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後編

 


「やあ、奇遇だね、せんぱい。(ボク)らもたまたま漫画のシチュエーションとして、理科室で撮影の活動をしていたところなのだよ、はははは」


 カメラから顔を離した加川部長は、縁なしのメガネをカシャリと押し上げながら苦しすぎる言い訳を平気な顔で言った。

 ちなみに田中先輩はまだ右手を上に上げて決め台詞を言いながらアッパーよろしく飛び上がっている。

 その光景を見たせんぱいは、明らかにイラッとした声で加川部長をバッサリ切った。


「同い年の貴様にせんぱいと呼ばれる筋合いはない。あと飛び上がるのもいい加減やめさせろ、バレバレだ」

「ああ、すまないね、メガネっ娘がいつも君の事をそう言っているので移ってしまったよ。気にしないでくれたまえ」


 にやりと笑った加川部長は手を上げて田中先輩の例のとりゃ、とりゃ、をやめさせた。

 無表情で淡々と飛んでいた田中先輩は、やれやれといった表情で飛ぶのをやめる。


「それはそうと坂本氏(さかもとし)、ちょいと提案があるのだがね?」

「断る」

「おいおい、話ぐらい聞いてくれてもいいだろう。これが最後の機会だしね。提案はこうだ。あるシチュエーションだけ撮らしてくれ、それだけ撮らしてくれたら(ボク)らは退散しよう。いい話だろう?」

「断る、君らでやればいいだろう、男女二人。僕が撮ってやる」


「「「ビジュアルは大事」」」


 ですっ、っす、だっ! と語尾だけばらけてトリプルサルコーになった。


 さすが漫研、結束は固いよねっ。


 せんぱいの影からお二人を見て頷き合ってたら、ギギギギとでも言うかの様にせんぱいが首を傾けてこちらを見た。


佐伯くん(ブルータス)、お前もか」

「ぶるーもすじゃありませんっ」

「いろいろもろもろ突っ込みたい。いいか」

「やですっ、よく分かんないですけど、やですっ」


 そんな会話を聞いた加川部長が鼻息荒く、ま、まて、と割って入ってきた。


「メ、メガネっ娘と坂本氏、き、きみらいつもこんな会話しているのか?!」

「まあ、大体は」

「んー、通常運転です、加川部長」

「なんとーーーー!!!!」


 加川部長はがくがくとその場に崩れ落ちる。

 一つに結んだボサボサの髪がふるふると震えて、ダンッと左拳を床に叩きつけた。


「ヲタクに生まれて十八年、海千山千乗り越えて、やっと捕まえたリアル極上シチュエーションキャラ佐伯くんと坂本氏……。今まで漫画の被写体としてしか見ていなかったとはなんたる不覚ぅっっ!! 君らっ!! 君らは知っているのかっっ!! 君らの会話、そのまま漫画の台詞だぞっっ!! どこまでポテンシャルが高いんだぁぁぁ!! 」


 叫びと共に素早く立った加川部長は、薄い胸を張って、びしぃっとせんぱいと私に人差し指を指した。


 だぁぁ だぁ だぁ と残響が響く理科室には、加川部長の声以外、物音は一つも立たない。ただ夕暮れの西日と共に、カー カー というカラスの鳴き声が遠くで聞こえるのみ。


「あー、やばいです、先輩。ペン入れ時間が」


 漫研部のごくごく普通会話として田中先輩の言葉が告げられると、加川部長はぬおおっと叫んでせんぱいの白衣をがしっと掴んだ。


「後生だ、坂本氏!! 一枚だけだ! 一枚だけでいいんだっ、ポージングを取ってくれぇぇぇ」

「せ、せんぱい、私からもお願いしますっ!」

「しまっす」


 私も加川部長の為に頭を下げる。だって加川部長の漫画、面白いんだもの。動きに臨場感があって、キメの大ゴマの主人公たちが完璧なポージングで! ……て、いつもせんぱいと私が協力してたんだっけ。


 そうこうする内に、せんぱいの返事もまたず、加川部長は教室の真ん中にさささっと移動し、カメラを構えて指示を飛ばした。


「メガネっ娘! この真ん中の机に座るんだ! 坂本氏、白衣のままメガネっ娘に迫る!」


 私がせんぱいっ、と白衣の袖をつんつんすると、せんぱいは盛大なため息を吐いて私の手首を掴み、黒い理科室特有の広い机に向かうと、腰を掴んで私を机に座らせた。


 バシャシャシャッとその間も何故か撮られている。


「一枚だけじゃなかったのか」

「試し撮りだ、気にするな。はいっ、坂本氏、右手は机について、左手はメガネっ娘の顎つかんであげて、人差し指でくいっ、だ!」


 せんぱいはちっと舌打ちしながら私の身体に覆いかぶさるように近づいた。


 わ……なんか……


 囲われるように両腕が側にきて、せんぱいの身体が……近い、というか、至近距離のせんぱいが大きい。なんだか、腰が引けてうまくせんぱいが見れない。


 思わず俯くと、バシャシャシャ、と撮られた。


「いーね、その表情! 戸惑い、恥じらい、ちょいうるうる目! そそる、そそるよぉメガネッ娘ぉぉ!! 素晴らしぃぃ!! はい! 坂本氏、動いて!」


 はー……とため息を吐いたせんぱいの息が耳にかかる。


 や、やだ、なんか、耳、やだ……


 かぁと顔が熱くなって、耳を塞ぎたい衝動をこらえていると、くいっと顎を上に上げさせられた。


 見上げた先に、いつものせんぱいの涼しげな目は無かった。

 なんだかゆらりと揺れて、危うい感じがする。そう思っていたら、せんぱいが近づいてくる。


 バシャシャシャ、と撮られ続けている音。


 え……本当に、するの?

 加川部長や田中先輩の前で?


 顎を上に向かされているので、引くことも出来ない。せんぱいが私に近づくたびにシャッター音が途切れなく切られる。


 み、見られたまま?!

 や、確かにキ、キスはしたいけれど、ホワイトデーにかこつけて、ちゃんと気持ちを確認したいけれど、それはこんなんじゃなくて、もっと、二人で、二人だけで、こんな、こんな……!


 こ、こんなシチュでキスなんてっ!

 やっぱり、いやぁ!!


 思わずぎゅっと目を瞑った時だった。


 バサっと何かに囲まれた。

 薄く目を開けると、景色が白い。

 白衣に囲われている。


「ここまでだ。文句は言わせん」


 せんぱいは、私を白衣でくるむようにして、先輩達に告げた。


「んなーーっ……もごもごーー!」

「ありがとうございました。十分っす」


 加川部長の甲高い声が途切れて、田中先輩の落ち着いた声が聞こえる。


「ぶはっ、まてっ、黙っていたら絶好の生ちゅーシチュエーションがっ」

「先輩が今時紙にこだわって描いてるから時間がないんす。今から下書き描かないと消しゴムかける時間がなくなるっすよ」

「バッカモーーンッ! ペンで書く線の微妙なタッチの良さを分からんとは言わせんぞ田中君! そもそも君が漫研に来た理由もPCではなく……」


 最後は引きずられるような音と共に加川部長の声が遠ざかっていく。

 やがてガラガラと理科室のドアが開けられ、田中先輩の失礼しました、という声と共にぴしゃんと閉められた。


 しん、とした理科室の中で、せんぱいは無言で私を机の上から下に降ろしてくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 気まずくて、乱れた天パの髪の毛を耳にかけながら、うつむいて言うと、せんぱいはがしっと私の頭を片手で掴んだ。


今一(いまいち)、理解が出来ないんだがな。佐伯くん」


 そしてそのまま、がしがしと頭を撫でられる。


「口では迫って来たり、あー、ほにほにもあったか。直接的表現で僕に告げてはいるが、本当は、そんな積極的でもないんだろ?」

「……」

「付き合う前なら分からんでもないが、もう付き合っているんだし、無理に迫らなくていいんだ。あと、彼奴(あいつ)らに付き合う必要もない」


 がしがしと撫でられていた手に、ぐいっと前に引き寄せられて、私は白衣の腕の中に入った。


「まあ、人生、先は長いんだ。焦らなくていいと思うぞ?」

「せんぱい……」


 髪を撫でてくれる指が優しくて、私は思わずせんぱいの胸に顔をうずめた。



 せんぱいは、私の事……

 ちゃんと見ててくれた。

 私が本当はこわいの、分かっててくれてたんだ……



 じわじわと胸が温かくなって、私はせんぱいのブレザーの端をぎゅっと掴んで、せんぱい、ありがとうございます、ってちょっと涙ぐんで顔を上げたら、せんぱいは私の顔を見て、うぐっとなった。


「せんぱい?」

「いや……大丈夫だ。本能と格闘して理性が勝ちだ」

「⁇」

「本当に、ちょっと佐伯くんは、僕の事も考えて欲しいものだ」

「えぇ? いつもせんぱいの事考えてます」

「や、だからね……あー……くっそ、早く大学生になってくれ!」

「む、無理ですっ ベンキョー、嫌いですっ」

「知ってるわ、いろいろもろもろ知ってるわ。……帰る」


 せんぱいはガバッと私を離すと、スタスタと理科準備室の方に入って行ってしまった。


「わっ、まって、せんぱいっ!」


 私は慌ててせんぱいを追って理科準備室に入ると、せんぱいはロッカーに白衣をばさりと入れてもうカバンを持っていた。


 何事も行動が早いせんぱいについていくの、実は大変。古いソファの上に置いていた自分のカバンを取って、既にドアの前でスタンばっているせんぱいに駆け寄ると、ドアに手をかけたせんぱいが、ピタッと止まった。


 そしてくるっとこちらを向く。


「やはり、あまり我慢しすぎるのも精神的に良くないと、理性が言った」

「はい?」


 せんぱいは、慌てたから両手でカバンを抱え込んでいる私の肩を掴むと、素早く触れるだけのキスをした。


 そしてびっくりして固まっている私の口に、ぽこんとミルク色のキャンディを突っ込んだ。


「ふぇ、ふぇんふぁいっ」

「ホワイトデーおめでとう。お返しというやつだ。では帰るぞ、佐伯くん」


 ああありがとうございますっ とちゃんと言えたか定かではないけれど、せんぱいはまた私の手を握って歩き出してくれた。



 せんぱいはいつも、私より先に歩いている事が多かった。

 まって、せんぱいっと声をかけると、まってくれるようになって。


 最近は、いつのまにか手を繋いで歩いてくれている。


 今はまだ、せんぱいが先を歩いているけれど、いつか並んで歩ける日がくるのかな。

 もしかしたらせんぱいは、私が思うよりも私の事、考えてくれているのかもしれない。


 私はたたっと早足でせんぱいについて行きながら、きゅっと大きな手を握った。


 せんぱいは黙って廊下を歩いていたけれど、階段を降りるときは、少しだけ私の足に合わせてくれた。


 それがとても……

 嬉しいです、せんぱい。






 完


お読み下さりありがとうございました。


このお話、メガネっ娘と対になっているのですが、当初メガネっ娘だけで終わる予定だったのです。


でも、レビューを頂いたり、続きを書いて欲しいよ、と言って下さったり、後押しをして下さった、

たこすさま、斎藤秋さま、秋野 木星さま、オリーブドラブさま、ありがとうございました。おかげで続きが書けました。


メガネっ娘に引き続き読んで下さった皆さま、ありがとうございます。

ご期待に応えれられたかどうか、ちょっと不安ですが、どうぞご賞味ください。


ありがとうございました。


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