第2話 「だってあたし、可愛いもん!」
この村の図書館に入り浸ってからもう1ヶ月になるだろうか。
もう異世界に来てからそんなに過ぎたか…。
宿と飯は渾身の演技で難民の振りをして優しい宿主のおっさんからもぎ取った。心は痛むが、まぁ多少はね?
1ヶ月もの間、ほとんどの時間を図書館で過ごし、異世界について大体知ることができた。
地形について、様々な種族について、魔法や魔力について、歴史について。
そして人間と魔族の確執について。
復讐は新たな復讐を生み出す。そんな事が何百年も積み上げられる。そこには想像を絶するほどの溝が生まれていた。
うん。もう知りたいことは知った。お勉強タイムはもう十分だろ。そろそろ行動しないと終戦しちまうな。
立ち上がろうとした時、なんらかの本を必死に探す白いマントの女性が目に入る。
珍しいファッションだなぁ…なんて思いながら持ってきた本を棚に戻す。
白いマント、白いマントねぇ…。ん〜…。まさかね。まぁでも一応ね。
「あのぉ〜…ちょっとお尋ねしてもいいっすか?」
白いマントの女性はこちらを振り返る。
「え?あたし?」
息が止まった。なんやこいつめっちゃべっぴんさんやんけ。広瀬す○ずかな?
「えーと…いや、変なこと聞いちゃうかもしんないんだけど」
あまりの可愛さに何聞こうとしたんだか忘れた。
パンツの色は何色ですか?だっけか?
「パンツの色は教えませんよ?」
「いや、えーとね、あのー」
「ふふ、ごめんなさい」
可愛い顔で微笑んでいる。
こっわ。何だよこいつ…。エスパーかよ。
いや、ただの残念な娘か。
今の言葉により冷静になった頭で質問が甦る。
「お前さ、日本って知ってる?」
「おお!!!何で?え?」
「知ってんの?知らんの?」
「知ってるに決まってるじゃん!この白いマントを見てよ!」
マントをフリフリと可愛らしくなびかせる。
こんなに早く転生した奴を見つけられるとは思ってなかった。
一応声かけといて良かったわ。
美少女はこっちを凝視しながら何かを必死に考えている。30秒程の時間が過ぎただろうか。
「もしかして……君がじょーかー!?」
「いや、まぁそうだけど…何で分かったし」
「日本知っててマントが赤でも白でもないならジョーカー以外ありえないっしょ!」
ふふぅーんと胸を張って自分の名推理をドヤってやがる。
いやしかし、こいつ頭の回転早いな。しかもJOKERが目の前にいるのに1つも動揺している様子がない。
「ここにいるってことは人間側の味方ってことでしょ?やったーーー!生き返れるぅうう!!」
ひゃっほいと小躍りしながら喜びを表現している。
緩いなぁ……。なんか脱力感がやばい。
それにしても可愛い見た目だなこいつ。
「それにしてもお前めっちゃ可愛い見た目で転生したな」
「え…。異世界来てもナンパとか……キモ」
うぜぇ…。可愛くなかったら多分シバきあげてるな。
「可愛く転生したからって調子に乗るなよ」
俺の全力の睨みを向けるも意に介していない。
「別にこっちの世界に来る前と見た目は変わってないけど」
ほーん。人間側に転生した場合なら見た目は変わらないのか、1つ勉強になった。
生意気な女は糞でも見るかのような目で俺を見ている。
普通にマジで腹が立ってきたので自ら地雷を踏みに行くような質問を投げ掛ける。
「死にたくないって強く思った101人に選ばれたんだろ?お前はどんな理由だよ」
言って後悔した。流石に地雷が大きすぎる。女はさっきまでの威勢はどこへやら目に涙を猛スピードで浮かべ始める。言いたいことはあっても声の震えで言葉にならない。そんな震えを堪えながら気持ちの整理をし、1つ1つ音にする。
「じ……人生、めっちゃ楽しかったの」
「皆…あたしをちやほやして……くれるし」
「きっと…これからもっと楽しくなっていく……は、はずだったのに………」
そして図書館で出していい音量を遥かに越えた声が鼓膜を殴る。
「だってあたし、可愛いもん!!!!!!!」
「お、そうだな」
浅ぇ……。幼児用プールかよ。
もうなんかどうでも良くなってきた。
「ありがとう。泣いたら少しスッキリした」
なんか知らんが感謝された。
すると怖い足音が近寄ってくる。
「あんたら出禁ね」
図書館の管理人さんに告げられる。
勉強が丁度終わってたところで良かったわ。
そうじゃなかったらこの女の命はなかった。
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図書館を出た後、女を連れて自分の宿へ向かう。まだ1つだけこいつに聞きたいことがあった為だ。
部屋の鍵を閉めるなりマントを脱ぎ捨て質問する。何事も質問は直球に限る。
「お前のギフトはなんだ?」
「ちょっと待って!つの可愛すぎ!可愛いぃ〜〜撫でさせて?」
調子狂うな。
しかしまぁ本当に可愛いと思っているように見える。
女のよくやる「可愛いと言ってる私可愛いアピール」では無さそうだ。そのようなアピールしなくても可愛いからそんなことはしないのだろうか。
強者の余裕といったものなのだろうか。
「そろそろ折れるからもう撫でるな」
「あ、ごめんなさい」
直ぐに謝ってくる。きっとアホな娘なだけであっていい子なのかもしれない。
「もう一度聞くけどお前のギフトってなんだよ」
「お前じゃなくて美乃って呼んで」
そういえば名前を聞いてなかった。
美乃か。ブス乃って名前を親が名付けたなら不細工に産まれたのだろうか。
「すまん、美乃のギフトを教えてくれ」
「えーとね、俗に言うケモ耳って感じ?」
そんな能力のギフト……かないっこねぇ……!!
なめとんのかこいつ。
「見せてあげるね!」
微笑みながら言うと全身を強張らせる。
耳が生え、尻尾が生え、みるみるうちに中途半端なケモ耳コスプレイヤーが完成していた。
ほーん。なるほどね。
「で?」
美乃はムッとした表情で大声を出す。
「戦闘能力めちゃくちゃ上がるんだから!」
ふ!ほ!と空間を殴り強さをアピールしてくる。俺の今の体の数十倍は強いであろうとそれだけでも分かった。
俺のギフトって何なんだよマジで。
ケモ耳コスプレイヤーより弱い現実でとてつもなく弱気な気分になる。
「てかさ、ジョーカーのギフトはなんなのさ」
「教えない!それよりももっと楽しい話しようぜ!」
「いいねー!何話す?」
聞かれたくないことと察してくれたのか、それともただのアホなのかは分からないが話は逸れた。
その後明け方までたくさんおしゃべりした。
異世界に来てからこんなに喋ったことなんてなかった。きっと色々な不安が常に胸を締め付けて離さなかったからだろう。
美乃のおかげで初めて異世界で息が吸えた気がする。
美乃は帰宅し俺は心地の良い気分のまま眠りについた。
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「ま!!!!!魔族だぁあああああああ!!!!!!!!!」
声で目が覚める。
まさか村を襲いに来たのか!?
声の方に目をやると宿主のおっさんが俺を指差してワナワナと震えている。
ああ、俺のことね。
やっべぇ〜……美乃あいつ……開けっぱで帰りやがったな。