第3話「誘拐犯が死にました」
結果として、そうなってしまった。
いや。
伯爵の希望で当たっていたのは、あくまでも半分だけで。
私がここで余生をすごすということは。
まったくなかったのだが。
しかし。
子供は。
できた。
できてしまった。
愛する人のものではない、他人の。
ショックで呆然とする私。
ああ。
失敗した。
私はどこで、何を間違えたのだろうか。
まさか。
あんなところで誘拐がありえるなんて。
想定もしていなかった。
だってそうだろう。
いくらなんでも、社交界のパーティー会場でさらわれるなんて思わないじゃないか。
もっか、塔の牢屋に監禁されている私。
見張りは。
伯爵付きの護衛メイド二人。
バケモノだ。
脱出はとても無理だし、行為中に伯爵を人質に取っても逃げられるかどうかは怪しい。
私は、たしかに強いが。
この女2人は。
凄腕だ。
それも、とんでもないレベルの。
狐耳のほうの女がマリリン。
犬耳のほうの女がクロティルドというらしい。
2人とも、見栄えがよくて。
若くて。
実のところ、こんな出会いでさえなければ声をかけたいぐらいには愛らしい外見だけど。
「あの……あなたたち、伯爵とはいつからの付き合いなのですか?」
「……」
「……」
返事がない。
仲良くなれない。
しょぼん。
山賊の時にはまだ、美少年娼婦のアランちゃんとか山賊幹部とかがいたのだが。
ドニス伯爵は。
どういうわけか、私の男性に対する絶対的な支配力のことを知っているらしく。
世話人を女で固めて。
しかも。
私と会話をしないように命令しているようで。
監禁生活はものすごく居心地が悪いものになった。
はあ。
きつい。
つらい。
これは厳しい。
過去に苦しい思いをたくさんした私といえども、ここまで劣悪な環境に長時間置かれるのははじめてのことだった。
話し相手がいないし。
拘束されている。
自由がない。
好きでもない男に抱かれるおまけつき。
もともと精神が多少おかしくなっていた私だが、この期間はたまに記憶が飛ぶことがあるレベルで頭がおかしくなった。
さて。
何か月がたっただろうか。
時間の感覚は。
あやふやだ。
監禁が一か月ぐらいなのか一年ぐらいなのかもわからない。
いやまあ。
腹にいる子供がそれほどには大きくなっていない……というか。
いちおういるかな、という程度なので。
3か月ぐらい。
だと。
思うけど。
もともと誘拐される前から妊娠していた可能性もあるため、そのあたりはよくわからない。
しばらくすると、ドニス伯爵は私を抱きに来なくなった。
当初は単純に、子供がいるがゆえに安全を優先させたのだと考えたが。
後で聞くところによると。
この時の伯爵は、それどころじゃなかったらしい。
ファルコーン子爵家を中心としたエーデン平野一帯の貴族連合軍を敵に回して、毎日毎日の戦争でほうぼうを飛び回っていたそうだ。
で。
最終的に。
ドニス伯爵は敗れた。
その点については、私の魅力を甘く見たドニス伯爵の愚かさでもあるが。
ともあれ。
伯爵が死んだ時点で。
この塔で私を見張っていた戦闘メイドちゃんが、暴走をはじめてしまった。
「……出ろ」
私を縛っていた手かせ足かせをはずし。
拘束具を脱がせて。
狐耳メイドのマリリンは、私に冷たい目を向けてこう告げた。
「伯爵様が、死んだ」
「……それはそれは」
ぼーっと。
膨らみはじめたお腹を抱えながら相槌をうつ私。
気の毒に、といえばいいのかな。
心中では。
ざまぁ。
としか言いようがないけれど。
できれば私の力によって殺してやりたかった。
の。
だろうか。
彼は私を助けるために結成された連合軍に敗れて死んだそうなので。
ある意味では私が殺したようなものだけど。
「もうすぐ、ここにも敵の軍勢が押し寄せてくる」
「へー」
適当につぶやいてみる。
「……私は、お前が嫌いだった」
「なぜ?」
「きれいで、おとこからあいされて、ししゃくにまでなった。同じ難民だったのに。お前と私で、何が違うというのだ」
「さあ……魅力と、頭のできと、生まれの尊さと、育ちの良さでしょうかね」
ガン、とマリリンは壁にこぶしをぶつけた。
「クロティルドも、死んだ。殺された」
「それはそれは」
誰だっけ、と思ったが、文脈からするとたぶんもう一人の護衛メイドだろう。
「私も、たぶん長くない。ケガを負ったし、追われて殺される」
「ふーん」
「伯爵は、最後にお前を逃がせと私に命じた。愛していると。せめて、死に際には本心を言いたかったから、それを伝えてほしいと」
「……めーわくな」
一人で。
死ねばいいのに。
「伯爵は、お前のために!」
「いやいや。自分のためでしょう。私はこんなところに監禁されて、最高に不幸でしたよ」
冷静に考えれば、このメイドを挑発したところで得るものは何もないが。
私は。
数か月にわたる監禁生活と。
妊娠のストレスで。
ちょっと、頭がパーになっていた。
だから。
「あんな黒幕ぶってるだけの人格低劣なデブ男が死んだなんてのは、私の過去には軽く10回あったぐらいのありふれたニュースです。そのカスごときの寵愛でさえ得られなかった醜女(しこめ)だからって、八つ当たりしないでもらえます?」
「き、き、き」
マリリンは、ぷるぷると震え、
「貴様あああああああーーーーーーーーーーー!」
と激高し、私へと襲い掛かって来た。
戦闘がはじまった。




