毒
それにしても、おかしい。
私の体はこんなにもご主人様を慕う気持ちで満たされているというのに、何故ここまで体の調子が戻らぬのだろうか。
骨まで砕けた右腕は、未だに所々から骨が飛び出し、血を流し続けている。
ボムの爆風で焦げた肌も、普段ならばすぐ治ってしまいそうなものなのに一向に治る様子がない。
何だと言うのだ。
ご主人様が私を蔑むように見る目を脳裏に浮かべてみても、私の存在そのものを拒絶するかのような鋭利な言葉を思い返しても、体が回復しない。
これは……。
これは異常事態だ。
私の体がご主人様に反応しないなど、あってはならない。
我が主への愛に、一切疑う余地はない。いつでも常にご主人様を想っている。それは、間違いない。
もしこの不動の忠義が正しく体に作用しないと言うならば、何かが起こっているのは私の体だと見るべきだろう。
「……イース」
声を抑えて、末弟を殴りつけているイースを呼ぶ。
幸いダルのしつけにひと段落ついていたらしく、すぐに気付いてやってきてくれた。
「おうどうした……って、叔父貴ぼろっぼろじゃねえか。大丈夫かよ」
イースは私を見て、驚いたように目を見開く。
私の体の傷に気付いたようだ。
「大丈夫ではない。それより、よく聞け。声を静めろ。いいか。恐らく、まだ敵がいる」
「……どういうことだ」
イースは来るだけ表情を変えず、続きを促す。
こいつを呼んでよかった。
倒れた私を介抱するように自然にしゃがみこんだイースを見て、私は安堵する。状況を正しく理解してくれているようだ。
「傷の治りが、恐ろしく遅いのだ。体に力も入らん。あのデカブツと戦っている間に、何か攻撃を受けたらしい。お前らは何ともないか」
「ああ、何ともねえ。カヌとダルも変わりはなさそうだったぜ」
私の腕の具合を確かめるような仕草をしながら、イースは口をあまり動かさずに答えた。
ふむ。私だけが、何かされたと言う事か。
とは言え、周囲に気配らしいものは何も感じない。更に辺りを探るべく、私は鼻をひくつかせ……。
「くそ……忘れていた。あの手がかりの花のせいだ」
己の鼻が利かなくなっていることを、思い出した。
あの花の匂いは私には強すぎた。
確か目的地を見つけ、匂いが強くなった辺りから、この鼻は機能していない。
あの強烈な匂いの中に毒でもあったというのか。
いや。それならばもっと前から効果が出ていてもいいはずだ。
遅効性の毒か。何故、私だけに効いている。
そもそも、私は一体いつから体調が悪くなっていた……?
ダメだ。主の下を離れ、数日。
寝不足も、長旅も。見知らぬ悪臭も、通常よりはるかに強力な敵も。
なにもかもが判断を鈍らせる要因になっている。
さすがに、これ以上は無理か……。
「イース、逃げるぞ。最後にドロップスを設置したのは、森の外だったな」
「ああ。そこまで戻るか?」
「いや、拠点に帰る。まさかゴーレム以外にも敵がいるとは思わなかった……これ以上は戦えそうにない。敵が姿を見せる前に……おい、どうした」
イースが、私を支えていた腕を突然放した。
「お、叔父貴。どうやらオレも調子が……気持ち、悪い……」
「おい! イース、しっかりしろ……おい!」
何故だ。さっきまで元気そうだったイースが、何故倒れる。
「カヌ! 無事か!」
慌てて背後を振り返れば、やはりカヌとダルも息を荒げて地に手を着いていた。
どこで攻撃を受けている……。
「わたくし、荒事は苦手なのだけれど」
どこか聞き覚えのある、声がした。
「これだけ嗅がせれば、大人しくしてくださるかしら。嫌になってしまうわ、父の目撃情報を聞いて来てみれば、公爵家の恥さらしがいるんだもの」
少し離れた茂みが揺れ、一人の女がこちらへ歩いてくる。
そうか。
墓の主が誰だか、そしてマネルダム家が何を以って国を支える財産を得たのかを考えるべきだった。
香に、毒。
どちらもあの家の専売特許ではないか。
女は今まで見た中で一番色気のない服装だった。
考えてみれば、ドレス以外を着ているのは初めてだ。
しかし、あの男が着る作業着のような姿でさえ、隠し切れない美しさと毒々しさを、感じる。
彼女がいつも手にしている羽扇子は、やはり手の内にあった。
姿を現したのは、リリアナ・マネルダムだった。
**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**
王国の金庫番マネルダム家の歴史は公爵家としては一番浅い。
初代マネルダムは領主自らが各地を放浪し、苦しむ民を救い歩く事から『放浪の薬箱』と有名ではあったが、下位貴族の一つでしかなかった。
しかしこの善行が評価され、病弱だったブブガニウス三世の専属医として取り上げられると、当時戦乱で怪我人溢れる旧ブガニア王国では初代マネルダムの作った薬は飛ぶように売れ、いつしか彼らは金庫番として大陸を覆うほどの財を手に入れたと言われている。
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