第4話 風変りなデート
大河のスポンサーになってくれてる会社は、イベントを企画制作する会社で、原宿のマンションの一室にあった。
六月のある日、右隣に座る上司の有田が、電話を置くと頭を抱えた。
「困ったなー」
「どうしたんですか? そんなに神妙な顔して……」
有田は頭を抱えたまま話し出した。
「今日、遊園地でキャラクターショーあるの知ってるよな。 アルバイトの一人が高熱で休むっていうんだよ。 北園真希も来るしヤバいよなあ」
「行きます、行きます! 俺、行きます」
右手を高々と挙げると、有田が話している途中にも関わらず、肌がくっつきそうなくらい顔を近づけ直訴した。
「おっ? おーー」
意表を疲れた有田は、後ずさりしながら答えるしかなかった。
「こんにちはー、北園真希でーす」
私は、親子連れで賑わう遊園地のステージに立っていた。
子供にも飲みやすい野菜ジュースの、発売イベントゲストとして。
司会進行のお姉さんと私、そして、野菜嫌いという設定の、ウサギの着ぐるみ。
前の仕事が押してしまい、打ち合わせに参加出来なかった為、ぶっつけ本番のステージだった。
「北園さん大丈夫! 私が上手くリードするから!」
ステージに上がる前、司会進行のお姉さんがガッツポーズを見せてくれていたので、私は彼女に頼っていた。
巧みな話術で子供達の気持ちを十分にひきつけたお姉さんは、一本の人参を高々と掲げた。
「それでは北園さん、この人参をウサギさんに食べさせてあげてください」
その人参を受け取って、ウサギさんに近づくと、手でバツを作り首を左右に振った。
更に口元に近づけるとステージ上を逃げ回り、私は人参を持ったまま、ウサギさんを追いかけ回す羽目にになった。
そんなやり取りを、子供たちは大喜びで観ていた。
「お姉さん、野菜が嫌いなウサギさんって、私、初め見ました」
「それじゃあ北園さん、この野菜ジュースを試してみて下さい」
「そんなにいいものがあるのに、どうしてこんなに走らせたんですか……」
息を切らしながら訴えた私に、お姉さんは野菜ジュースを手渡した。
それをウサギさんに見せると、駆け寄ってきて飲む真似をした。
「美味しい?」
お姉さんがと聞くと、ウサギさんは大袈裟にうなづいた。
無事に出番を終えた私は、ウサギさんと手を繋いで舞台裏の階段を降り、マネージャーの姿を探した。
「あ、北園さん、マネージャーさんは所用で事務所に一旦帰られました。 次のステージまでには帰るので、ここで待っていてくださいとの事でした」
近くのスタッフさんが飲み物と一緒にメッセージを伝えてくれ、私はベンチに座って待つことにした。
すると、なぜかウサギの着ぐるみも横に腰掛けた。
(他にも空いてる椅子があるのに……)
「……お疲れ様でした……」
目を合わせない様に恐る恐るいうと、ウサギの着ぐるみはコクリと頭を下げて距離を縮めてきた。
ビックリした私は、少し距離を開けた。
すると今度は、ぴたりとくっついてきて、大きな頭を私の肩に乗せてきた。
「な、なんなんですか?」
私は、不審者を観るような目で見ながら、そういうのが精一杯だった。
更に今度は、立ち上がって笑う仕草をし、近くに置いてあったカンペ用のホワイトボードに何やら書き始めた。
そして、書き終えたボードの文字を指さした。
「真希! この中、暑いから減量には最高!」
その時、着ぐるみの中にいるのは大河だと気が付き、無意識のうちに抱き付いていた。
ふと、我に戻ると、近くを通ったスタッフさんに見られていた事に気が付いた。
(ヤバイ!)
離れた二人を見て、スタッフさんはちょっとの間固まっていたが、すぐに顔をほころばせた。
「真希ちゃんも、まだまだ乙女だねー。 後でスタッフ皆から、ぬいぐるみプレゼントするね」
「あ、ありがとう……ございます」
「あー、俺がウサギの着ぐるみに入ればよかったー」
悔しそうにしながら立ち去っていった。
私は着ぐるみから少しだけ顔を出した大河と、顔を見合って笑った。
ある意味、これもデートと言ってもいいのか、私の仕事柄、二人は人目を気にして、こんなデートを重ねていた。
「これから二人で散歩しようか……」
「え、ここで? 人がいっぱいいるのに? しかも二時間後にもう一回ステージあるよ?」
「大丈夫、俺に考えがある」
大河は素顔を出すと、上司を呼んだ。
「有田さーん、有田さーん」
「おう、どうした?」
突然、遠くから大声で呼ばれた有田は、飲みかけのコーヒーを噴き出すと、慌てて駆けつけた。
「次のステージまで時間があるんで、北園さんとこの恰好のまま園内ぶらぶらしてきていいですか? 次のステージもっと盛り上げましょうよ! 宣伝です、宣伝!」
「いやあ、ウチらはいいけど、北園さんの事務所の関係もあるし、勝手にはマズいだろう」
「事務所なら大丈夫ですよ。 私がマネージャーにちゃんと言っておきますから……」
「……じゃあ、お願いしていいかな」
少し考えた後、有田は頭を掻き、真希に手をあわせた。
「行ってきまーす」
俺はウサギの頭を被り、真希と楽屋を飛び出した。
手を繋いでスキップしたり、乗り物にのったり、肩を組んだり……。 園内を二人で自由気ままに歩いた。
スキップしていると、一人の女の子が近づいてきて真希と手を繋いだ。 それを見ていた他の女の子が、ウサギの着ぐるみと手を繋いだ。 その女の子に他の子が手を繋ぎ、だんだん長くなってきた。 気が付くと後ろにもぞろぞろと子供たちが付いて来ていて、それを囲むように親が写真を撮ったりビデオを撮ったりしていた。
少し広いスペースに出ると、真希は子供たちの方を向いて叫んだ。
「私はこのウサギさんが大好きでーす」
「みんなはどうかな?」
「だいすきー!」
子供たちに尋ねると大きな声で返してきた。
「私は、みんなより、もっと大好きでーす」
「みんなも、もっともっとすきー?」
「だーいすきー」
間接的にだけど、真希の言ってくれた『好き』、俺はとても嬉しかった。
「じゃあー、この後、あそこのステージでショーをやるから来てねー」
笑顔の子供たちに別れを告げて、二人が楽屋までスキップしながら戻ると、そこでは、真希のマネージャーと有田が談笑していた。
「真希、次のステージの宣伝に出てたんだって? 有田さんが褒めてたぞ、神対応だって」
まあ、そういう事にしておいた方がありがたいと思って、愛想笑いで答えた。
本当はデートだったのなんて、口が裂けてもいえなかった。
四人で飲み物を飲みながら、少しの間談笑をしていると、司会進行のお姉さんとスタッフさんが小走りでやってきた。
「みなさん、何だか大変な事になっているみたいですよ」
「そうなんです。 まだ次の回まで一時間もあるのに、イベント会場に入りきれない程のお客さんが来ちゃって、外にも並んでいるんです」
マネージャーと有田は顔を見合わせて、ステージの影から会場を確認すると、二人でしばらく対応を検討していた。
そして、スタッフや司会進行のお姉さんも交えて協議し、一時間後のステージの前にもう一ステージ追加しようという事になった。
ステージは大盛況に終わった。
「お疲れさまでした」
俺と真希は、他人行儀な挨拶をした。
「いろいろお世話様でした。 大盛況でしたね。 やっぱり北園さんの人気は凄いです」
「いえいえ、ウサギさんも子供に大人気でしたよ」
他人行儀はぎこちなく、二人は必死に笑いをこらえた。
「あっ、そうだ、北園さん、お願いがあるんですけど」
「え? なんですか?」
「一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
実は、これまで二人で堂々と写真を撮った事がなかった。 これには、真希の方が乗り気だった。
「え? 撮りましょう、撮りましょう」
真希のマネージャーが撮ってくれる事になった。
一枚、二枚、三枚……。 真希の納得いく写真が撮れない。
じゃあ、バックをこっちにしましょう。 一枚、二枚、三枚……。
じゃあ、こっち……。
「真希、何枚撮るんだ? カメラも、そちらさんのカメラなのに」
我に返った真希は、マネージャーに耳打ちした。
「えええええええ? 同級生? よそよそしく話すから全然知らない人なのかと思ったよ」
「すいません。 何だか言い出し辛くて」
俺は頭を掻いた。
「それでお前、立候補したのか」
有田もようやく納得した。
「なんだ、そういう事だったんですか」
「こんな偶然もなかなかないですね。 皆さんで食事でもどうですか? 反省会も兼ねて」
その夜は、真希のマネージャーと有田が意気投合し、四人で夜遅くまで騒いだ。