第7話 真夜中の電話
月明りだけの暗い部屋の中に、スマートホンの着信音が響き、薄手の掛け布団から這い出した手がスマートホンをベットの中に引きずり込む。
「ん……? もしもし……」
「これから行っても大丈夫? 明日、お休みなんでしょ?」
「おっ、おう……」
半分夢の中だった俺は、返事だけ言うと、また眠ってしまった。
まだ夜が明けきらない薄暗い部屋の中、少しだけ目を開けると、真希がベットの横に座り、両腕を枕にして眠っていた。
起こさないように静かに体を起こし、薄手の掛け布団をかけてあげると、俺はタオルケットに包まって、再び眠りに吸い込まれた。
眩しい朝の光が部屋の中を温める頃、視線を感じて目を覚ますと、真希がベットの横でにこにこしながら、顔を覗き込んでいた。
俺に掛け布団を掛けて、自分はタオルケットに包まっていた。
「おはよう」
真希が、微笑んだ。
(天使って実在するんだ……)
あまりの心地よさに、夢の中なのか現実なのか、しばし判断に苦しんだ……。
カウンターテーブルの上には、張り裂けんばかりのコンビニの袋があった。
どうやら現実世界のようだ。
「昨日のうちに、美味しいもの買っといたからね」
やさしい声だ……。
「は、はい」
「分かったらもう起きて!」
(やっぱり現実だ)
掛け布団を剥ぎ取られた俺は、急いでシャワーを浴びた。
部屋に戻ると、全開の窓から新鮮な空気が流れ込み、脱ぎっぱなしだった服はきれいに畳まれていた。
「今、コーヒー入れるね」
コーヒーメーカーをセットした真希は、マグカップが一つしかない事に気が付いた。
「大河、これ一つだけって事ないよね……」
「だって、俺しか使わないし……」
真希は呆れ顔だ。
結局、ジャンケンをして勝った真希はマグカップ、負けた俺は、洗ったカップ麺の容器で飲む事になった。
「おいしかったー」
俺は真希に向かって合掌すると、カップ麺の容器でコーヒーを飲んだ。
「よかった。 手料理だったらもっと良かったんだろうけど、ゴメンねー」
真希は舌を出した。
「ねえ、大河。 この部屋の鍵って、他には私しか持ってないんだよね」
「うん、そうだよ。 当たり前じゃん」
「なんだか、心配になっちゃって」
「肉食系?」
「う、うん」
「大丈夫だよ。 俺の事なんか本気で思ってないって。 仕事、仕事」
「そっかー、大河がそこまで冷静で安心した。 何だか心配して損した。 でも、本当にそこまで読んでるの?」
「そりゃそうだろ。 よーく考えてみなよ。 俺のどこに、そこまでの魅力ある?」
「そんな大河を好きになった、私に対する侮辱だよね……今の」
「うん、見る目ないんじゃない?」
「そっか……」
「納得すんな!」
大河は、真希の額を指で弾いた。
「痛過ぎでしょー」
二人は笑うと、肩を寄せ合った。
「あっ、そうだ。 マグカップ買いに行こうか。」
「え? だって、人ごみ大丈夫?」
「大丈夫。 眼鏡と帽子、ウィッグまで持ってきたもん」
二人は、あてもなく電車に乗り、適当に降りた駅で喫茶店に寄ったり、洋服をみたり、映画を観たりして楽しみ、おしゃれな雑貨屋さんでふたりのマグカップを買った。
陽が暮れるころ、羽田空港の展望デッキで飛行機を眺めていた。
「滑走路の誘導灯が、夜景みたいで綺麗」
真希は金網に顔を近づけ、その灯りを見ながら微笑んでいた。
二人は寄り添い、一本の缶コーヒーを二人で飲みながら、いつまでも灯りを見ていた。
夏が過ぎ、秋の気配が訪れていた。
この季節になると、ベットの中が心地よすぎて、朝、自分に打ち勝って起きるということが更に辛くなる。
しかし、辛くても早く起きなくてはいけない、そんな理由があった。
それも、トレーニングとは違う理由で……。
山崎会長がつくったロードワークのコースの終盤には、女子高の通学路があり、下手に寝坊すると通学時間と重なり、道路一面女子高生になってしまう。
その中を走るのがなんとも恥ずかしい。
今日も、その恐怖には勝てず起きることができた。
(ありがとう世の女性たち、あなた方のお陰で今日も頑張れます)