献身
砕けた岩が降り注ぐ中、私はバランスを崩して腕をついたゴーレムを睨んでいた。
何とか片腕を無効化する事は出来たものの、まだあの巨拳はもう一つ残っている。
ゴーレムの対峙した私の右腕は、骨が肉を突き破り、裂けた肉から噴出した血は体を赤く染め上げていた。
傷が治るには少し時間がかかるだろう。
痛みを感じぬゴーレムと戦うには、戦力があまりにも頼りない。
「イース! ダルはどうにか出来そうか!」
ゴーレムを警戒したまま、私は後方に聞こえるように叫んだ。
血を流しすぎたせいかはたまた力みすぎたのか、頭が少しふらつく。
「叔父貴! とっつかまえはしたが、このバカ逃がすのはちと手間がかかりそうだ!」
「言う事聞きゃしねえんだよこのバカ! どうする、叔父貴!」
二人の返答に思わず舌打ちが漏れそうになる。
残る片腕であのゴーレムを倒す事も出来なくはないかもしれない。
しかし、失敗すれば三兄弟が危うくなるだろう。
逃げるか……。
いや。逃げるのもまずい。あのゴーレムはどこかおかしい。
本来なら、ゴーレムはさまようだけの木偶人形のはずだ。
なのに今ゆっくりと体を起こし始めているあのゴーレムは、どうみても私たちを狙い、敵視しているようにしか見えない。
今思えば、我々が目的地に近付くのを見計らったかのようなタイミングで現れたのも気になる。
ヒゲ公爵は彼の妻の墓であのゴーレムを見たと言った。
偶然二度現れたと考えるよりは、このゴーレムは墓の付近にしか現れないと思ったほうがいいだろう。
であるならば、周囲をうろつくだけの普通のゴーレムとはやはり何かが違う。
あのゴーレムがもし、墓を守る、または見張っているとすれば。
外敵を追い払うためにここにいると、するならば。
私がここで逃げたとて、ご主人様に降りかかる脅威を減らした事にはならない。
宝具を見つけ出す事が出来ていない以上、いつかまた訪れなければならない事は確実だ。
いずれこの地に再び訪れれば、あのゴーレムは執拗に我々を襲うかもしれない。
動きが遅いとは言え、あの力は脅威だ。
私は決心を固めた。
このゴーレムは、放っておく訳にはいかないだろう。
「おい叔父貴! 一回逃げるか!?」
「ダルとっ捕まえて、拠点戻ろうぜ! 叔父貴ももうボロボロじゃねえか!」
等と後ろで二人は騒いでいるが、
「黙れ!」
私は一喝してやつらの意見を遮る。
「ここで逃げて、どうする? 我らがそれぞれ主と崇めるものたちに、助けを求めるのか。少しでも楽にしようと思って出てきた我々が逃げ帰って頼むのか! 助けてくれと!」
ご主人様の力があれば、あのような石の塊などすぐさま倒せるのは間違いない。
だがそれでは、私が従者でる意味がないではないか。
疲労して倒れたご主人様をあてにして逃げるなど、あってはならない!
「ダル! エマに頼むのか。助けてくれと」
そして、一番の愚か者にも、私は叫ぶ。
「おい叔父貴……」
イースの驚いたような声がした。
しかし私は構わず続ける。
「泣きつくのか! お前の姉を思う心は、少し離れた程度で正気を取り戻す程度だったのか、ダル!!」
「ま、まずいって……あのバカがまた暴れ出したらどーするんだよ」
カヌの困惑したような声。
だが、既に言葉は発してしまった。
ダルのぼやけた思考は、既にエマを思い出しつつあるだろう。
「目を醒ませ、ダル! お前は……そしてお前らは! 主に頼りにされたくはないのか!!」
腕が痛む。
眩暈もひどくなる一方だ。
しかし、私は腹に力を込めて吠える。
「肩を並べて共に立ちたくはないのか!!」
ゴーレムは完全に立ち上がっていた。
片腕を失い、バランスが取りにくいのか傾いたその体はどこか滑稽に見える。
それでも地を揺らしながらこちらに近付いてくるゴーレムの姿は、先ほどより圧迫感が増したようだった。
「ダル!」
「お、叔父貴。ごめんな、迷惑かけた」
久しぶりに聞く元のダルの口調に、少しばかり安堵する。
しかしのんびり構えてはいられない。
「そんな事はいい! それより、アレを用意しろ! パイナから預かったあれだ! もう逃げようとは思わんだろうな!」
片腕でどこまでやれるかはわからない。
普通に殴り合っても、もう片腕を壊すのがせいぜいだろう。
不本意だが、頭を使わねばならないようだ。
**魔王年代記より抜粋**
紀元前二年
風涼の月
魔王閣下は一歩、また一歩と天空大陸を旧ブガニアから救うべく、覇道を踏みしめ始めていた。
しかし閣下に付き従う従者達は、閣下の傍で絶えず苦悩していたと言う。
恐るべき力と求心力を持つ初代魔王閣下だが、閣下をいかに慕おうと出来る事はあまりにも少なかった。
従者達はその身を恥じ、役立てる機会を求めていた。
配下の献身もまた、閣下が僅か二年で天空大陸を制覇した要因の一つと言えよう。




