土塊
ゴーレムは体を完全に地中から引き抜いていた。
沢山の岩が集まって作り上げたその体は見るからに堅そうで、巨体をもってしてもまだでかすぎる拳は、見るものに威圧感を与える。
頭と言うべき部分にある岩は天にむけて角のように伸びた形をしていて、それは既に滅びたと言われているオーガを連想させる姿だった。
駆け寄っていくダルの巨体が小さく見える。
放ってはおけない。
急いで駆けつけなければ、いかなミノタウロスと言えど無事ではいられないだろう。
「イース! カヌ! 私がゴーレムを引き寄せるからダルを引き離せ!」
私は後ろを走る二人に声をかけ、ゴーレムに向かって駆け出した。
しかし、走りながら私はどうにも不安を拭えなかった。
ゴーレムはたまに遭遇すれば騒ぎにはなるが、そこまで一般的なモンスターではない。
よりによってこんなに手強そうなゴーレムが、どうしてピンポイントでここに現れると言うのだ。
ゴーレムは重たげに体を動かし、我々の方に向き直ろうとしている。
もう、ダルはゴーレムが腕を伸ばせば届きそうな位置まで近付いていた。
近付けば近付くほど、馬鹿でかいゴーレムだった。
まともにやりあえば厄介なのは間違いない。一先ずダルから気を逸らす事を優先しなければ。
「でやあぁぁっ!」
全速力で駆けつけた私は、そのままの勢いでゴーレムに飛び込む。
強靭なこの体を持ってすれば鉄檻でもひしゃげさせる自信があるのだが……。
「ちっ。このでくの坊め……五体無事のままとは、かわいげがないではないか」
この質量の前では、やはり攻撃は通じにくいようだ。
獣人へと姿を変えつつ、私は一人呟いた。
「ギギギィ」
金属の擦れるような唸り声と共に、周囲が暗くなる。
ゴーレムがその大岩のような拳を私に向けて振り上げた。
「ふふ、何だ貴様。でくの坊の分際で唸り声をあげるとは、いい度胸ではないか」
私はいつでも飛びかかれるよう身を屈めつつ、ゴーレムに向き合った。
のろまの攻撃と言えど、もし当たればしばらく動けなくなるだろう。
だが、闘る気になってくれたというならば狙い通りだ。
「いいぞ、こっちだ。かかってくるがいい!」
魔王の従者名乗る以上、土塊の親戚にやられてはいられまい。
選び抜かれた戦士の力を見せてやろうではないか!
「うおおおおっ!」
再び、駆ける。
無造作に片腕を振り上げているその様子は、私から見れば隙だらけだった。
地を蹴ってゴーレムに飛びつき、がら空きの胴を足場に更に跳ぶ。
「バラバラにしてやるわっ!」
鉄をも裂くこのワーウルフのツメだ。
石くれなど容易く貫く、はずだった。
―ーキンッ。
「なっ……」
伸ばしたツメは、ゴーレムの表面で止まっていた。
「オオ……」
「っく。なんと言う固さだ……」
私は身を翻し、ゴーレムから距離を取る。
「ギギィ! ギギギギィ!」
激昂したように唸り声を上げながら、ゴーレムは吠える。
両手をドスドスと地に打ち付けるその様子から見るに、肌を裂いたほどの痛みは感じているのかもしれない。
震動で木々が揺れ、葉が舞い散る中で私は背後の三兄弟を振り返った。
「ダル! こっちだ! こっちへこい!」
「ばっかやろう、キョロキョロしてねえで逃げるんだよ!」
と、イースとカヌが必死にダルを呼んでいる。
しかしダルは
「わぁ。おにいちゃん! みて、はっぱがふってきたよ!」
などと声を張り上げるばかりで、兄達の方に行こうとはしていないようだった。
もう少しばかり時間稼ぎが必要なようだ。
「オオ! オオ!」
ゴーレムは未だに暴れている。
ならば、その隙に壊せそうな場所を狙ってみようではないか!
揺れる地面から近くの木々を利用して私はゴーレムの頭上高くまで跳びあがる。
狙いは重い拳をぶら下げている割りに貧弱な、肩だった。
充分な高度を取り、ゴーレムに向けて木の皮を思い切り蹴りつけようとし……。
しかし、私の脚は、蹴ろうとした足場を見失って宙を切った。
「しまったっ……スロウル・ウッドだったかっ!」
踏み場にするつもりだった木は、私を避ける様に少しずつ離れていく。
迷いの森での戦いだと言う事を思考の外に追いやっていた。
体勢を崩した私の体は地上へ落ち始め。
「叔父貴! あぶねえ!!」
ゴーレムの拳は、私を打ち上げんばかりに腰溜めに構えられていた。
何たる不覚か!
このままでは、いかなウルフヘジンと言えど大怪我を……。
いや。動く大岩風情に大怪我をさせられて、何がご主人様の側近か。
そんな覚悟でご主人様の足を舐めさせてもらえるか!
この体に腰掛けてもらうことが、出来ようか!!
拳に。体に力が宿る。
病に伏したご主人様に心配をかけるような事があっては、決してならない!
ゴーレムがいくら堅いと言えど、不滅ではあるまい!
「不滅なものは、私のご主人様への愛だけで充分だっ!!」
指が掌を突き破るのではないかと思うほど、私の拳には力が漲っていた。
「はあぁぁぁぁっ!」
気合と共に、眼前に迫り来るバカでかい拳を殴りつける。
ぶつかりあう圧力に拳が耐え切れず血が噴出したが、かまってなどいられない!
「ご主人様あぁぁぁ!!」
そのままの勢いで、砕けた拳を更に私は振りぬいた。
――ピシ。
ゴーレムがいかに硬質と言えど、不滅の堅さを持っている訳ではない。
――ピシシシッ!
目の前の巨拳に、ヒビが走っていく。
「ギイイイィィ! ギギギイィィィッ!」
ゴーレムの悲痛な声と共に、巨大な拳は粉々に砕けた。
私の右腕も骨まで砕けているが、時間を置けば治るだろう。
なによりこの程度の痛み、ご主人様の与える痛みに比べれば風が毛を撫でるようなものだ。
**魔法省研究所日報**
創立暦三十四年
五月二十七日
『プロジェクト・N』では、『N』自体が大変希少である為、番号の若い検体では涙魔法とモンスターの適合性についての調査を行っている。
本日、『三番』が期待通りの成果を上げられたので、これは今後の検体実験に生かされるだろう。
『三番』に組み込んだのは身体の増強魔法と服従魔法。
検体には天空大陸をさまようゴーレムを使用していたため、捕獲はやはり困難を極めた。
予定通りの成果を得ることが出来て、プロジェクトチームは胸を撫で下ろしたことだろう。




