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マスコットグローブ  作者: 三田哲王
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第5話 肉食系現る

 数日後、いつものようにジムに入ると、スタッフルームの前が何だか賑わっていた。


 特に気にも留めず、地下のロッカールームで着替えをしていると、練習生たちの会話が耳に入ってきた。

「やっぱ、きれいだよな」

「しかもセクシー」

「肉食系って噂だよな」

「誘われてみてーな」

(誰か有名人でも来てんのか? それで、人がたくさんいたんだ……)


 着替えを済ませると、スタッフルーム脇の人垣の横を通り抜け、リングの上でウォーミングアップを始めた。


 ジムとスタッフルームを仕切っている壁は、上半分が透明なアクリルで、山崎会長の他に数人の人影、そして、どこかで見たことのある、きれいな女の人が椅子に腰かけて練習を見ていた。

というか、品定めをしているような変な雰囲気だった。


 四ラウンドのシャドーボクシングを終えて、タオルを取ろうとコーナーに近づいた大河に、背中からロープに寄りかかった野口が声をかけた。

「写真集の相手役を探しにきたらしいぞ」

「相手役ってなんすか?」

「主役を引き立たせるのに、筋肉美の男が後ろに写ったりしてるだろ……」

「あー、それ系ですか」

あまり興味がなかった俺は、道端から練習を見ていた小さな男の子に手を振ってファンサービスをした。

「でもよー、篠田なぎさ、無茶苦茶きれいだな。 お前もタイプだろ」

「まあ、確かにそそられますね」

「テレビで見るより細いなー」

「野口さんも、カッコいいとこ見せといた方がいいんじゃないすか? 選ばれるかも知れないっすよ? 顔写らないんだし」

「お前、ぶっ飛ばすよ?」

「本音、本音……」

「お前、そこは冗談、冗談だろ!」


 篠田なぎさは、そんな二人の様子を見て微笑んだ。


「篠田なぎさが帰っちゃうとまずいから、今日は早いとこミット打ちして良いとこ見せちゃおうぜ! あー食事とか誘ってくんねーかなー」

「野口さんが誘う側でしょ。 大きく年上なんだから」

「ま、そうだな」

 わざとらしく背中をみせた野口さんのTシャツには、既に大きなサインがしてあった。

「は、早! もうサインもらったんすか?」

俺は駆け寄ると、背中を小突いて大笑いした。 

「野口さん、ゴング直前に笑わすのは反則っすよ!」

「真面目にやれ! ばか!」

 野口は手に付けたパンチングミットで、大河の頭を小突いた。


 リングの上には一瞬和やかな雰囲気が漂ったが、開始のゴングの音と共に二人の目が変わった。

「よし行くぞ!」

「お願いします!」

 ジムにはリズミカルなミット打ちの音が鳴り響き、スタッフルームでは、それを観ながら篠田なぎさとスタッフが何かを話していた。

そして、山崎はリングの上を冷ややかな目で追っていた。


 ミット打ちを終えた大河は、その後サンドバッグ、縄跳びをこなした。


「大河、パンチングボールやっとけよ」

肩を回したり首をひねったりしながら、野口さんはどこかに消えてしまった。


 ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダダダ、

パンチングボールが三連符のリズミカルな音をジムに響かせ目にも止まらぬ速さで動いていた。 大河の目は、その高速で動くボールが見えているかのようにミスなく叩き続けた。

 興味をそそられた篠田は、スタッフルームを出ると大河の背後まで行き、それを見ていた。 


 インターバルのゴングがなり、大河が強いパンチをボールに打ち込んで振り返ると、篠田がタオルを差し出した。

「難しそうですね」

「いやー、そんなでもないんですよー」

次の瞬間、野口さんが二人の隙間に入ってきた。

(いつの間に戻ってきたんだろう……)


 篠田なぎさは、野口さんに少し困惑したような愛想笑いをすると、俺の肩に手を近づけた。

「触ってもいいですか?」

「あ、どうぞ……」

「筋肉って、硬いものかと思ったら、以外と柔らかいんですね」

「力を入れてないときは柔らかいっすよ」

「えー? 力を入れるとどんな感じなんですか?」

俺は、肩の筋肉に力を入れた。

「わーっ、凄いー、こんな硬くなるんですねー」

「えー? 腹筋は?」

「力を入れると、こんな感じです」

だんだん、悪い気がしなくなってきた。

「割れてる腹筋、見せてもらってもいいですか?」

「ははは、こんな感じです」

何だかテンションまで上がってきた。

「あとで、このボールの打ち方、教えてもらってもいいですか?」

「ハハハ、こいつ筋肉冷やしちゃうと良くないんで、俺が指導します。 ハイッ!」

野口さんが、バレリーナのような華麗なステップで、二人の隙間に入ってきた。

「じゃ、じゃあ、後でお願いします。」

「ハイッ!」

野口さんは謎の柔軟体操を始めた。


「チッ! 真剣味が足りないんだよ」

それを見ていた山崎は苛立ちを隠せず、貧乏ゆすりをしながら眺めていた。


「練習のお邪魔すると悪いから……」

篠田はスタッフたちの元に帰って行った。


「会長、あの選手いいですね。 華がありますよ」

山崎の横に座っていた篠田のスタッフが、身を寄せるようにして口を開いた。

「あいつは、僕がわざわざ実家まで行って連れてきたんです。 大物にしますから、何かあったら僕を通してください」

椅子の背もたれに体を預け、腕組みをして自慢げに笑った。

「僕には、先見の目がありますから」

不敵な笑みを浮かべ、大河の動きを追っていた。


 シャワーを浴びた後、スタッフルームを覗き込むと、篠田なぎさ一行は消えていた。

「野口さん、御一行は帰ったんですか?」

「おー、また来るってよ」

「へえー、 野口さん張り合いが出ますね」

「バカ、俺は根っからのボクシング馬鹿だから、汗のにおいが一番なんだよ」

「よくいってますよ。 背中のデカいサインが嘘だっていってますよ」

「それをいうな、っつってんだよ! 飯行くぞ!」

野口は、大河の背中を出口の方に押した。


「お疲れ様です」

「……」

会釈しても山崎会長は不機嫌そうな顔で、スッと手をあげただけだった。

「会長も、『オッ』とか言ってくれればいいじゃないスかね」

「気にすんな、あんなもんだろ」

野口さんは、あまり気に留めていないようだった。


 二週間後の食事会


「レモンハイ二つ、生ビール二つです」

それらを真希が受け取り、手際よくテーブルに置いていった。 

珍しく真希も呑むようだ。

「トニックウォーターのお客様……」

「ん!」

真希は俺を指さした。

(あれ、何か違うぞ?)


 乾杯を済ませ雑談していると、再び店員が料理を持ってきた。

「焼き鳥と、取り皿になります」

すると、真希が手際よく取り皿を配っていく。

橋元さん、高見さん、兼一、自分、そして俺の前にくると、バンッと乱暴に置いた。

「ど、どうした?」

やっぱり様子がおかしい。

「写真週刊誌のアレだな? 真希、怒ってんだろー」 

「真希ちゃんが何で怒るの?」

高見さんが、真希の顔を覗き込むようにして口を開くと、橋元さんは不思議そうに、皆の顔を見回した。

「別に!」

「大河、あれはマズいよ! なあ真希」

「え? なんの事?」

しかし、明らかに真希の口は尖がっていて、そっぽを向いている。

「そんなに凄い写真なのか? 俺、ちょっと買ってくるよ」

兼一が上着から財布を取り出し店を飛び出すと、急に重苦しい空気に包まれ、俺と真希は会話もなく飲み物を口に運び、橋元さんと高見さんは焼き鳥を口に運びながら談笑していた。

しかも、明らかに真希の呑むペースが速い。

何だか嫌な予感がする。


 数分後、写真週刊誌を片手に戻ってきた兼一が、ため息をつきながらテーブルに近づいた。

「大河、こりゃ真希も怒るというか、呆れるだろ」

見下したような顔をしながら、問題のページをテーブルの上に開くと、待ち構えていたかのように皆の頭が急接近し、まるで円陣を組んでいるかのようにして写真を凝視した。

 そこには、篠田なぎさに肩の筋肉を触られたり、腹筋を露わにして嬉しそうにしている大河の写真が、何枚も掲載されていた。

「お前、この顔はよくないよ。 嬉しそうだもん、やけに……」、

「鼻の下が伸びきってるし、第一、顔が変態っぽいよ」

「これじゃあ、真希ちゃんだけじゃなく、世の女性達全てを敵にまわすよな」

 男ども三人の集中砲火が一通り浴びせらると、円陣は解体され元の位置に戻った。


 大河は反省でもしているかのように、腕組みしたまま天を仰いで、堅く目を閉じて身動きしなかった。


 頬杖をつきながら見ていたほろ酔いの真希が、店員を手招きすると顔の前で四角を描いた。

「熱いのお願いします」

これから起きそうな事を想像した三人の男は、必死に笑いをこらえていた。


「お待ちどうさまです」

店員が湯気の立ち上るおしぼりを持ってくると、真希は大河を指さして顔の前で四角を描いた。

「え? いいんですか?」

真希は静かにうなづいた。


「アツ、熱、熱!」

熱さにびっくりした大河が、大きく仰け反り椅子から落ちると、真希は更におしぼりを投げた。

それを目にした男ども三人は、顔を寄せ合い小さな声で言った。

「真希って、怒らせると怖いな……」

「いや、呑ませると怖いな……」

真希の顔を横目で見た後、何度もうなづいた。


 すると、真希は何食わぬ顔でビールを口に運んだあと、男どもに敬礼した。

「私、明日早いから今日は帰るね。 大丈夫だよ一人で帰れるから」

膨れっ面で席を立ちあがり背を向けると、みんなが目で合図をしてきた。

『行け!』


 店の外まで追うと、真希がタクシーを止めた。

「真希」

 近くまで駆けよると、人さし指を唇に当てて「しー」と、小さな声でいった。

仲直りのキスか? などと思い、笑みを浮かべながら真希の口元に耳を近づけた。

 がぶっ

「ななな、何、何……」

真希が耳を噛んだ。

「ばーか!」

舌を出すと、タクシーに乗り込み走り去った。


「イッテーーー」

タクシーが交差点を曲がり見えなくなると、急に耳の痛みが蘇ってきて、俺はしゃがみ込んだ。

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