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Night with Knight  作者: なかむら。
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「馬鹿なことを言うな!!」

「ばかじゃないです!!!」


 わっ! と軍服を着た強面のおじさんが叫び、ぼくも負けないように叫び返した。おじさんの鼻下の髭が、三日月のように上向きにつり上がり、おじさんが叫ぶ度にぴーん! と鋭利さをましている気がする。かれこれ一時間はこうだ。


 海港アンバーダグラスから少し離れた首都・クロサイトミーンにぼくが連行されてから数時間。ぼくとこのおじさんはすっかり犬猿の仲。

 おじさんなんて思っちゃいけないのはわかってる。ぼくが会えるような立場じゃない、首都を任されている偉い軍人さんだ。でも数時間も叫びあったら偉いひともただのおじいさん。緊張も礼儀も何もない。


 なんで、憧れのウィザード特地区で、見るのを楽しみにしていた魔軍士相手、それも都隊長を前にこんな険悪になるんだ。もう本当に運がない。


 運がないというかなんというか、原因はほんと、たったひとつで。

 魔軍士に連行されたのも……都隊長と言い争ってるのも、ぼくが身分ごと警戒されまくってるのも!

 それもこれも全部、全部、ぜーんぶ! オーダーが、悪いっ!!



「その辺りにしておきませんか、ジェレート・フィッチ都隊長」


 カツン、と響くヒールの音につられて振り向く。思わずうわっ、と口があいた。

 さらさらと絹みたいに流れる、銀に近い金髪のポニーテールが歩くたびに揺れている。聞こえた声は少し高めだったけど、身長もあるし、たぶん男のひとだ。

 ──すごく、きれいなひとだ。 


「オウポット……! 今の今までどこに行っていた!」

「その子供の裏を取りに行けと言ったのは貴方ですが」


 ぴしゃん! 敬語なのに全然うやまってない強い言い方で、美形さんは都隊長さんを黙らせた。女のひとって言われても疑わないくらいのすごい美形さんなのに、性格はきつそうなひとらしい。

 でも、それがまたかっこいい! ぴしっと着こなした白のローブ! 切れ長の目! ウィザード専用のレイピア! かっこいい!


「……彼が例の『ナイト』と共にいた、留学生ですか」


 ……あれっ。ちょっと待って、ぼく、睨まれてる? 美形さんが不機嫌そうに見えるのは、口許がむっとしてるから? 若干つり目だから? 何にせよこわい。元からきびしい表情のひとってだけならいいんだけど……。


「こ、こんにちは……」

「……」


 ちらり。無視された。ついでに見下ろされた。ひい……。

 縮こまりながら執務室の真ん中にあるソファーまで逃げる。美形さんは、持っていた紙を都隊長さんに渡すとぼくの近くにまで移動してきて、ぼくは美形さんが動くたびにびくりと驚く。

 いつの間にか周りを囲んでいた他の魔軍士さん達も疲れきった様子で息を吐いている。そ、そんなに疲れるようなことあったかな……思い返して、はっとした。もしかしてこの、魔軍士さん達のぐったりモードは、ぼくと都隊長さんのせいでは。ずっと叫び合っていたわけだし、魔軍士さん達が途中で駆けつけていた可能性は高い。


 そういえば、叫び合ってる途中、誰かが走ってくる音が聞こえた気がする。止められているような声が、聞こえた気がする……!


 サアア、と血の気が引いた。とんでもないことをやらかしたんじゃ……!? だって魔軍士さんは、《人々の世》でいう軍人さん。鍛えあげられた、住民の守護者だ。もしぼくと都隊長さんが治まらなくてつかれた、ということだったら、ぼくは謝るしかない。いや、真偽はわかんないけど! もしかしたら全然違うことかもしれないけど! でもわかんないし今は謝りに行ける空気じゃないから、先に心の中で謝っておきます。魔軍士さん、ごめんなさい!


「不用意に彼らを見るべきじゃない」

「えっ!?」

「我々は貴様の行動を全て不審と受け取る。無罪を訴えるなら大人しくしていることを勧める」

「え、あっ、う……はい……」


 冷たい目が突き刺さる。泣きそう……。

 美形さんは都隊長が紙を読み終わるのを待っているらしい。ぼくが何かすればすぐ何か言ってきそうな雰囲気を感じて、ぼくは大人しくソファーに身を預けた。美人が怒るとこわいぞと聞いていたけど、本当にこわい。

 というかぼく、特地区に来てからずっとこわい目にあってない? これもオーダーのせいに加えておく。

 ダン! 机を叩く音に頭の中の言い訳が途切れて、反射的に音の発生源へ顔を向けた。


「なにぃ!? 本当にフォーティクスへの留学生だってぇのか。しかも十歳……《人々の世》は餓鬼しかいねぇのか!」

「……都隊長、彼は留学生といえど客人です。その言葉遣いは我々の品位を疑われる」

「生憎と俺ぁ貴族生まれじゃないんでな。お前のような教養は持ち合わせちゃいねぇんだ、オウポット」


 都隊長さんが美形さんが持ってきたらしい紙を、ぺらりと机の上に投げる。ぼくの裏を取る、って言っていた話の結果がかかれている紙なんだろう。せっかく美形さんが調べてきたみたいなのに、都隊長さんは納得いかなそうだ。おまけに美形さんと都隊長さんの空気がもう、痛い。こわいを通りこして、ぼくにまでバチバチが刺さるようなぴりっとした空気が、ただただ痛い。こわい。早くこの部屋から脱出したい。

 もう……喧嘩はいいから話を進めてぼくを解放してくれないかなあ!?


「……客人とは言ったが、貴様の警戒を解いたわけじゃない」

「は、はい……」


 じとりと睨まれてからだがすくむ。ウィザードは人の心も読めるの……? 

 都隊長さんが咳払いをひとつ落とした。「とりあえず、」と続けられた言葉と一緒に視線を感じたけれど、目を合わせることはしない。また美人さんに睨まれたら嫌だもん……。


「まぁ……この子供の身元はよしとして、だ。『ナイト』との接触経緯も確かか?」

「ええ。市場の者に話を聞き、証言の一致を確認しております。『ナイト・オブ・オーダー』との関わりは事故に等しいでしょうね」

「事故で関われちまうような罪人を野放しにしてるとは、情けねぇな」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

「でぇ? もう一個の方はどうなってる」

「それについてですがーー」


 聞いてない聞いてない。ぼくは何も見てないし聞いてないです。目の前にある来客対応用の机をじーっと観察しているだけです。わー、机ピカピカだなー、掃除も魔法なのかなー? ふかふかソファーの座り心地もいいなー、かみしめちゃうなー!


「へあ!?」

「そういうことだ。行くぞチビ」

「どこに!? というか、ぼくはチビって名前じゃなくて」

「おい、誰かオウポットを見送ってやれ!」

「聞いてくれる!?」


 出会うひと出会うひと、みんなぼくの話聞かないな!?

 まるで子猫のように、都隊長さんは襟を掴んでひょいとぼくを投げた。ちょっと!? 

 ぶつかる! ぎゅうと目を瞑った。でも、待っても待っても衝撃が来ない。あれ……? そんなばかな。おそるおそる目を開けてみようとする。有り得ないことが起きたなら、ドキドキと心臓の音が大きくなるのは当たり前。だってもしかしてこれは、あれなのでは! 物語の定番といえる、魔法で浮いてる展開という、あれなのでは……!


「っええ!? なにこれ!?」


 真っ暗! 何も見えない!

 うえええ? どういうこと!? ふわふわと浮いているのは確かだけど、目に写るのは真っ暗な闇。同じ『見えない』でもオーダーの光とは何か違う、きっとぶつりてきな暗さ。周りを何かで囲まれているんだ。

 手を伸ばしてみれば、壁にぶつかる。形を確かめれば球体のようだった。


「貴様は今から取り調べだ」

「取り調べって……今したやつじゃないんですか!?」

「魔軍士はあくまで、町や都の防衛及び対外的な交戦を責務としている。『ナイト』の件は管轄を問わない重要事項だが、貴様個人の問題は私達、魔導警備部の仕事になる」

「ぼく個人の問題って、……いや、えーっと、まず! 魔導警備部は何をするところなんですか?」

「魔法及びウィザードの管理だ」

「管理?」

「危険な魔法及びウィザードの管理、貴重な魔法及びウィザードの保護。魔軍士が民や国の治安維持のためにあるならば、魔導警備部は魔法に限定した管理部だ」


 ……ん?

 つまり、どういうことだろう? 軍も警備もたぶん似たような言葉だよね。分ける意味あるの?

 魔軍士が民のためで魔導警備がウィザードの管理といっても、ここは魔法使いのいる場所でしょう? 魔法に限定してもみんな当てはまっちゃうのに。軍も警備も結局同じ人を守っていることになるんじゃないのかな。


「知識が追い付いていないようだな。魔導警備部は近年発足された。何故かわかるか」

「うーん……魔軍士の仕事がいっぱいだから?」

「は……自分の立場を忘れているらしい。特地区の住人が全てウィザードなら、貴様は今此処にいない」

「……あ」


 そうか、魔法を扱えるひとは減っていってるんだった……!


 元々、特地区に居たってウィザードにならないひともいるって聞いたことがある。わざわざ魔法を開花させなくても、魔法が込められた魔道具を使えば生活は出来るんだ……!

 なるほど、だから住み分けをしたんだろう。住んでいる人もそうだけど、魔軍士さん達の中でも、全員が全員魔法を使えるわけじゃないはずだ。

 魔法を使う側とはどうしても理解しあえないところがある。戦い方にも仕事の仕方にも差がでる。そういうことか!


「だから都隊長と仲が悪そうだったのかあ!」

「……聞かなかったことにしてやろう」

「あ! ごめんなさい!?」


 ひいい、やっぱり圧がすごい! 圧が!

 大人しくしていよう、ほんと。ぼく、閉じ込められてる身だし。何されるかはわかんないけど、さっきから美形さんの声がする方から足音が聞こえるから、まずはどこかに移動しているということにちがいない。


 やだなあ。またあの問答、するのかなあ。


 ひっそり、こっそり、溜め息を落とす。ぼくの身元は保証されたと話していたけれど、都隊長さんと叫び合うきっかけとなった質問は、信じてもらえていないままだ。


 ばか言うなって言われても、ぼくはぼくなのに。

 自分の証明なんて、どうすればいいんだ。









「うわ!」

「戻りました」

「うむ。では、始めるとするといい」


 また急に宙に放り出され、べしゃりと床に落下した。お尻いたい……!


 ううう、と唸りながら明るくなった視界を確認する。着いた場所はどうやら、またどこかの部屋ではあるらしい。

 大理石のように固い床。部屋の真ん中には、ドーナツのように中心が空いている絨毯が敷かれてる。壁沿いには本棚と、……何かの機械? 道具? が無数に寄せられている。


 じゅーたんがあるなら、そこにおろしてくれたら良かったのに。わざわざ固い床に、しかも高い場所からおろしたのは絶対わざとだよね?


 美形さんはぼくを客人扱いするか不審者扱いするか、どっちかにしてほしい。ぼくの気持ちはさっきからずっと不安定だよ、もう。

 こっそりため息を吐いた。


「いたい……」

「オウポット、いじめたのか。かわいそうになあ」

「そのような事実はありませんが」

「そう言いながら、周りをどんどん傷けてるんじゃよ、御前は」


 どれ、ちょっと……という声がして、ぼくはお尻をさすりながら振り向いた。そう言えばこの知らない声は誰だろう。

 ぬ、と大きな影が出来て。


「えっ……き、きりん!?」

「そう、キリンじゃ」


 ええええ!? どういうこと!? 特地区ではキリンが喋るの!?

 頭が混乱する。これも魔法なんだろうか。思わずずりさがると、ぽすん、とふわふわの何かに、受け止められて。


「やぁん! すごくかわいい!」

「うわああああ!?!」


 チーター!! な、なんでこんなところにいるの!? ええええやだやめて頬擦りしないで、こわい!!


 ひゃああ、と腰が抜けた状態で四方を動き回る。全然移動できない。驚きで完全に力が抜けている。

 まるで赤ちゃんのように這い回るぼくと、ふふふと笑いながらじわじわ迫り来るチーターとキリン。ど、どうするば……!


「び、びけいひゃん……!」

「……話が進まない。慣れろ、留学生」

「た、たすけ……!!」

「慣れろ」


 だめだ、ぼくの味方はゼロ!

 もおおお、ほんとうにダメだ、ぼくもうこの美形さんのことは信じない!

 せめてもの心の拠り所を探して、ポシェットをぎゅうと抱え込んだ。逃げるのは諦めて唇を噛み締めてキリンとチーターに向き合う。身体はふるふると怯えたままだ。

 ああもう、どうにでもなれ!


「……なんじゃ、《人々の世》じゃ人気動物と聞いとったのに、全然じゃな」

「そぉねぇ。怖がらせちゃ意味ないわねぇ」

「そうじゃなあ。じゃが解くわけにもいかんからなあ」

「うん、そうねぇ! 慣れてもらいましょう!」

「結局そうなるの……」


 白いローブを着た二足歩行のキリンとチーターが、ふふふほほほと笑いあってる……どんな状況か全然つかめないけど、本当に受け入れるしか無さそうだ。うん、そうだよね……なにせここは魔法世界……。


 少し距離をとってくれたキリンとチーターに、ぼくはほっと息を吐き出した。腕の力を頼りにゆっくり立ち上がると、ちょっとだけふらついたけど、腰が抜けたのはもう大丈夫らしい。

 ニコニコと目を細めているチーターに、ちょいちょいと手招きをされる。導かれた場所は最初に見えたドーナツ型の絨毯、その真ん中の大理石部分。

 何故か晒されているその場所に立つと、チーターはぼくの目線に合わせてしゃがみこんでくれた。


「それじゃあ、留学生ちゃん。さっそくだけどぉ、あなたには『開花の儀』を行ってもらうわ」

「えっ、『開花の儀』!? いいの!?」

「ええ。だってそうしないと、私達はあなたの証言を信じられないもーん!」


 うふふ、とチーターが笑う。大分この状況に慣れてきたからとチーターの顔を見てみれば、まつげがばしばししていた。声が女の人だなあと思っていたけど、本当に性別は女のひとみたいだ。なんだか急にドキドキしてくる。


 い、いけない! そうじゃなくて!


 ぶんぶんと首を振る。このひと、もといチーターさんが女の人かもとか、変身魔法かもとか、そんなことは置いといて。もっともっと大事なことを、いま言われたでしょーが!

 他のことを気にしないようにチーターさんから視線を逸らして、チーターさんの横に控えていたキリンさんから透明の板を受け取る。

 透明の板と、透明の羽ペン。本で見たけど、実物は始めてだ……。

 ごくりと唾を飲み込んで、ペンの先に指を添える。チクリとした痛み。

 透明の板に、自分の血で、名前を書く。



 ーーウィザードの魔法は、自分の名前が呪文になる。生まれ持った自分の"さが"が詠唱となり、自分の"本質"を見つけ名前に込めることで、初めて魔法として成立する。


 ぼくはさがも本質もわからない。ウィザードは誰しも、最初からそれを分かっているわけではない。

 自分は何者であり、何のために生まれ、何と呼応するのか。精霊と対話し、得る力は何か。何のために魔法を使うのか。

 それを見つけるための、魔法学校だ。


 けれど、まず。魔法使いの学校に正式に入るためには、自分の血と名前に魔力があることを証明し、力を試すための儀式が必要となる。

 魔法の源である精霊に、自分の名前を預けるための手続き。

 透明の板と透明の羽ペン。まっさらな世界に、自分の名前だけを刻み、差し出す。

 『開花の儀』。


「それでは汝、《人々の世》より出でし少年。貴殿の名を精霊の元に」

「はい!」


 すうと、息を吸う。



「精霊に告ぐ! 《人々の世》から参りし我が名は、此処に! ――<エンシーミア・ウィザード>!」


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