエル子爵とか、ズリエル男爵とか、ジャン=シャルル男爵とか。エーデン平野一帯の貴族であれば、だいたいは親交があるので」
必要なら、紹介はできますと。
そのように付け加えた。
キュウセイは目をむいて大げさに感心する。
「うわあ……19歳でそれかあ」
「普通では?」
「そ、そうなのかなあ。カエデの話を聞いてると、僕がいかに社交をさぼってきたのかを痛感するんだけど」
軍人以外には友達が一人もいないし、などと。
キュウセイはなげいている。
ふうむ。
確かに貴族家の嫡男であるのなら、社交をさぼるのは好ましいことではないな。
アルビンなんかはその辺が得意だったし。
貴族でなくなった孤児院の教師時代でさえ、上流階級の来客が途絶えるということはなかったのに。
「てゆーか、カエデって子爵になってからそんなに長くないよね。どうやって仲良くなったの?」
「あ、その……私、恥ずかしながら、モテるので」
「それは見ればわかる」
「社交界で声をかけて話をして、なんとなく。話題を振って会話を楽しむうちに、人気が出てしまって」
「ははあ……コミュ力のある人は違うよねえ」
生粋ぼっちのようなセリフをキュウセイは口にした。
「僕って剣ばっかり振ってたから、会話のほうはからきしでさ」
「簡単です」
「そりゃーカエデはそうだろうけど」
「いいえ。キュウセイ様なら絶対に簡単なはずです。できていないのは、単に基本をマスターしていないだけかと」
「きほん?」
首をかしげるキュウセイ。
「基本ってなんなの?」
「……会話の基本は質問です。あとは世間話。天気。容姿。経歴。故郷や料理。このあたりのことを聞いておけば話は弾みます」
「それって……ちょっとわざとらしくないかな?」
「いいえ」
「そうなの?」
「貴族社会ではそのようなことを誰も気にしません。相手の名前さえ知らずに話を合わせることもしょっちゅうです。人というのは普通、問いかけられればよほど失礼な質問でない限り喜びます」
「失礼な質問って?」
「懐事情を探ること。殺人経験の有無。男女の遍歴とかを問いかけるのは、あまり歓迎されません」
「そりゃー当たり前じゃないの?」
「……それについて口をすべらせるぐらいが、正しい社交の心構えというものです。警戒心は言葉にせずとも伝わります。ミスをしたくないという緊張を隠しながら作る笑顔を信じるほどに、貴族はバカではありません」
人の嘘を見抜ける、なんて言うやつは単なる嘘つきだが。
敵意は。
見抜ける。
空気でわかる。
かりそめの笑顔で蓋をしても、腹の底に隠している悪意まで包めるものではない。
「わざとらしい、などという照れは迷いを生み出します。人はその迷いを嫌うのです。当たり前のことを質問するのは相手に対する純然たる思いやりであり愛なのであって、堂々と実行すればいいのです」
「な、なるほど」
気圧されるようにしてキュウセイはうなずいた。
「カエデは……社交が得意なんだね」
「いいえ」
「え、得意じゃないの? うそでしょ?」
「社交が得意な人は相手との距離感を正しくつかめます。私は……これがぜんぜんだめなのです。踏み込みすぎて、いつも失敗ばかり」
「そんなものか」
「そんなものです」
本当に。
私は失敗ばかりしてきた。
自嘲めいた笑みが自然と口に浮かび、会話も止まってしまう。
「……」
「……」
沈黙。
しばらくの間の後で。
キュウセイは私をじっと見つめてこう言った。
「カエデ、僕たち、また会えるかな?」
「……いつでも。明日でも。誘われれば、私はどこにでもついていきます」
そして。
それから。
私はキュウセイ伯爵と加速度的に親しくなっていき。
周囲からは恋人認定されるようになった。




