第10話「破滅に向かって墜落中」
私はミカエルと別れるために呼び出した。
のだが。
彼は出会うなり。
開口一番でこう言った。
「カエデ、これで僕たちの間の障害は何もない!」
満面の笑み。
ミカエルの表情は希望に満ちている。
まさにこれから、2人の未来には幸せしか待ち受けていないと微塵も疑っていない。
そんな感じだった。
え。
えええ。
いやいや、そんなこと言われても。
私には8歳の夫と21歳の息子とゆーお荷物が!
つーか。
そもそも。
私とミカエルはあくまでも一夜限りのパートナーなのであって、そんな、結婚願望とかではなかったはずなのに。
なぜこんなことに。
「あの、ミカエル様。もうしわけないのですが……」
その旨。
正直に伝えると。
すっかりその気だったミカエルは完全に意気消沈してしまい、この世の終わりのような顔で私にすがりついた。
「そ、そんな……私とのことは、遊びだったのか!?」
「ミカエル様。私には夫がいる身で、あなた様には婚約者がいたではありませんか。もとより結ばれるはずがないことはわかりきっています」
「婚約者は! もういない! だから!」
「だとしても」
ミカエルの側は、それでいいとしても。
私の側に、8歳の夫と21歳の息子がいるという事実には変わりがない。
「ミカエル様……私はミカエル様が大好きでしたし、できるだけ喜んでもらえるように努力したつもりです。でも……それはあくまでも、割り切った関係においてのこと。その先に進める私たちではありません」
「ほ、他に! 誰か好きな男がいるのか! どいつだ!? 俺のほうが優れた男であると、証明してみせる!」
「ミカエル様……」
男というのは。
これだから。
意味がわからないな。
ミカエルが優れた男であることと、私が彼を選ぶこととの間には一切関係がない。
この世の支配者にでもなるのであれば別だが。
顔がいいとか。
頭がいいとか。
スポーツができるとか。
そういう意味での男の器量というものは、財力と権力という絶対的で圧倒的な価値観の前では、ゴミ屑どうぜんのものなのだ。
私は子爵家当主で。
彼は子爵家の後継者。
この2者が結婚によって結びつく可能性はない。
まったく。
完全にゼロである。
「ミカエル様。どうやら私たちは、縁がなかったようです。もう会わないようにしましょう」
「ま、待ってくれ! 俺を捨てないでくれ! 頼む! たまでいい! 高望みはしない! 月に一度でもいいから!」
「……月に一度、でも、高望みでございます。ズリエル様やジャン=シャルル様のような貴族家の当主であり、なおかつ私に多大な贈り物をしてくださった方でさえ、それほどには私と会っておりません」
ミカエルは。
少し、身の程を知らな過ぎたな。
かつてのアルビンと同じ。
でもないか。
彼は少なくともハーレムを侍らしている私を見ているし、私に夫がいることも、私が子爵家当主であることも知っているはずなのだから。
「おさらばです。ミカエル様。どうかお幸せに。このたびのこと……まことにもうしわけありませんでした」
「カエデ!」
私は涙を流しながら。
しかし。
振り返らずに。
ミカエルを切り捨ててその場を後にした。
さて。
そのようなことがあって。
私はリーフ子爵家の当主バランタンから、事情を説明するために呼び出しを受けたわけだが。
そこで。
バランタン子爵は一目見て、私を気に入ってしまい。
部屋に呼び出されて。
責任を取れと脅されて。
あとは。
いつものコース。
「カエデ子爵。今回のこと、貴殿にも責任のいくばくかがあることは……わかっておろうな?」
「はい」
「私と貴殿とは同格だ。争うのは望ましくない」
「そうですね」
「ひとつ、願いを聞いてもらえるのであれば……水に流してもよいと、思っているのだがな」
もったいつけてくれる。
いくら私でも。
これだけ何回も人から求められれば、次にくる言葉は口にされずともわかる。
「ここで、私に抱かれよ。それで許そう。どうだね?」
「…………」
私は。
目を閉じて。
肩にかけているショールの結びを外すことによって、了承の意を伝えた。
「ほほう。ものわかりがいいではないか。普通の女を抱くのにはあきあきしている私だが……聖女を抱くのは久しぶりだ。楽しませてもらおうか」
「……」
「おいおい、黙られてはつまらんだろ。もっと近こう寄れ。態度と声と表情でも私を喜ばせろ」
「……っ!」
そして、それから。
私はさんざん泣かされて。
悲鳴をあげ続けて。
何時間ももてあそばれてボロボロにされてから、ようやく解放された。
「ふう。20歳は若返った気分だな。いやいや、カエデ殿の体はすばらしい」
「こ、これで、もう」
「ああ。また別の理由をつけて会おうか。聞くところによると、君の領土は併合が終わったばかりで極めて不安定のようだな。その問題を」
「いらない」
「はあ?」
「貸し借りは、もうありません。これ以上を求めるのであれば」
「……戦うか? その余裕があるかね? 私と仲良くしておけば、あらゆる問題を解決するための手助けだってできるのだぞ?」
「わ、わかりました。でも」
「ああ。そう多くは求めんよ。年に何回か会ってくれればそれでいい」
そういうことになった。
もう。
なれた。
わけでもないけれど。
いったい私は、いつになったら人として自由になれるのだろう。
そして、それから。
私は月一ぐらいでリーフ子爵領に出かけ、バランタン子爵に身をささげた。
聞くところによると。
なんでもロックフィード村でファビオの兄嫁だった聖女ロロット様とかも、この男に抱かれたことがあるらしく。
勇者エリーとか。
寝取られた時に最高に無様な顔をしていたと。
そんな風に寝物語のかわりにして、バランタン子爵は事情を聞かせてくれた。
「……それから?」
「ああ。それから聖女ロロットは、私が体に飽きた時点で教会に戻されて村長一家の嫁に出された。ロックフィード村だったかな?」
「私の故郷です」
「知っているとも。聖女ロロットは兄嫁だったのだろ。姉妹そろって私に身を尽くすとは、健気なものよ」
「…………」
「それからは……村長一家から虐げられ続け、冒険者時代に知り合った山賊に夫の暗殺を依頼したそうだ。ははは。バカだな。別に夫が死んでも教会に戻るだけで、自由を得るわけでもないのに」
「……それで」
「あとは村長一家がやっていた横領の罪も押し付けられて、豚箱行きだったかな。ああ、今頃は次の主人を見つけてよろしくやっているそうだぞ。鎖でつながれて、念入りにな。まあ、いかに美しくとも危険な動物では、檻に入れて飼うしかあるまいて」
にたにたと。
指では私の体を。
口では私の心をなぶりながら。
バランタン子爵はうっとりとした表情で遊びを楽しんでいる。
妖精さん。
こいつ、殺せないかな。
そう思う。
私は。
たぶん。
この男をけっこう殺したい。
「聖女の肉体は素晴らしいものだが……カエデのそれは別格だな。武人だからか。それとも貴族だからか。聖女ロロットとは違って、いつまでも飽きそうにない」
「そうですか」
「開拓地区で顔役になっているという次の聖女も試してみようと思う。なんなら、2人同時に遊んでみてもいい。カエデと教会の聖女とを並べて抱くのは……はは、これは、想像しただけでも男冥利に尽きるというものだ」
「なるほど」
私はなっとくした。
よーするに。
私が山賊にさらわれて、ひどい目にあったのも。
聖女ロロット様がひどい目にあったのも。
教会できれいな歌声を響かせていたあの聖女様が、ひどい目にあいそうなのも。
みんな。
こいつのせいなわけか。
私は興味本位で聞いてみる。
『妖精さん。こいつ殺せない?』
『できるけどー』
『すごく、つかれるかもー。とーぶんますたーをまもれないー』
そうか。
可能なのか。
私は、少しだけ考えて、
『…………やってくれ』
と。
願った。
願ってしまった。
その3日後。
日々の荒淫がたたり、バランタン子爵は心臓発作にて突然死を遂げたそうである。
自然死か。
少し失敗したな。
妖精さんにはもっと、彼がむごたらしく悲惨に死ぬようにリクエストするべきであった。
『まあいいか……妖精さん。ありがとう』
『……どーもー』
『……ますたー、はやくしょうきにもどってねー』
妖精さんがなにか言っているが。
ぼそぼそと。
声が小さすぎて、うまく聞き取れない。
ふむ。
いつものことだな。
どうせまたある日、とつぜん。
前回と同じように復活して、元気いっぱいに話しかけてくれるだろう。




