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Night with Knight  作者: なかむら。
2/5

天候の鍵、始まりの魔法


 海港・アンバーダグラス、十一目の月。

 名前の通り海のちかいこの町で、海をバッグに走りだして早十分。


「ああああああもおおおおおむりいいいいい!!」

「おいおいおい! 掴まるぞチビちゃん!?」


 ハハハ! と軽くハンティング帽を押さえたお兄さんは、更にポケットから棒つきの飴を取り出して口にくわえた。ああ、楽しみにしてた深海魚の屋台も、変顔した人面フルーツもどんどん通り過ぎていく。憧れのウィザードの特地区で、ぼくは何をしてるんだろう……という感傷からも一気に引き上げられて、ばっとおにいさんを見つめた。


 えっおにいさん、飴……!? 走ってる時になんて危ないことすんの!? 


 ちょっとちょっと! と声にだして叫ぼうとしたけど、さっきの叫びで渾身の声量を使い切ったらしいぼくから出るのは、ぜはぜはという息だけで。魚のように口を開け閉めしてるだけのぼくを見て、おにいさんが小首を傾げたのにも腹が立つ。

 伝わってないのはわかるけど、全力疾走十分間継続中なのだから許してほしい。黒くてふよふよ浮く物体の追走はとまらないし、道行く人々にはぶつかって申し訳ないし、正直みっともなすぎて泣きたいけども、それもかっこわるいから俯くだけにする。

 俯いて走ると更につらかった。もうやだ。


「いやいや~、めちゃくちゃやばそうだなチビちゃん。大丈夫? あめ食べる? 巻き込んだオレが言うのも難だが、体力はつけたほうがいいぜ」

「そ、おも、なら……っ! とま、とまっ……っ!」

「あーうんうん、まあそうだな、そうなるよな。でもしないオレを許してやれよ、チビちゃん」


 ーー許してほしいのはぼくのほうだ! おばかちゅん! ばか!

 キッとうらみをこめてお兄さんをにらみつけた。さっきからチビちゃんチビちゃん言われてるのも気にくわなきゃ、ぼくが一緒ににげなきゃならない理由もわからないままで、初対面だし、あめはおいしそうだし、本当に何もかもが納得いかない。ぼくがこのおにいさんと追いかけ回される理由はなにひとつないのに。


 このちゃらんぽらんめ。どんなひとかよく知らないけど、さいていのきわみだなもう!


 いくら心の中で悪態をついてみても、お兄さんはわかってるんだかわかってないんだか、ただ声をあげて笑うだけだ。ああ、なにひとつ見て回れずに町から出ようとしてるなんて、なんという悲惨な事態。

 疲れだか何なんだかで、いよいよ目がうるついてきて鼻水も出そうになってきた。


「わっ、泣くなよチビちゃん!」

「ぼぐはぁあっ……ちびちゃ、じゃない"……っ! えんっ、えんじーみ、あぁ……っ!!」

「エンジーミア? エンジーミアっていうのか? 君は」

「え"ん、しー、みあっ!!」

「エンシーミア、ミアな。オーケーわるかった、よくがんばったな」


 耐えきれない気持ちから目元に腕を押し付けていれば、頭の上からぽすぽすとおにいさんの手のひらの感触が伝わって、胸のあたりがあつくなる。いや、あつくなるのは走っているせいだと思うけど。きっとそうだけど。

 あまりにぼくがふがいない顔をしていたからだろう。おにいさんは、おにいさんの髪の色と同じ、金色で透き通るような飴をもう一度くわえ直してにっこり笑った。これがぼくをいきなり非日常に叩き落としたひとの笑みでなければ、男ながらにドキドキしていたかもしれない。そう思ってしまうくらい、おにいさんの顔はきれいだった。


「いたいけな一般人に泣き顔を作らせてしまうんじゃ、オーダーの名が泣くな」


 視線を前に鋭く向けたおにいさんが、ぽつり。つぶやく。

 ……オーダー?


 ばっと、名前という単語がでてきたことに反射的に顔をあげて、ごくりと唾をのみこんでしまう。さっきまで溢れていた雫も、こんな簡単なことで止まってしまうなんて。

 でも。胸が高まるのを、とめられない。

 は、とさっきとはちがう内側からせり上がる熱を逃さないように、抑えきれずに、息がもれた。


 オーダー。それが、おにいさんの名前だろうか。


 ウィザードにとって、名前は大切なもの。ウィザードが力を使うためには名前が必要不可欠だ。そしてここはウィザードの町で、ウィザードの特地区で。

 そんな場所で名前がでてきてしまって、おにいさんの空気がぴりっとしたならば。よくわからないやつらに追いかけられて、策もないような状況ならば。

 わくわくしてしまうのは、仕方ないじゃないか。


「この路地を抜けたら、足元に木箱がある。その後ろに隠れろよ、チビちゃん」


 どくん、どくん。心臓がはねる。

 おにいさん、やる気なんだろうか。なにをする気なんだろう。

 見れるだろうか。ウィザードのーーほんものの魔法使いの、まほうを。

 じっとおにいさんを観察するぼくの視線に気づいたのだろう。おにいさんはつけていた手袋の左手側だけをはずし、それをぽいとぼくに預けてきた。なくすなよ、という一言には深く頷いて、両手でぎゅっと手袋を握りしめる。


「隠れたら目は瞑ってろよ!? チビちゃん!」

「ぼくはっ、」

「おっと失礼。エンシーミア! 頼むよ」


 こくりともう一度うなずいて見せたところで、まっすぐ前を見据える。小さな屋台だけが並ぶせまくて路地裏のような道を走ってきたけど、視線の先には確かにに大通りが見えて、りんごの入った木箱も見えた。後ろの様子まではうかがえないけど、でも、わかる。おにいさんの周りに何かがあつまっていくのも、おにいさんに相当な自信があることも。

 おにいさんが、魔法使い(ウィザード)だってことも。


「いくぜ……っ、いち、にの、さん!!」

「ふあっ!?」


 なんかぶつかった!? うそでしょ!?

 ごろごろばこん! と勢いよく転がるぼくを横目に、おにいさんが上着を投げよこしてくる。黒い上着に視界が一瞬だけ染まって、あわてて上着を顔からはがした時にはおにいさんは路地にむかってーーまるで銃でもうつかのように。左手を向けていた。

 間に合った、見れる!


僕を愛する心を愛そうクイック・クイック・ラブ・トゥ・トライ……光に惑わされろ、<天秤に佇む身ナイト・オブ・オーダー>!!」


 ぴかん!

 おにいさんの指先から、白がひろがる。


 ーー自分がどこに立ってたのか、どこを走り抜けてきたのかも、わからなくなるような。辺りには何もなく、おにいさんが立っていた場所も、おにいさん自身のことも見えず。ぼくのみえるぜんぶが、真っ白になる。


 なにもない。ただひろく、しろく。


 まぶしいと感じたのさえ、声が聞こえた瞬間だけだった。そのあともまだ、ずっと一面まっしろな世界がひろがってるだけ。

 見えない。なにもわからない。音だって……ない。静かに支配するシロは、お兄さんとの距離も、この町のひろさもわからなくさせる。

 じぶんがどこに立っているのかさえ。


 ーーぞくり。背中になにかが、走った気がした。

 言いようのない何かが、せまってくるような。



「上着投げてやっただろうが、チビちゃん」


 はっ、と息を吐き出す。いつの間にか呼吸も忘れていたらしい。

 どこから聞こえるかもわからない、「今からでもかぶんなさい」というおにいさんの声に従って、見えない中で手の感触だけを頼りにおにいさんの上着を頭からかぶった。

 しろい世界が一気に薄暗いグレーにかわって、ちょっとだけ見やすくなる。


「おりゃ」

「うわっ! お、おにいさん……!」

「大丈夫か? 視界がやられることはないとおもーけど、こう、こころ的ななにかとか」

「う、うん……だいじょう、ぶ」


 僕がかぶる上着の中に顔をいれてきたおにいさんは、薄暗い中で表情はわからないけど、声色はほんのり優しく思えた。

 だからーーさっきの魔法はすこしだけこわかった。ということは、言わないことにする。

 しばらくじっとぼくを見つめたおにいさんは、またくしゃくしゃとぼくの頭を撫でたあと立ち上がる。つられるようにぼくも立とうとすればふらついてしまって、咄嗟におにいさんのカーゴパンツにしがみつく。


「ご、ごめん、おにいさん」

「はは、おう。おにいさん、おにいさんね。いい呼び方だなあ。なかなかない体験だ」

「ちょ……あんまりなでないでくださいよ……!」

「うん、ごめんな」


 だからなでないでってば! 言葉とは裏腹にエスカレートする手のひらを捕まえようとして、頭の上でぶんぶんと手をふる。ちくせう、とどかない! ぶつくれるぼくに満足したように、おにいさんは最後にぼくの頬を指で撫ぜた。


「またよんでくれよ、おにいさん、って」

「……いじわるしなかったらね」

「ありゃりゃ、それはムリそうだ!」


 ぐいっと手を引かれ、まだひかりに唸っている周りのひとをおいて走り過ぎた。










 ぼくは、ぼくのはじまりをよく覚えていない。

 記憶がないんじゃなく、ただ単純に、おぼえてない。ながれていく時間を共有したひとがいなかったから。すぎていく景色を、みてこなかったから。

 でもそれなら、いまぼくをかたどる性格はなにでできているのだろう。

 二百年前にこの世界に宿ったとされる、七人の精霊たちのように。

 ぼくにもいつか、旅をして得る意味が、なにか。あるのだろうか。





***





「短刀直入に言うが、お前を買収したい。いいな?」

「ばかにしてるの?」


 ちょっと状況説明といこうか、桃やるから。

 ーーなあんて、ほんとにほんとの甘い誘いに乗ってしまい、何故か追われていたおにいさんもといオーダーに着いてきてしまったのが運のつき。

 ぼく、こうそくされてる、なう。


 ……いや、まあ、拘束といっても目にみえる形ではなく、精神的にというか、弱味を握られてしまったというか、なんというか。

 そう、つまり。この男、ぼくの荷物をごうだつしやがった。

 へっへーい! という、実に気軽な声とともに。


 ーーもう、さいていとしかいえないじゃないか! さいていか! さいていか! さいていだ!!

 もきゅもきゅと、手のひらにおさまりきらないほど大きな桃を抱え込み、オーダーの左肩にかかっているぼくのポシェットを見つめる。

 それにしてもこの桃、あますぎるなあ。糖分の過剰摂取、喉がやけそうになるほどのあまさ。けれど食べることをやめられない……!


「睨むのかにやけるかどっちかにしてくれないかい、ミアちゃんよ」

「市場でひとをたおしまくったのはこのひとです!!!」

「おいおいおいおいおい、叫ぶなマジかバカか!?」

「むがっ」


 口に入っていた桃がなくなったと同時に叫べば、オーダーが即座に新たな桃をつっこんでくる。ぼくはオレンジがほしかったよ! 甘すぎるよ! という意味をこめてまた睨み付ければ、オーダーはそっとぼくの鞄をかかげてきた。……ちょっと大人しくしようと思う。

 ちらりと周りの様子を見てみるが、町は相変わらず騒がしくさっきの事件についてはなしているようだった。そんな喧騒をしらんふりしながら歩くぼくたちのことを気に止めるひともいないらしい。

 犯人、ここにいるんだけどな。それぐらいは聞き取ろうよ、もう。

 新たなる桃を味わいつつ急いで飲み込むと、今度はこっそりと、できるだけ小さな声でオーダーをよぶ。身長に合わせてくれたのか、オーダーがほんのり中腰になった。


「ぼくべつに、告げ口なんてしないよ」

「さっきの自分を振り返って欲しい発言だな。でもちがうぜ、俺が買収したいって言ったのは、そのためじゃない」

「……じゃあなんで?」

「これさ」


 卑下ではなくぼくに出来ることなんてなさそうなものだけど、と思ったぼくに見せられたのは、オーダーが強奪したぼくのポシェット。

 思わず眉をひそめ首を傾げると、オーダーはにやりと笑った。


「追ってきたあいつらが何者かわかんなかったこと。魔法ってもんに目を輝かしたこと。俺の名前を聞いても無反応だったこと。この時期にアンバーダグラスにいること。あとそのいかにも魔法使いって感じの黒いマントとか帽子とかその他もろもろ」


 ひとつひとつ指を指しながら、オーダーは告げる。


「ミアは根っからの魔法使い(ウィザード)じゃない。魔法使いの学校に行くために、《人々の世》からきた。当たりだろ?」


 う、と言葉に詰まる。別に溶け込めるとは思ってなかったけど、バレたらバレたで、なんだか後ろめたさを感じてしまう。


「魔法が使えない《人々の世》から来た一般人てのは、魔法使い(ウィザード)の常識ってもんをなにも知らないからなあ。いいカモにされるんだ」

「……それ、ぼくに言ったらだめじゃない?」

「だめじゃないさ。オレは君にたかるわけじゃない。交渉をしたいんだ。何せ、買収したいとは言ったが、あいにくオレは無一文なんでね」

「……それで?」

「普通ならいいカモにされる君に、情報を与えたい。そんで君には、オレのスパイをしてほしい」

「買収っていうより物々交換じゃないか……しかも対価が合ってない」

「はっはっは、そりゃそうだな。でもスパイっていっても、わざわざ調べてくれなくていいんだぜ? 学園に入って普通に過ごしてくれりゃいい。そんで、その中である人物の話を聞くことがあれば、教えてほしい。噂話をオレに雑談してくれってだけだ。これならどうだ?」

「うーん……」


 ぼくの目線に合わせるようにしゃがみこむオーダーは、人当たりの良さそうな笑みを向けているけど、どう見たって目が真剣だ。真剣に、交渉をしてる。

 ーー参ったなあ。これから楽しいウィザード生活なはずが、とんだ非日常に出会ってしまった。


「……断ったら?」

「桃代を請求する」


 さいていか。それ自分で奢るってしたやつじゃんか。

 けれど桃ひとつとはいえ、いまのぼくにはお金は惜しい。というか、そのお金もいまオーダーの手の中にあって、ポシェットの中には身分証や入学証明書なんかもあるわけだから……。


「いま決めなきゃだめ?」

「よしわかった。観光といこう」


 ほらよ、とポシェットをあっさりとぼくの手の中に放り投げたオーダーは、そのまま右手を差し出した。

 一瞬だけちらりと路地裏に視線を向けたオーダーに、バレないようにぼくも路地裏を見やれば、警備だかなんだかの白い装束の人たちが走ってるのが見えた。……観光と言いつつ、本音はそっちか。ぼくもあの人たちに密告するのが正解だったんだろうなあ。

 そう、思いながらも。

 本当に、ばかなことだし、不思議なことなのだけれど。

 わかっていながらも、ぼくは。オーダーの手を取り駆け出すことを、やめなかった。


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