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第1話「異常事態です」

 みなさんごきげんよう。

 私は白河楓。

 普通の女子高生だ。


 髪はショート。

 スポーツ万能。

 学校の中では一番外見レベルの高いと思われるグループに属している。


 別にクラス1の美少女というわけではないが。

 頻繁にナンパされる。

 小学校時代にはしょっちゅう男子から告白されていた。

 その程度の美人。

 そういう認識でいいだろう。


 さて。

 つい先日。

 夏のある日のこと。


 私は異世界に転移した。




 …………オーケー、冷静にいこう。




 まず言っておくが、私は完全に正気だ。


 これは夏の暑さで脳がやられたとかいう種類の話では断じてない。

 私は正気なのだ。

 それを信じてほしい。

 異世界転移とか言っておいて正気も何もねーだろ、というつっこみが至極まっとうなものであると理解できる程度には私は正気である。


 よし。

 ひとまずは落ち着いて。

 目の前を見てみよう。


 難民の群れだ。

 難民の群れ。

 群れ。

 難民だらけ。

 

 ぼろを着込んだ雲霞のごとき人の集まりである。

 瞳に生気はない。

 体は臭い。

 埃まみれの糞まみれ。

 よどんだ空気が周囲に充満していて、立っているだけで病気になりそうだ。


 視線を合わそうとしても、誰も目を向けない。

 顔を上げようともしない。

 みんな余裕がないのだ。

 前世で最も尊いとされたセーラー服姿の美少女がいるというのに。

 注目さえされないとは。

 正真正銘の異常事態だと言えるだろう。




 さて。

 なぜこんなことになったのか。

 というと、実のところは私にもよくわからないのだが。


 ことの発端はというと、パソコン操作を学ぶ授業の最中までさかのぼる。


 課題を終えてぼーっとしていたところ。

 いきなり。

 何の脈絡もなく。

 世界の色が真っ白になって、情報室にいるのが私一人だけになったのだ。


 とてつもなく驚いた。

 ああ。

 それはもう。

 みっともなく叫びまくるレベルで。


 何が何やらわからなかったのですぐに部屋を出たのだが、人っ子一人おらず。

 廊下は無人。

 学校も無人。

 周囲は音が消えていて風の音さえ聞こえない。

 そんな状況だった。


 夏の日のことである。

 虫の音さえ聞こえない学校は本当に不気味なものだ。

 無人の学校。

 これはとてつもなく怖い。

 普段はクールビューティーを気取っている私でも、さすがに取り乱さずにはいられずに大声で叫びまくったのだが。


「…………誰か! いませんか! 誰か!?」


 私の叫びは無人の廊下に吸い込まれて消えていった。


 右を見ても白。

 左を見ても白。

 灰色の濃淡がついているだけの異様極まる世界。

 周囲に人はなし。

 音もなし。

 これで危機感を覚えないのであれば、それはもう単なる精神異常者だろう。


 ごくりとつばを飲み込む。

 目を閉じる。

 混乱する心を精神力によって無理やり押さえつける。


 ひーふー。

 ひーふー。


 私は深呼吸を繰り返してから目を開き、事態解決のために動くことに決めた。


 落ち着いてスマホを見る。

 圏外。

 火災報知機を鳴らす。

 空気が震えた。

 しかし振動だけで、音は相変わらず聞こえない。

 何の反応もない。

 ガラスを割ってみた。

 ガシャンガシャンガシャン、と椅子を叩きつけて何枚も割ってみる。

 割れた。

 それだけだ。

 音はなく、色はなく、衝撃だけが肌に伝わってくる。


 窓の外には灰色の空を流れる白い雲がある。

 ゆっくりと。

 虫の音一つないモノクロの世界の中で、雲だけが形を変えていた。


 なんなんだ。

 私はどうしたのだ。

 もしかすると、私は精神病院へ行くべき状態なのではないか。


 ここにいたり、私は自分の正気というものが信じられなくなってきた。

 何をすればいいのかがわからない。

 正気だった最後の記憶は情報室の中でマクロを組んでいたことか。

 いや。

 それさえも幻覚なのか。


 コンピューター操作の前の授業は体育であり、運動が得意な私はバレーで活躍していた。

 あれが端緒だったとか。

 もしかすると私は熱中症かなにかで倒れていて、現実には保健室の中で眠っているのではないか。


 ……そんなわけがない。


 夢を見ている時、人はそれを夢だと気づけないことがある。

 しかし。

 逆はありえない。

 今を生きている人間が現実に気付かないなどということがあるものか。

 私はまったくの正気だ。

 そのはずだ。

 この圧倒的な現実が夢だなどということは断じてない。


(……どうする?)


 私は廊下の壁に手をついて考えた。

 最後の記憶。

 それはコンピューター室でモニターに向かっていた時までのものだ。

 あの時まで世界は正常だったと思う。

 ならば戻るべきか。

 そういえば、世界が白く染まってからもパソコン画面だけは色鮮やかに輝いていたような気がする。


 あそこにはもしかすると、何かがあるのではないか?


 しかし。

 私は躊躇した。

 戻りたくはない。

 気分の問題として、この一連の怪奇現象の起点となったような場所には一切近づきたくないという私がいる。


 それは当然のことだった。

 最後の最後。

 右も左もわからなくなってからならばともかく。


 今はまだ、様子を見ているべき。

 それでいい。

 藪をつついてまで蛇を出すなんてバカのすることである。

 この怪奇現象というべき状況も、もしかしたら時間とともに解決するかもしれないし。


 そのように判断した私は、とりあえず食料の確保へと向かうことにした。

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