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薄目

 誓って言う。僕は悪くない。

「んっ……やめっ……」

エマの苦しそうに喘ぐ声が聞こえるのも、僕のせいじゃない。

それにしても、普段は悪ガキのような話し方をするくせに妙に色っぽい声だ。


 僕はエマの危機にどうすることも出来なかった。

「離せよ、このぉ」

助けてあげたい。この苦しそうで、どこか切なそうな声。

このままじゃエマが危ない。

そうに違いない。


 でも……。

「も、もやしぃ……絶対こっち……あっ! こっちみるなよぉ……」

とのことなので、苦しそうな声を聞いても僕は何をすることも出来なかった。

地中から伸びた触手は思いのほか素早くエマを縛り上げてしまい、今ではもみもみムニュムニュと至る所に例の触手が絡まっている。

さっきからエマの声が妙に色っぽいようだ。

でも僕はエマに言われるまま目を閉じているから、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。


[いや見てるよね。兄ちゃん薄目あけてるよね。現に今もみムニュしてるって言っちゃったよね]

何言ってるんだこのおっさんは。

危なくなったら助けないといけないじゃないか。

おっさんの話を適当に受け流しながら、僕はうっすら開いた目でエマが触手に調理されていく様に再び注意を向ける。


 何もただ仲間(エマ)の危機を眺めてる訳じゃない。

そもそもこうやってのんびり見えないフリをしているのは、エマがまだ無事だっていう根拠があるからだ。

さっきの無駄ダンディも、服は少し破けてたけど怪我らしいものは見えなかった。

あの触手は多分、すぐ捕食する訳じゃない。

「んん……あぁっ! やめっ」

このなまめかしい声にそわそわしないでもないけど、本当の危機には多分まだ遠いはずだ。

当の被害者が見るなって言ってる事だし、僕は本当に危なくなるまでこうしてエマに絡み付く触手の本数でも数えている事にしよう。



[嘘だよね。おじさん兄ちゃんと視界共有してるけど、さっきから揉み潰されてパフ心地(・・・・)よさそうな部分にしかピントあってないよ?]

誤解されちゃ困る。

僕はエマの心臓が危険にならないか見張ってるだけだよ?

[うん、でも今は触手がお嬢ちゃんの太ももあたりまさぐってるのにピントあってるね。あそこに心臓はないね]

うるさいなあ。

あのホットパンツの材質について考えてただけだよ。


「そこっ……さわるなぁ、ばかぁ」

恥じらいを帯びたエマの声に思わず目を見開きそうになった。

触手はついにエマのパフパフベルトを引きちぎらんばかりに、両脇に引き伸ばし始めていた。

……そろそろ色々危ないし、助けようかな。

やっぱり怒られるだろうなあ。

助けたら、見てたのがバレる訳だし。



 一人で悩んでいると、また地面が盛り上がるのが見えた。

「うわっ!? なんだよ、もおおぉ」

逆さ吊りで身動きも取れず、更にいうなら普段より褐色の肌色成分が増えているエマがヤケクソのように悲鳴をあげる。

[あー、本当に助けないとまずいな。デミ・グラスワームは触手で捉えて、地中にある本体が出てくるのはそのあとだったはずだ。もうそろそろ食われちまうぜ。本体にペイン食らわせれば大人しくなるだろ。お、あ出て来たな]


 地面からもそもそ這い出てきたのは、たくさん触手を生やした赤茶けた塊だった。

あの煮込みハンバーグみたいなのが本体なんだろう。

エマに向けてかぱあっと口を開いたその姿は、がぱっと開いたガマグチみたいだ。

噛まれたら痛そうな歯が、口のなかにびっしり生えてはいたけど。


 色々ありがとう、君の事は忘れないよさようなら。

僕は悲鳴を上げる間もなく葬り去ったデミグラスソース煮込みハンバーグの残骸をわき目に、エマの方へと駆け寄る。

[デミ・グラスワームな。しかしまあ、何のために生まれて来たのかと問いたくなる哀れな散り様だったぜ……]

もうきっと生きる意味は全て果たしたと思うよ。

死んでないけど。



「……おい、もやし」

やばい。エマが今にもすっぽぬけそうなベルトを締めつけながら僕をにらんでいた。

「見てただろ!」

「見てないです誤解です」

惚けきるしかない。

「嘘だ! 見てただろ!!」

「本当に見てないです嘘じゃないです」

何がなんでも誤魔化しきる。見てたのばれたら、絶対怒られる。

「じゃあどうやって倒したって言うんだよ!」

痛いところをついてくるなあ。

何て言えば誤魔化せるだろう。


 触手プレイを傍観していた汚名を着せられる訳には行かない。

怒られるのも嫌だけど、魔王になった時、変な噂が残ってたら間違いなくスキャンダルのネタにされてしまう。

社会的に死ぬのだけはどうしても、切り抜けたかった。

そして、そんな僕に助け船が現れたのはその時だった。



「ありがとおぉぉ! 君たちが助けてくれたんだなあああっ!!」


 無駄ダンディだった。

ボロボロの服のままで駆け寄ってくる中年を見たくなくて、僕は思わず目を閉じた。

そもそもなぜ遠くから叫びながら走ってくるのか、謎だ。

「お礼をさせてほしい。頼む。頼むううおおおおぁ!!」

「あ、もうちょっと小さな声で大丈夫ですよ」


 再び咆哮する無駄ダンディをそっとたしなめ、僕はエマに声をかけた。

「エマ、このおじさんにマーメイドと交渉してもらおうと思うんだけど手伝ってくれないかな?」

「ああん? あぁ、そりゃいいな。これだけの大声ならもやしよりましだろ。おいお前、ちょっとこっちこい」

エマがずかずかとやってきて、無駄ダンディを湖の方に引きずっていく。

「はっはっはああぁ、何でも任せるがいいぞおおおお」

あのおじさんは妙に乗り気みたいだし、エマも追求を諦めたらしい。

どうやら矛先を代えることに成功したようだ。


 僕は社会的な死を避けられて、ほっと息を吐き出した。

「おい!」

気付けばエマがこっちを振り返っていた。

「ほんとは見てただろ」

やばい。逃げ切れてなかった。

「み、見てない」

少し動揺してしまったが、何とか否定する。

やってないと言い続けていればきっと諦めるだろう。

元いた世界の偉い人たちも、みんなそうしていた。


 案の定エマは僕の返事を聞くと面白くなさそうに顔をしかめ、また歩き出す。

小さく聞こえた「助けてくれてありがと」というらしくない声は、聞こえないふりをした。



**魔王年代記より抜粋**


紀元前二年

風涼の月



魔王閣下は旧ブガニアに棲家を奪われたマーメイドを労い、必ず救い出す事を彼女に誓う。

一人のうら若きマーメイドは閣下の言葉に感激し、魔王に対して秘められた想いを抱いた。

しかし、決してその気持ちを伝える事はなく、美しいマーメイドは生涯一人淋しく閣下を愛し続けたと言われている。


エスレイクでは年に一度レイクサイドカーニバルが開催されるが、これはこの悲恋のマーメイドの悲しみを払う為だ。

尚、このカーニバルでは例年声量の大きさを競うコンテストが開催される事でも有名である。



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