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窮地

 こいつは、やっかいだ。新たな敵を目の前に、満身創痍で体は思うように動かず、三兄弟も傷ついているときている。しかし、あの女が相手なら時間を稼ぐアテはある。あまり使いたい手ではないのだが、そうも言ってられないだろう。


 この女は、私の旧知だ。決していい関係だったとは言えないが、扱い方は心得ている。私は覚悟を決めると、言う事をきかない体を何とか動かして立ち上がる。そして、そばで辛そうにしているイースを呼んだ。


「イース、二人を連れて逃げろ。ここは私が何とかする」

「……叔父貴は?」


 気遣うイースの表情は苦しそうに歪んでいる。

 こいつらだけでも、無事に拠点まで帰らせなければならない。今ここで我々四人が敵の手に落ちれば、いずれは我々を心配した仲間がやってくるだろう。グレンザムやあの雌犬ならまだしも、私を心配してご主人様自らここに駆けつけてしまったらと考えると、のんびり休んでもいられない。あの無敵と理不尽を体現しているご主人様が敵に敗れることはないだろう。しかし、ご主人様に自らの失態で危険に近づけてしまうことだけは、従者としてあってはならない。蔑まれるレベルで失態を納めることこそが、私の使命。私の誇りでもある。


「何、殺されはせんだろう。いけ」


 所々が悲鳴を上げている体で、イースを立たせながら私は答える。こいつらが現状を報告することさえ出来れば、拠点の仲間が何か方策を練ってくれるだろう。今私がするべきことは、三兄弟が逃げるまで時間を稼ぐ事だけ。私はそう、思い定める。


「早くいけ! 弟達と逃げろ、イース!」


 未だに逃げようとしないイースを一喝すると、震える足を一歩、リリアナに向けて私は踏み出した。よろける体を、気力で締め上げる。ふらつく足で、地を踏みしめる。


「あらあら。公爵家のご子息ともあろうものが、そんなにボロボロに汚れて。あなたはいつもそうですわね、ウィッセ」


 閉じた羽扇子をつきつけ、リリアナ・マネルダムはさも気の毒そうな視線で私を見下ろしている。この女こそ、いつもそうだ。私を蔑み、軽んじる。私を見下ろし、私をコケにする。何一つ変わらない。


「……ふん。先ほども思ったが、貴様ではやはりダメだな」


「なにが、かしら」


 きょとんとした顔で、リリアナが少し首を傾げた。やはり、いきなり命の奪い合いにはならなそうだ。ならば、時間稼ぎ代わりに話に付き合ってやろうではないか。私は拳を握りしめて突き上げ、高らかに宣言する。


「貴様にコケにされたところで、ちっとも興奮しない! 微塵もだ! 私が蔑まれて喜ぶのはただ一人、ご主人様だけだ! それ以外の何物も、私を蔑むことは許さん!」


「……あらあら。随分変わったのですわね、あなた。狂犬が随分と飼いならされたものだわ。ご主人様、と言ったかしら。どんなお姫様を見つけたら、暴れ好きで危険に身を晒したがるあなたが、そこまで変わるのかしら」


 興味を持ったのか、リリアナは閉じた羽扇子をそのまま口元に運びさらに首を傾げる。三兄弟が逃げる時間を稼ぐためにも、ご主人様についてもう少し説明してやろうではないか。それにしても愚かな女だ。大きな勘違いから正してやろう。


「姫? 失礼なことを言うな。私が主人と崇めるあのお方は強くたくましい、立派な男性だぞ。そしてゆくゆくは、魔王となるに違いないお方だ!」


「……は?」


 今度は首が折れそうなくらい、リリアナは首を傾げた。


「だから、未来の魔王だと言っているのだっ!!」


「……それも気になると言えば気になるのですけど、わたくしが聞きたいのはそれより性別ですわ。あなたのご主人様とやらは、女性ではないのかしら」


「うむ」


「そういうこと、だったんですの。わたくしは少しでもあなたに……まあ、いいですわ」


 何故か、諦めたようにリリアナは肩を落とした。ご主人様の偉大さがわからぬとは、不憫な女だ。


「それにしても、父を捜してあなたを見つけるとは、奇妙な縁ですわね。確かあなた、死刑囚と行動を共にしているとか。では、ご主人様とはその外世界人の死刑囚かしら?」


「バカめ。ご主人様はご主人様だ。それ以外の別の認識を私が持つ必要はない。それに、知ったからと言ってどうするというのだっ!」


「教える気がない、ということかしら。あなたは本当に、昔から何一つ思い通りにはなってくれないのですわね」


 リリアナは羽扇子を開いて、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「ひとつ聞きますわ。ここは、母の眠る場所でもありますの。大人しく捕まって、素直に全てを話す気はありますこと? そうすれば、私の召使いとして生かしてあげてもよくてよ」


「ふん。下らぬことを聞く。私がご主人様を裏切るわけがあるまい! それに鼻がバカになっている今、貴様の毒香をいくら受けても大差ない! いくぞ!」


 私もまた、リリアナに向けて足を踏み出した。



**白皮の日記帖より抜粋**


※この日記帖は、旧ブガニア時代後期、高い身分にあったものの筆であるとされている。

その記載内容には黒皮の日記帖に通じる記載が多くみられ、同人物によるものではないかとの説もあるが、詳細は明かされていない。


――――以下引用


七月一四日

マネルダム家の娘が年頃になったと聞いたので、帰省のついでに会いにいってみた。あんなにかわいらしかった娘がいつの間にか大人の女になっていて、成長の早さに驚く。明日も会いにいってみよう。


七月一五日

再び、マネルダム家を訪ねる。娘が「昔のようにお馬さんごっこをしたい」と言ったので、喜んで乗せてやった。鞭で叩かれすぎて、尻が痛い。


七月一八日

例の娘から、手紙が届いた。手紙には「呼ばれないと来ないなんて無能ですわね」と書かれていたが、さっぱり意味がわからない。とりあえず使いの者を殴り飛ばし、憂さ晴らしをした。


七月二〇日

また、手紙が届いた。封をあけた途端に昏倒したようで、目覚めるとベッドの上だった。

そう言えばあの娘が子供のころにも、同じような方法で毒を盛られたことを思い出した。あの娘に会いに行ったのは失敗だったかもしれない。実家を離れ、ナンパにでも行くことにする。


七月三〇日

何の出会いもなかった。

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