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報告

 首都ブガニアは、一部の場所を除いて静けさに満ちていた。

既に時は夜更け。

テロによる非常事態宣言があった後にも関わらず、街の住民は保安部(キーパーズ)と軍に対する、住民の信頼の表れなのか既にベッドの上で安らぎを得ているようだ。


 賑わっているのは、二ヶ所。

テロ警戒宣言をモノともせずに賑わう繁華街と、対策に負われる国家の柱、パイロンだ。

パイロンは夜の最中でもいくつかの窓から灯りが漏れ、その中では職員達がテロへの対策や事実確認に奔走しているのだろう。


 そして今、パイロンの屋上に空から影が一つ舞い降りた。

その影は屋上の薄ら暗がりで大小二つの影に別れ、小さな方はやや急いだような足で屋上出入り口へ向かいだす。

影……引き締まった体を細かく採寸した背広で包み込んだ男の名は、コーエン・クライク。

ボナムド商会暗部に所属する、通称『係長』と呼ばれる男だった。


 彼は長旅を終え、旅の汚れを落とす事無くパイロンを訪れていた。

コーエンが着ている服は、よくよく見れば汗染みや汚れが目に付く。

急いでいる理由は一つ。

雇い主であるキドルに、急ぎ伝える事があったからである。

キドルの執務室を目指すコーエンの足取りはやはり忙しなく、報告の重大さが伺えるものだった。



 夜も深いにも関わらず、コーエンはキドルの部屋のドアを叩く事を躊躇しない。

彼が起きているだろう事は()を飛んできたコーエンには、良くわかっていたからだ。

「……どうぞ」

案の定、ドアを叩いてすぐ返事がある。

しかし厚い扉の向こうから帰ってきたキドルの声は、明らかに疲れを含んだものだった。


 コーエンが部屋に入ると、キドルはデスクから立ち上がり部屋の中ほどにある応接卓へ移動した。

そしてコーエンが向かいに座るや否や、話を切り出す。

「お帰りなさい、なのです。この時間に来ると言う事は、北で何か収穫があったのですね」

いつもは身なりを整えて訪れるはずのコーエンが、着替えもせずに客先(・・)を訪問するほど重要な情報だと確信している様子である。


 コーエンもその事は理解しているのか、早速口を開いた。

「夜分に失礼しました。空からこの部屋の灯りが見えたので、報告は早いほうがいいかと」

「空……どうりで出張費の金額がすさまじかった、のです。そうですか、ワイバーンで北へ向かわれたのですね。ですが」

キドルはそこまで話すと目の光を強め、改めてコーエンを見る。

「ですが、その様子なら支払う額以上のものが期待出来そう、なのです」

その目からは、先ほどまで確かにあった疲れの様子は消え失せていた。


 

「では早速報告を。一つ、北で魔人を発見しました。二つ、北には生存者がいました。しかし、兵とは言えません。そして、三つ目。魔人の弱点を見つけました」

「弱点? あの魔人に弱点、ですか」

キドルはコーエンの報告が腑に落ちない様子だ。

過去、嫌と言うほど味わった魔人の手強さが『魔人の弱点』と言う単語への理解を遠ざけているのだろう。


「寒さです。魔人は体温の低下と共に動きが鈍くなり、脅威ではなくなります。北で魔人と生存者が戦闘する一部始終を見ることが出来ました」

コーエンは目の前の宰相に端的にその弱点を告げ、続ける。

「幸い私がウィスペリア渓谷の傍で様子を伺っている際に魔人が飛来したので、隠れて彼らの遭遇を見ることが出来ました。詳細はこちらに」

そう言うと上着の内ポケットから報告書を取り出し、キドルに手渡す。



「……これは確かに弱点になりうる、と思うのです。突如生まれた霧に、疲弊した魔人。それに、凍てついた地面、ですか。この生存者が使った涙魔法についてはもう少し詳しい情報が欲しいのです。生存者はどうしましたか? まさか、魔人に?」

「いえ……生存者は魔人と共に渓谷を去りました。戦闘の後、二人でしばらく話しこんでいましたが、既に敵対している様子は見られませんでした」

二人から距離を置き、遠眼鏡で一部始終を見ていたコーエンが見たのはそこまでだった。

声を聞くことが出来ればとは思ったが、あの(・・)グレンザムに不用意に近付くのは命取りになる。


「報告書を見る限りでは、生存者はこの弓を持った女性一人で間違いない、でしょうか?」

「はい。二人が飛び立った後に周辺を捜索しましたが、それらしい気配はどこにもありません。女性の生活の跡も見つけたのですが、一人で暮らしていたと見て間違いないかと」

これは予想した質問の一つだった。

コーエンはキドルの問いに、よどみなく答える。


「よく、やってくれました。脅威である魔人に対する対抗策を練る為には、この情報は重要極まりないもの、なのです」

一通り報告書を読み終えたキドルは、少し表情を和らげる。

コーエンを労うその顔は、一見幼い少年のように見えなくもない。

「……いえ、満足して頂けたのであれば幸いです」

そして時折見せる宰相の無垢な表情も、何度か仕事をこなしているコーエンにとってはキドルを苦手に感じる原因の一つだった。

汚れ仕事ばかりしているコーエンには、見せ掛けだけとは言えキドルの幼さや無垢さはどこかむず痒いものなのだ。


「それに……弓ですか。弓と言えばやはりこれはドリットンが持ち去った宝具と考えざるを得ない、のです。これも何とか対応を……」

キドルは一人、思考の世界に入り込みつつあるようだ。

報告はこれで終わりと判断したコーエンは、腰を上げながら口を開く。

「では私はこれで。涙魔法についての報告書は明日の昼までにお持ちします」

席を立ちドアを出るまで、コーエンの別れの挨拶に返事はなかった。

 



**ボナムド商会コーエンの報告書より抜粋**



ウィスペリア渓谷での終始。

渓谷に降り立った魔人の姿は、やがて濃い霧に覆われた為、視覚する事が出来なくなった。

やがて地上から吹き上がる猛烈な暴風が霧を巻き上げ、再び魔人が姿を現す。

しかし、その姿は情報にある魔人の姿からは想像も出来ないほど弱りきっているように見えた。

地面を覆う霜や魔人の震える体から、極度の冷却状態にあったものと予想される。

また魔人を中心に風が吹き上がっていた事から、先ほどの暴風は魔人が使った涙魔法ではないかと推測した。


※暴風の後、魔人の頭髪が極度の螺旋状に変化していた。

不確定な推測ではあるが、魔人が暴風を生み出した以外にも何らかの涙魔法を使用したか、または生存者が使用した魔法が複数あったものであると考えられる。


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