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マスコットグローブ  作者: 三田哲王
15/16

第15話 ラストマッチ(前編)

 時計の針が午前十二時を指そうとした頃。


ソファーで台本に目をとおしていた真希のスマートホンが、着信を知らせた。


「もしもし?」

「真希? 起きてる?」

「うん、お子ちゃまじゃないから、まだ大丈夫」

「ははは、よかった。 七月に沖縄で試合が決まったんだけど、二泊三日で予定とれそう?」

「え? 本当? ちょっと待ってね」


 急いで手帳のスケジュールを確認すると、ラッキーな事に予定は入っていなかった。


「大丈夫だよ」

「そうか、交通手段とかホテルとか、俺が全部手配する」

「本当? ありがとう。 なんだかうれしいな」

「……」


「大河?」


「おう、何だか、今まで真希にはいろいろ助けられたから、俺からのプレゼントな」


「……、どうしたの? 大河……」


「真希は今回、試合会場じゃなくてホテルで待ってて」


 大河の言葉に、何が何だか分からなくなって来た。

「試合……、観ちゃいけないの……?」

「おう、お姫様は部屋で待ってて、俺が迎えに行くまで」

「わかった……」

「じゃあ」

「おやすみなさい」


(大河の様子がおかしい、元気を装ってるけど、いつもの大河じゃない)


 不安で眠れない夜を過ごした。

大河もまた、眠れずにベッドで天井を眺めていた。


 そして、ある日の出来事を思い出していた。


 それは、数日前の話だった


「おい、坂口」

ジムのスタッフルームの横を通り過ぎようとすると、山崎会長に呼び止められた。


「失礼します」


 部屋に入るなり、山崎会長は雑誌を投げつけ、胸元を掴んできた。

「おい! いい加減にしろよ。 俺にどこまで恥をかかせるんだ! ピンチの瞬間、大歓声の中で元トレーナーの声を聞き、我を取り戻せた?」

大声で大河を罵ると殴り、蹴り飛ばした。


 足元に落ちた週刊誌の表紙には、『篠田なぎさが熱をあげるイケメンボクサー、二人三脚のトレーナーとの別れ』と見出しが打たれていた。


「どうせ、お前が週刊誌に売り込んだんだろう」

山崎は立ち上がった大河の胸元を掴むと、前後に大きく揺さぶり、鬼の形相で怒鳴り散らした。


 大河は、それに対して反論するわけでもなく沈黙していた。


「なにしてるんですか。 ふたりとも止めてください」

そんな場面に遭遇し、二人の間に入ろうした篠田なぎさを、大河は腕で制止した。


 その行動が更に山崎を激怒させ、胸ぐらをつかみ、殴りつけ、篠田にも手を伸ばそうしたが、大河はその手を掴んで押し返した。


 収まりが付かない山崎の矛先は篠田に向いた。


「おう、お前もチャラチャラ坂口の前に現れて色目使いやがって」


 そして、大河に最終通告ともいえる言葉を発した。

「坂口、次の試合が最後だと思ってくれ。 ダイヤの原石だといってきたが、俺は、この宝石に興味がなくなった。 また新しいのを見つけてくる。 お姉ちゃんも、もっと光った宝石を見つけた方がいいんじゃないのかい? 金にならない宝石は価値がないんだよ。 まあ、せいぜい次の試合がんばってくれ」


 目を合わせない二人を横目に、山崎はジムから出て行った。


「……どうするの? 大河君……」


「もう、潮時なのかも……。 寂しいけど……」


「辞めるの?」 


「縁がなかったと思って諦めます……」


「真希ちゃんにはどう伝えるの?」


「言わないでおきます。 そして最後の試合が終わったら、勝っても負けても迎えに行きます。 その時、何もかも失った自分でも受け入れてくれるのかプロポーズしようと思います。 なんだかカッコ悪いけど」


「そうなんだ……、でも、あなたたちお似合いだと思うよ、悔しいけど。 真希ちゃんとも一緒に仕事するようになって、今ではなんだか妹みたいなんだ。 妹の幸せの為だったらアタシも喜んで身を引くわ」


 篠田は笑顔を見せると、大河の頬に手をあてた。


「篠田さん、そう……だったんですか……」


 篠田は呆気にとられ、目を大きく開くと大河の顔を覗き込んだ。


「あの……、大河君? 今の今まで、アタシの気持気に付いてなかった訳じゃないよね」

「いや……、あの……、優しい人だな……と……」

大河は小さな声で答えると頭をかいた。


「どこまで鈍感なの? こっちが泣きたいわ」

篠田は顔を左右に振ると、ジムから出て行ってしまった。


「かんぱーい」

「大河がママの店に来たいなんて珍しいよね」

「あら、私の魅力がようやく伝わったのかしら、今日はご馳走しちゃおうかしら」

「あ、大丈夫です。 ちゃんと払いますから」

「だから、あんたはその辺はっきり答え過ぎなのよ。 今日はパスタだかんね」

ママはブツブツ独り言をいいながら料理の準備を始めた。

 

「これ、沖縄のチケットね。 往復の飛行機とホテル、それと、俺が迎えに行くまで暇だろうから、ツアーも申し込んでおいた」

大河はバッグの中から出した封筒の中身を、真希に説明して手渡した。


「那覇空港までは同じ飛行機にした。 席は離れてるけど。 そこから真希は一足先に離島に渡ってて。 次の日、迎えに行く」

「あーよかった。 この前の電話、ちょっと意味深で気になってたんだ。 だって、試合に来るなとか今までなかったじゃない」

「ハハハ、彼女が売れっ子だと、シナリオ作るの大変なんだよ。 それもあって試合当日は別行動にしたんだよ。 しかも、今回は泊まりだから……」

ニコニコしながら真希の顔を覗き込んだ。


「変な事考えてるんじゃないでしょうね。 アタシに何かあったら大変だよ」

悪女のような微笑みで覗き込むと、肩を寄せてきた。


「あっ、そうだ! プレゼントがあるんだ」

大河は鞄の中をゴソゴソ探し出した。


「これ!」

鞄の中から白いマスコットグローブを取り出して、カウンターの上に置いた。

「片方しかないんだけど……、なんだか捨てられなくてね……。 俺が側にいると思って持ってて」

大河は微笑んだ。


 すると、真希も自分の鞄の中から白いマスコットグローブを出し、申し訳なさそうにカウンターの上に並べた。


 無くしたはずのマスコットグローブがどうして目の前にあるのか、状況が理解できない大河は、二つを順に見て悩んでいる様子だった。


「大河は駅ですれ違った時の事って、まだ覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ」

「ふふ、あの時ね、列車に乗って椅子に座ったのね。 これが椅子の上に落ちてるなんて思わないから、普通に座っちゃったの……。 凄いビックリしちゃった。 その時これを見て、すれ違ったのが大河じゃないかって思ったの。 ウチの母と兼一のお母さんって友達だから、大河が兼一達と会ってるっていう話を聞いた事があったの。 それで連絡とってもらって……」

「それで、あの日の呑み会に現れたって訳だったんだ……」

「うん、そういう事」

真希は微笑んだ。


「じゃあ、このマスコットグローブは大河と私ね! 紐を結んで一緒にしとくね。」

そして、鞄にぶら下げた。


「アンタ達見てると微笑ましいっていうか、自分が悲しくなっちゃうわよ」

ママはウーロン茶を一気飲みしすると、顔をクシャクシャにして上を見上げた。

「あ~、ビールにすれば良かった~」


 試合の二日前、大河の部屋を訪ねると部屋を片付けていた。

その姿を見ていると、何かが終わりを迎えそうな気がして、無性に悲しかった。


「なんで試合の出発を明日に控えて掃除なんかするの? 今日はゆっくりした方がいいんじゃない?」

「おまじないみたいなもんかな? 試合の前に部屋を綺麗にすると気分がいいんだ。 スッキリした気分で試合に臨めるって感じかな?」

 静かに微笑む大河に、そっと抱き着いた真希の頬には涙が伝った。


「今日はなんだか帰りたくないんだけど、試合が一番だから、ゆっくり休んでね。 また、明日」

真希は素早く唇を重ねると、涙を見られないように背を向けて手を振り、急いで部屋を出た。


 試合前日の那覇空港


 野球帽を深めに被り、大きめのサングラスで顔を隠した真希が到着ゲートから現れ、時間差でマスクをした大河が現れた。


二人は人の流れに隠れるようにして進むと、滑走路に向いた人けの少ないベンチに腰掛け、顔を合わせないように話し始めた。

「窓から見た海の色、綺麗だったね」

「ははは、残念ながら俺は真ん中の席だったから、まるっきり見えなかった」

「そうなんだ、私、虹を上から見たの初めて」

「俺も見たかったな」

「いつか、一緒にみれるといいね」

飛行機を見つめながら微笑んだ。


 大河はジーンズのポケットからスマートホンを取り出し、時間を確認した。

「真希は乗り換えだね」

「うん。 ごはんはどうするの?」

「俺は、今夜の計量が終わってからホテルで食べるよ」

「あっ、そうか、計量あるもんね。 明日頑張ってね。 でも、結果ドキドキする……」

「結果は俺が直接伝えたいから、ホテルに迎えに行くまで待ってってね」

「うん。 じゃあ、電源切っておこうかな、いろんな人から情報が入ってきそうだし」

「それ、いいね。 じゃあ、俺もここで切るか」

「うん、そうしよっか」

二人はお互いのスマートホンを並べた。


「おんなじ写真だね」

羽田空港の展望デッキで一緒に撮った画像が待ち受けに設定されているスマートホンの電源を、同時に切った。


「明日の十八時十分の最終便には乗れるから、夜ごはんは一緒に食べれるかな?」

「顔、腫れないようにね。 ごはん食べに行けないよ」

真希は大河の頬をそっと撫でた。


「それじゃ、明日」

頬に触れた真希の手を握って微笑むと、ゆっくりと立ち上がり、厳しい顔に変わった。


「乗り換え、遅れんなよ」

「うん、がんばって」

 真希は、立ち去ろうとした大河の手を力いっぱい握って引き寄せると、サングラスを外してじっと目を見つめた。


「アタシんとこに、無事に帰ってこなかったら……、承知しないよ!」

「解りました。姉さん!」


 真希の唇に軽くキスすると、人の波に消えた。

真希は唇を指でなぞって、その感触を確かめていた。


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