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快復

 寝込んでから数日。僕はと言えば、食っちゃ寝て、寝ちゃ食って、ゴロゴロゴロゴロとダメ大学生の見本のような生活をしていた。といっても誤解をしないで欲しい。僕が望んでそうしている訳じゃなく、僕が起き上がって何かしようとすると、誰かが飛んできてこっぴどく怒られるから、やむなくゴロゴロしてる訳だ。決して僕自身の意思で布団氏と親密になり、毛布嬢を抱きしめているわけではない。


 実のところ、心底退屈していた。僕はあまりの暇さに耐えかねて、どのあたりがみんなが怒るラインなのか探ろうとし、ミリアさんとエマを泣かせ、魔人さんに無言で睨みつけられ、なんとユマちゃんにまでこっぴどく怒られてしまったのである。僕の心が完全に折れたのは、言うまでもないことだった。


 はぁ。それにしても暇だ。

 もう体調も大分いいのに。ちょっとくらい、気晴らしに散歩でもさせてくれないかなあ。


[まあ諦めろよ、にいちゃん。みんな、にいちゃんに無理させたこと悔やんでるんだって。体調が良くなって来てるっつっても、安静にしとくに越したことはねえぞ]


 はあ、一日寝っ転がっておっさんとぶつくさやり取りするのも、もう疲れたなあ。そろそろどこか遠くに行ってくれないかなあ。


[これからもずっと一緒にいような、にいちゃん]


 謹んでお断り申し上げると共に、お滅びになることを切にお祈り致します。


[そんなもの祈るんじゃねえ。しっかし、にいちゃんよ]


 話しかけないでください。


[おじさんはそんなことで心が折れたりはしない。でな、最近さ。ヤツの姿が見えないよな]


 加齢臭がすんごいので口を開かないでください。


[おじさん口は開いてないからね。そもそも体もないのに匂いなんてしないからね。でも兄ちゃん。匂いの話は避けるのは大人のマナーだからやめよう。でな、最近ハチの姿が見えないよね]


 ハチ……? 

 蜂なんて見かけたくないよ、怖いじゃん。


[こらこら。仲間の名前忘れるなんて、おじさんよくないと思うな。ほら、にいちゃんの従者名乗ってるあいつだよ]


 いたっけ?


[元看守だって。あのウルフへジンのさ]


 …………?


[ほら、ドエムで変態の。すげえバカっぽい顔の]


 ………………!!

 ああ、あの変態で駄犬でせっかくのケモミミ枠を無駄遣いしてるヤツね。


[そうそう、そいつ。もうずっと姿見てないよな。にいちゃんが寝込んでるのに見舞いにも来ないなんて、あの忠犬振りからは信じられねえぜ。一週間くらい経つんじゃねえか? まさかまだ宝具探してるわけでもあるまいし]


 平和でいいと思う。せっかく忘れかけてたのに、思い出させないで欲しいよね。どうせハチのことだから、その辺の原っぱで蝶々でもおっかけてたら帰ってこれなくなったんじゃないの。 


[……だといいけどよ。しかしにいちゃん、だいぶ調子がよくなったみたいだな。脈拍も安定してるし熱もない。体の中にあったウイルスももう消えてる。感謝しろよ?]


 むしろやっと役に立ったね、と僕は言いたい。

 詳細は割愛するけど、おっさんが僕の病の症状から過去の記憶を呼び起こし、今では失われた治療法を思い出すまでの間、僕はかなりの窮地に追いやられたのは事実だ。確かに、原因不明の病の治療法をおっさんが知っていたおかげで、僕の体調はすっかり良くなったと言えなくもない。でも、そもそも異世界旅行から一転、こんな散々な目にあってる原因の一端は、間違いなくおっさんにあるのだからわざわざ感謝してやる義務はないわけで。だから、治療でひそやかに大活躍だったシーンは割愛しようと思う。きっと需要もない。


 ちなみに、どうやらこの病とやらは、風邪のような症状からはじまり、高熱が続き、ゆくゆくは皮膚が紫色になり、最終的には元の色に戻り、目が劇画調になってひと月ほどで自然に治るという奇病なのだそうだ。奇病にもほどがあると思う。僕はあやうく手足が紫色になりだしたあたりで難を逃れたが、目が劇画調になっていたらと思うと、心底ぞっとする。


「はあ、暇だ」


 ただ、困ったことがある。おっさんの活躍はいまいち僕以外には伝わりにくい。だからこそ、仲間のみんなはまだ僕が完治したということを信じてくれずにいるわけで。


「暇で暇だから暇に暇を暇しているわけで」


 こう、ぶつくさ病室の天井を見上げながらつぶやくくらいしか、することがないという状況に陥っている。まあ、僕が伝染病だと知っても逃げずに心配して、看病してくれる仲間たちには感謝してるんだけど。仕方ない。時間を有意義に使うためにも……。


「履歴書でも書こう。磨き切った履歴書を、さらに完璧なものにしよう」


[その思考回路、もはやそっちのほうが奇病だな。しかもかなり重症だ]


 僕はおっさんのつぶやきを無視して、ベッドから体を起こした。


「すぐる! 大変だ!!」


 ミリアさんが僕の部屋に飛び込んで来たのは、その時だった。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

風涼の月


旧ブガニアの悪政により、大地は痩せ細り、穢れきっていた。

地より生まれた瘴気はやがて天空大陸全土を覆いつくし、かつての青空は淀んだ紫色に濁っていたと言われている。

瘴気に呼び寄せられ病魔が全土にはびこり、民は次々病に倒れた。

それどころか、やがて初代魔王閣下すらも病魔は蝕んだ。

しかし魔王はそれでも、立ち上がることをやめなかった。

魔王の怒りに、病魔すらも逃げ出したと言われている。

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