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Night with Knight  作者: なかむら。
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4

 

 ──ミア、知ってるかい。名前って、救いにも呪いにもなるんだぜ。


 ……声が、した気がする。つい数時間前、ぼくを連れ回したあの迷惑さんが、なんとなしに呟いたおだやかな声。


 ──ありえん! 名前にその言葉が入っているなど!


 都隊長さんの、声もする。

 ぼくを最初に取り調べした、都隊長さん。話し始めは普通だったのに、名前を言ったら急に怒りだしたんだよなあ。

 でも、そんなに怒られたって、どうしようもない。何を言われても、ぼくの名前はぼくの名前なのだ。有り得ないと言われようが、嘘なんてつきようがないのに。

 だからぼくも、ただ言い返すしかなかった。


「あり得なくないよ! ぼくはエンシーミア・ウィザード!」


 その重りが何なのか、なんて。

 知るはずもなくて。



***



「留学生ッ! 離れろ!!」

「ダメよぉッ、完全に掴まれてる! 貴方の属性じゃ合わない!」

「くっ……!」

「なんて気流……これじゃあ、部屋の外まで飛ばされちゃうわ!」


 ふわふわ、ふわふわ。激しく家具が揺れ、突風が部屋に吹き荒れる中、ぼくの体だけを"何か"が覆ってすくいあげている。

 

 だれか、ぼくをよんでいる。


 美形さんとチーターさんが、ぼくから儀式板を離そうと試行錯誤している。それとは別に。

 もっと、遠くから、深く。

 何か。


《────、──》

「……なに?」


 手を伸ばす。存在があるかもわからない空間に、その"何か"が……ううん、たぶん"誰か"が、いるような気がして。


《──れ──じゃ──》

「え?」

《それじゃ────な──い》


 ──それじゃない?

 

 どういうことだろう? 少しだけぼやあっとする頭をまわして、考える。

 それじゃない、ということは、違う何かを求めてる? ……いや、それ以前に、『それ』とは何か。

 考えていれば、ぼくがこの"誰か"と出会す直前にしていたことと、さっきまで頭の奥で不貞腐れていた出来事が重なって、ぴたりとひとつの答えをはじきだした。


「ちがくない。ぼくの名前は、《ウィザード》だ」

《──》


 揺るぎなく、真っ直ぐ伝える。

 びゅおびゅお吹き荒れる風の中で、小さな笑みを感じた。それはぼくの幻覚だったかもしれないけど、確かにそう感じられる感覚がぼくにはあった。

 風の温度に暖かさが増す。


《ここに、加護を──貴方の新たな旅に、祝福を》


 うわ!?

 ぐわり! とあたりが揺れるほどの強風が一筋の直線となり、儀式盤へと消えていく。

 ぱらぱらと部屋中に紙類が舞っていたのが、徐々に床に落ちていく様子が、まるで花びらみたいだな、なんて場違いなことを思う。

 儀式板に変わった様子はない。ぼくにも何か変化があったわけじゃない。

 魔法が使えるような感覚は全くしないけれど、これで終わりなんだろうか……?


「新たな旅、か……」


 横からぽつりと聞こえてきた声にハッとして辺りを見渡せば、部屋の惨状に苦笑するチーターさんと、チーターさんに腕を捕まれた状態で顔をしかめている美形さんがいた。

 サアア、と血の気が引く。ま、また美形さんが怖い予感ですか!? 

 身体の前で指を組んでもじもじしていると、ぼくの横からした声の主──キリンさんが、のんびりと近づいてきた。正確には、首が長いのを利用して首だけぼくに寄せてきた。びくりと驚いてしまったのは許してほしい。


「エンシーミア・ウィザード、君の身分を認めよう」

「は!?」

「あらぁ!」


 ベロリ、とキリンさんに顔を舐められた。え、どういうこと……突然濡れた顔にショックが隠せない。

 ふぁっふぁっふぁっ、と楽しそうに笑うキリンさんを呆けながら眺めていると「納得がいきません!」と食ってかかる美形さんの声がした。ツカツカと歩み寄ってきて、ぼくをビシリと指差す。


「開花の儀でこのように場が荒れる前例など無いでしょう! 彼の名は嘘と取るべきです!」

「何を言うとるんじゃ、御前は。精霊が加護を与えたのは御前も見ていたじゃろうて」

「加護を与えれば身分を偽っても良いと仰るのですか!」

「どうじゃろうなぁ。ワシもタダで認めてやるとは、まだ言っとらんからなぁ」


 ぱちり。瞬くぼくに、キリンさんと美形さんの視線が注がれる。


「……何を考えているのですか」

「まだ何も考えておらん。ただ、御前さんの言うように『ウィザード』という名を認められん者もいれば、何であれ精霊が加護を与えたならばよしとする者も居る。そこの穴埋めは、何かせんとなあ~~~とは、思っとるのぉ」


 ふぁっふぁっふぁっ。またキリンさんの笑い声が響く。雲行きの怪しさに、恐る恐るぼくも手を挙げ発言しようとする。

 と、いつの間にか背後にいたチーターさんに口を塞がれた。見上げると苦笑したまま首をゆるゆると横に振られる。ぼくが話に入るのはよくないらしい。

 ──かくしつ、でもあるのかなぁ。

 最近覚えた難しい言葉を当てはめながら、キリンさんと美形さんの不穏な空気を見守る。

 数分、きっと実際には数十秒くらいの間を置いて、二人の睨み合いは終戦した。


「……もし本当に認められた名であるなら、実力を示すべきでしょう。『ウィザード』の名を持つならかなり高い素質であることが予測されます」

「同時に、『ウィザード』なんて名を扱えるわけがない……と、言いたいわけじゃな。オウポット」

「私でなくても思うことです」


 美形さんは小さく息を吐き出し、ぼくをきつく睨む。

 けれど先ほどより、怖さは感じなかった。


「君は何もわかっていないだろうが、我々は自分の名前を呪文とする魔法使いだ。『ウィザード』とは魔法使いそのものを現す言葉であり、崇高な存在であることを言う」

「はい……?」

「名に『ウィザード』が入っているということはつまり、我々魔法使いの代表であると言っているようなもの……ああそうだ、良い例えがあった。《人々の世》の人間にわかりやすくいうならばな、」


 は、とぼくを嘲笑うかのように、美形さんは告げた。


「自ら自分は神であると、名乗ったようなものだ」




 ──小さな光が、ぼくの前をチカチカと光りながら、駆け抜けていく。

 後ろにいるチーターさんが「がんばってね、自称『カミサマ』」とからかう声が、全く笑い話に聞こえなかった。

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