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畏怖


 大慌てで駆けつけたミリアさんは、ハチのピンチを伝えたかったらしい。わざわざ教えてくれたミリアさんには申し訳ないけど、ハチが危ない目に合っていると言われても正直なところ心は全く動かなかったけれども。そもそも、ハチは元々は僕を殺そうとした敵でだったわけだし、今ではただの変態だ。僕に冷たいことを言われるたびに体をビクンビクンさせて喜ぶ、ただの変態だ。


[二度言ったね。変態って二度言ったね。まあ否定はしないけどよ]


 ちなみに今、僕はまた一人でベッドの上に寝そべっている。ミリアさんが駆けつけてすぐ、グレンザムさんがやってきてミリアさんを連れて行ってしまったからだ。随分慌てた様子で、グレンザムさんはミリアさんを部屋の外に連れて行った。どうやら、本来ならばこの話は僕には伝えないつもりでいたらしい。僕がハチを助けに行くとでも思っているんだろうか。


[まあ、まだ病人扱いされてるわけだしな。にいちゃんに無理させちまったせいだ、ってみんな思ってるみたいだし、今回の話もにいちゃんの耳には入れないつもりだったんじゃねえの?]


 別に聞いたところで、って感じなんだけど。まだ病人だと思われてるなら、もう寝なおしてもいいよね。


[いいんじゃねえの? でもよ、にいちゃん]


 話しかけないでよ。これから寝なおすんだって。


[その割には、拳に力入ってるみたいだぜ]


 これはおっさんをどうやったら無惨にむごたらしく痛めつけられるか考えてるからだよ。ほっといてよ。


[えっ。……まあなんでもいいけどよ、いい加減暇だろうし外に出るきっかけにはなるんじゃねえか?]


 確かに。暇で仕方ないな、とは思ってたんだよね。


[今、みんなで対策でも練ってるんじゃねえかな。なら、集まってるところににいちゃんが出てってもそこまで怒られねえかもしれねえぜ。詳しい話聞かせてもらって、散歩がてら様子見に行くってのはどうだよ?]


 暇だし、それもいいかも。これ以上、体の心配して寝させられるのも辛いし。


[よく言うぜ。ホントのところ、寝すぎてもう眠くないだろ?]


 まあ、ここの所よく寝てるしね。寝そべってるのに、寝れないってのは辛いかもしれない。うーん。ハチのことなんて別にどうでもいいけど、この悪循環を抜け出す理由にはなりそう、かな。


[あーはいはい。そうだねおじさんもそう思うよ。じゃあちょっと行ってみようぜ]


 しょうがないなあ。おっさんがそこまで言うなら、そうしようかな。


[やれやれ。にいちゃん、ほんと素直じゃないよな。男のツンデレなんて需要ねえぜ?]


 何の話かわからないけど、ほっといて欲しいな。じゃあいきますか、暇つぶしに。

 きっと皆、ガイナルさんの家に集まってるに違いない。そして、情報を絞り出されていることだろう。


◆◆◆◆◆◆


 案の定、ガイナルさんの家にみんな集まっていた。ガイナルさんにグレンザムさん、ミリアさんにエマ。グレンザムさんが連れ帰った弓使いのなんとかさんに、無視子さん。そして、何故か傷だらけのオスタウロス達が、悲痛な顔を寄せ合っていた。


[そろそろ仲間の名前、覚えような]


 真っ先に僕に気付いたのは、入口に近いところにいたミリアさんだった。次にエマが僕に気付き、驚いた表情を浮かべている。グレンザムさんたちは、難しい表情でオスタウロス達の報告を聞いて僕には気付いてないようだった。


 僕は邪魔にならないようにミリアさんの隣に移動した。聞こえてくる会話の端々から、ハチがマネルダム家の当主代行、つまり声の大きいおじさんの娘と戦っていることや、オスタウロス達が傷ついたハチを置いて逃げてきてしまった事がわかる。そして、どう対策を取るかで皆は頭を悩ませているらしい。


[ふーん。ドロップス使ってミノタウロスの三兄弟だけ逃がすなんて、あいつもなかなかやるじゃねえか。助けに行きたいけど相手が問題、ってとこだな。いきなり公爵家令嬢と正面からぶつかるのは、ガイナル達には避けたいだろうぜ]


 要点の説明ありがとう。やれやれ、ほんと面倒なことばっかりするなあ、ハチは。この際、ほっとくってのはどうだろう。


 僕が内心溜息をついていると、魔人さんと目があった。どうやら僕に気付いたようで、そしてすぐ目をそらされた。その動きを見てか、ガイナルさんもこっちを見て、申し訳なさそうに口を開いた。


「魔王殿よ。出歩いてはならぬと何度も言っておるじゃろうに。それで、ハチの事じゃが……」


「もう体の調子はいいよ。で、ハチは助けに行けない、ってことでいいの?」


「……うむ。ゼネットが言うには、今のマネルダム家の全権は、ハチと戦っているリリアナにあるらしいのじゃ。つまり、迂闊に手出しをすれば我々のいる場所が政府の奴らにバレかねん。ハチを無事助け出せたとして、四大公爵家とまともにぶつかり合うだけの準備が、こちらにはないのじゃ。そもそも……」


 そこで、ガイナルさんは皺を寄せてさらに困ったような顔をした。


「そもそも、何?」


「ハチがまだ無事とは、限らん。イース達は、ハチが時間稼ぎをしている間に逃げてきたのじゃ。今転移で助けに向かったとして、罠が用意されておらんとも言えんじゃろう。今の状況で助けに行くのは、あまりにも危険なのじゃ」


 なるほど。それで身動き取れなくて困ってる、ってわけか。でも無事とは限らない、っていうのが何だかしっくりこないな。そうだ、ミリアさんの魔法ならわかりそうなものじゃないか。


「ミリアさんの魔法でハチの居場所、わからないの?」


 僕は隣に座っているミリアさんに聞いてみる。


「迷いの森の中では、索敵魔法が阻害されてしまうようなのだ。何度か試してみたが、ダメだ」


 ミリアさんは、申し訳なさそうに首を振りながらそう答えた。それはつまり……


[……ハチはまだ森の中にはいる、ってことになるわな]


 森かぁ。体なまっちゃってるし、ピクニックがてら行ってみようかな。


「ちょっと散歩に行ってくるね」


 僕はそう言いながら席を立つと、部屋を出た。部屋から聞こえるざわめきは全て無視した。何故かずっと頭の中で歯車が軋み、かみ合う音が響いている。


[おいおい、自覚ねえのかよ。にいちゃん、今グレンザムですら怯える、すげえ顔してるぜ]



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

風涼の月


初代魔王は共に戦う配下を慈しむ慈悲深い方であった。

しかし一方、ひとたび仲間が窮地に陥ればかの魔人グレンザムですら怯える怒りを見せ、容赦なく敵を滅ぼしたと言われている。

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